第5話『紅と実父、画面越しの再会』前編

 今更、なんのつもりなのだろう……オレは紫乃しのに会いにきたのであって、実父あの人と話しにきた訳じゃない。


 九島くしまさんが紫乃のことを、何か知っていそうな気はしていた。だけど、きっと言えない事情があると思ったから……諦めるしかないと思った。大人になったら……信じていれば、いつかまた会える。そう自分に言い聞かせたのに、なんでよりにもよって、顔も見たくない、声も聞きたくない実父あの人が電話をかけてくるんだよ。大方、“才神市こんなところまで、紫乃を追ってくるなんてな……残念だが紫乃には会わせられない、帰れ”とでも言うつもりなのだろう。

 そんなこと言われなくても分かっているし、出来れば実父あの人とは話したくない。

「……イヤなら切るけど……どうする?」

「いや、切るなよ」

 九島さんの言葉に、タブレットから反応があった。大人の男性の声……実父あの人の声なんて、とうの昔に忘れた筈なのに、どうしてか、“懐かしい”だなんて思ってしまう。

「でも、景宮かげみやくんはイヤがってますよ」

「……紅、紫乃のことで話がある。時間がないから簡潔に話す。俺の顔を見るのがイヤなら、話だけでも聞いてくれないか」

「……九島さん、タブレット、借りてもいいかな?」

「うん、どうぞ」

 オレは九島さんからタブレットを受け取り、画面を真っ直ぐ見据える。記憶の中に、かすかに残っている実父あの人の顔と、画面に映る男性の顔が重なる。

 やっぱり見るんじゃなかったと、ほんの少し後悔する。紫乃が連れていかれた時のことを、はっきりと思い出してしまうから。だけど、九島さんに迷惑をかける訳にはいかない。だからこの選択でよかったんだ。

 画面の向こうにいる実父男性は無表情で、何を考えているのか全く分からない。

「久しぶりだな、紅。早速だが、本題に入らせてもらう」

「あの」

 淡々と話し始める実父男性の言葉を、遠慮気味にユウヒが遮る。

「はしめまして。お父さんが再婚して、紅くんの妹になった景宮かげみや ユウヒです。その、今から話すことは、あたしも一緒に聞いていても大丈夫な内容ですか……?」

 ユウヒは控え目に、タブレットを覗き込み、ペコッと会釈する。

「あぁ……君が……そうか……あぁ、問題ない。むしろ、君には知っておいてもらっていた方がいい」

 ユウヒにまで、知っておいてもらっていた方がいい話ってなんだよ……ユウヒになにか迷惑をかける気じゃないだろうな……?

「改めて本題に入る。まず、大体、察しはついているだろうが、紫乃は才神市にいる。しかし、紅、お前とは会えない」

「だから帰れって言うんだろ? そんなこと言われなくても分かってる」

「最後まで話を聞けよ……確かに今日のところは帰ってもらうしかない。だけど、お前が紫乃に会いたいなら、想造力そうぞうりょくについてもっと深く学ぶんだ。そしてここの、才神さいがみ想造力そうぞうりょく研究所の研究員になれ」

 突然、意味の分からないことを言われ、困惑する。

 紫乃に会うために、想造力そうぞうりょくについて深く学ぶ? なんでそんなことを言い出すのだろう……全く話が見えてこない。

 実父男性はオレが戸惑っていることなどお構いなしに、どんどん話を進める。

「才神市の、想造力研究所そうぞうりょくけんきゅうじょでは想造力値そうぞうりょくち【S】の人間の研究及び、その人間を利用してさまざまな物を創り出す実験もしている。ここにいる想造力値【S】の、その内一人が……紫乃だ」

「は……? なにいって」

「信じられないかもしれないが、本当だ。想造力値【S】の人間は、自身が想像できるもの、つくりたいと願ったものなら何でもつくることが出来る。それ故に、危険な物もつくってしまう可能性もある。だから普通には暮らせない。一生、研究所に居続けることになる。それに、能力値が【S】の人間は、国内外でもごく僅かな数しかいない貴重な存在だ。仮に、普通に暮らすことを政府が許しても、ここの人間……才神さいがみ 幻望げんぼうは絶対に手放したりはしないだろう」

「……幼い頃は、一緒に住んでいたのにどうして……」

「それは、生まれたばかりの時にやる能力値の検査結果を偽っていたからだ。……元々、俺自身、緋奈ひな……紅と紫乃の母親と駆け落ちしたことで、才神家の人間に追われていたのもあってな……いろいろと協力してくれていた人間と、俺達の繋がりがバレて……その協力者は家族を人質に取られたことで、俺達の居場所も、紫乃のことも才神さいがみ 幻望げんぼうに全て話した。そして、俺と紫乃は才神市に連れていかれた」

「なん、だよ……それ……だから、紫乃を無理やり連れて出て行ったことは仕方ないって言いたいのかよ。大体、想造力値そうぞうりょくち【S】だからって何で普通に暮らせないんだよ。紫乃は危険なものなんてつくる子じゃない……今からでも連れて帰って」

「紅……! 無理なんだよ……俺の力では、無理だったんだ……」

「あんたは紫乃が研究対象にされて平気なのか!? なんでちゃんと守ってやれなかったんだよ……」

 紫乃と離れて暮らさなければならない理由は分かった。それでも、こんなの納得できない。仕方のないことだと、割り切るなんて無理だ。

 幸せに暮らせているのなら、それで良かった。楽しく普通の暮らしが出来ているなら、一緒に暮らせなくても構わないと思っていた。なのに、研究対象ってなんだよ。一生、研究所から出れないなんてふざけてる。そんな理不尽、オレは許せない。

「紅……お前なら紫乃を救えるかもしれない。研究員になって能力値【S】の人間に、危険性がないことを証明してみせるんだ。もし仮にそれが無理だったとしても……兄であるお前が傍にいれば、紫乃は安心できる筈だ」

 紫乃を救える可能性があっても、今すぐには無理だという現実に胸が苦しくなる。子供の自分は無力なんだと思い知らされる。紫乃が泣いていても、抱きしめて「大丈夫」だと声をかけることも出来ない。それが悔しくて悔しくて堪らない。

「紫乃は……紅、お前と会いたがっている。だから前向きに考えてほしい。今すぐなんて現実的じゃないことくらい、分かるだろ。紫乃のことを本気で大切に想っているなら、将来また才神市に戻ってこい」

「……あんたに言われなくても……大人になったら、絶対に紫乃を迎えにくる」

「……紅、お前ならそう言ってくれると思ってたよ」

 画面の向こうで、不意に実父男性がかすかに笑った。その顔になぜか泣きそうになる。

 感情がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか分からなくて、オレは涙が落ちそうになるのを必死で堪えることしかできなかった。

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