夕闇の魔女
むかしむかしあるところに『夕闇の魔女』がいました。
夕闇の魔女は断崖絶壁の真ん中辺り。
荒波ばかりが一面に広がる横穴に住んでいました。
日の出を知らず。
落ちる姿を知る。
昇る姿を知らず。
日の入りを知る。
魔女の住む横穴にとって陽射しは降りていくものでした。
断崖絶壁を照らす陽光はどんどん傾き、最後には水面へと沈む。
鳥達の舞う空が茜に染まり、やがて黒へと変貌していく。
それが魔女にとっての日常でした。
水平線から伸びる果実酒色の赤。
夕暮れ色の器から流れ出る風景。
空の濃淡。
光の明暗。
いつの頃からか魔女は夕陽を見ただけで世界の有り様がわかるようになっていました。
『人間以外と対話ができる』
元々持っていた力は人から距離を置いたことでさらに研ぎ澄まされ、今では無機物や現象からのサインも読み解けるほどでした。
毎日毎日顔を合わせる夕暮れはとても雄弁で、海しか見えない魔女の住処に様々な情景を映し出してくれました。
だからその日。
陰鬱に揺らぐ夕陽の異変を魔女は敏感に察知しました。
果実酒色は血の色に。
夕暮れ色は錆の色に。
月と星。
日の名残。
あらゆる光を飲み込み広がっていく。
闇と言うには深すぎる。
底無しの穴。夕闇。
不吉なことが起こる。
朝一番でこれを街に届けて。
受け取ったサインを読み解いた魔女は住み着いている海の鳥に使命と手紙を託しました。
魔女の話し相手でもあった海の鳥は快く引き受け、空が白むのを合図に飛び立ちました。
人里から距離を置いている魔女でしたが、一部の人間とは鳥を介して交流を続けていました。
その内の一人。
鳥達に頼み食糧などを買いに行ってもらう時よく利用する街。
そこに住むあの人ならきっと何か対策を考えてくれる。
空高く飛ぶ鳥を見送りながら、魔女は眠い目をこすり事態が悪い方向に転ばないよう祈りました。
そう日にちが経っていない後日。
とある街の半分を飲み込む地盤沈下が起きました。
道も建物も沈み込む大惨事でしたが、不思議なことに死傷者は一人も出ませんでした。
それもそのはず。
地盤沈下が起きる数日前から街を取り仕切る権力者の指示で住人の大移動が行われており、それが功を奏したのでした。
もしあれが無ければ多くの人が死んでいた。
被害を免れた者達は権力者を絶賛し、未来予知のような手際に首を傾げました。
住人の疑問に権力者はたまたまだと繰り返すばかり。
整理された書斎の机には。
魔女からの手紙が置かれていました。
仲良くしている海の鳥から顛末を聞いた魔女はホッと胸を撫で下ろしました。
恥ずかしがり屋で人前だとパニックを起こす魔女。
人が好きだからこそ距離を置いた街に被害があったのは悲しいけれど、誰も死ななくてよかったと一人呟き。
さぁ、今日はどんな世界を見せてくれるの?
横穴の縁に座り。
消えゆく夕陽に語りかけたのでした。
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