のまじょ

口一 二三四

髪の魔女

 むかしむかしあるところに『髪の魔女』がいました。


 髪の魔女はその呼び名の通り髪が長く、長く。

 様々な形にすることであらゆる力を使うことができました。


 獣達を操るならウェーブ。

 薬剤を作るなら三つ編み。

 呪をかけるならボサボサ。

 空を飛び回るならお団子。


 髪型の数だけ色んなことができました。


 ある日のこと。

 髪の魔女の下に一人の男の子がやってきました。

 近くの村から森の中に住む魔女を頼って大人が来ることはありましたが、小さな子供が来るのは滅多にありません。

 何事かと首を傾げる魔女に男の子こう言いました。


 ーーお母さんに会わせてほしい


 詳しく聞くと男の子のお母さんは先日流行り病で亡くなったそうです。

 突然のことに男の子は悲しむこともできず、どうすればいいのかもわからず。

 髪の魔女であればこのモヤモヤとした気持ちをどうにかしてくれるのではと思い会いに来たようでした。


 話を最後まで聞いて髪の魔女はちょっと困った顔をしてしまいます。


 獣達を操る髪型を知っている。

 薬剤を作る髪型を知っている。

 呪をかける髪型を知っている。

 空を飛べる髪型を知っている。


 しかし『死者を生き返らす髪型』も『霊魂を呼び戻す髪型』も、髪の魔女は知らなかったのです。


 魔女の困った様子を察してか。

 男の子は寂しそうにうなだれてしまいます。

 大人達が頼る髪の魔女にできないなら、やっぱりもう母親に会うことはできないのだろう。

 出されたお菓子にもお茶にも手をつけずしょんぼりとする男の子の姿があまりにも可哀想で、髪の魔女は意を決し『奥の手』を使うことにしました。


 男の子をその場に待たせて奥の部屋に引っ込んだ髪の魔女は何やら作業を始めます。


 ハサミ片手にジョキジョキジョキ。

 鏡を見つめてジョキジョキジョキ。


 数分後。

 男の子の目の前に現れた魔女の髪は乱雑に切られ、肩の上ぐらいまでの長さになっていました。


 変わり果てた姿に男の子は驚きました。

 しかしそれは魔女の髪が短くなったからではなく。


 ーーお母さん……お母さん!!


 髪の魔女の姿が、自分の母親の姿に見えたからでした。


 ーーお母さん! お母さん!!


 母親の姿となった魔女に抱き付き泣きじゃくる男の子。

 突然の別れで残された男の子のモヤモヤは、母親がいなくなってからずっと、ずっと。

 出すことができなかった『涙』と共に流れていきました。


 髪の魔女が使った奥の手は。


 獣達を操ることも。

 薬剤を作ることも。

 呪をかけることも。

 大空を飛ぶことも。


 できなくなる代わりに。


『自分の姿を誰かの姿に変化させる』


 が、できるようになる髪型でした。


 それは長い髪だからこそできていたことが一時的であれ、できなくなる選択でした。

 母親に会わせることができないからせめて見姿だけでもと考えた、苦肉の策でした。


 たった一人のために。

 騙すようではないか。


 迷いや思うところはありましたが。


 ーーありがとう、魔女のお姉さん


 たくさんたくさん涙を流した後。

 柔らかな笑顔でお礼を言う男の子を見て、意を決してよかったと笑いました。



 以来しばらく。

 髪の魔女は今までできていた髪型ができなくなり、使える力もほとんど使えなくなってしまいました。

 けれど魔女の下に訪れる人が減ることはありませんでした。


 見姿だけでも会えないと諦めていた誰かに会える。

 たったそれだけで人は勇気をもらい元気になれる。


 長い長い髪のままでは気づけなかったことに、男の子のおかげで気づくことができた魔女は。


 もう少しこのままでもいいかな、と。


 すっかり短くなった髪をそよ風に揺らすのでした。

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