第7話『紅と咲玖也と、陽子と……』後編
放課後の図書室。
ここで毎日、ユウヒと
昨日、期末テストが終わったばかりというのもあり、今日は咲玖也から借りたライトノベルを読んでいる。『異世界の王に命を救われ養子となった俺、魔女に呪いをかけられた義理の妹を救うべく戦います。』という非常に長いタイトルの作品だ。
ユウヒと咲玖也は射撃部に所属している。オレも一緒に見学には行ったが、結局、入部はしなかった。理由は
「ねぇ、少しいい?」
「うん、いいよ」
不意に桐石さんに声をかけられ、オレは本から顔を上げた。
「大きなお節介なのは分かってるけど……たまにはユウヒ達と遊びに行ったら?」
全く予想していなかったことを言われ、思わず固まってしまう。恐らく、『シンルドリティ・サバイバル・ゲーム(通称
決して全ての誘いを断っているのではなく、ユウヒと二人っきりなら遊んでいる。ただ、ユウヒが友人たちと遊びに行く時は、「紅くんも一緒に行かない?」と誘われても、断っているというだけだ。
詳しい事情は知らないけど、桐石さんも自責の念から、一人でいる道を選んだのだと、前に言っていた。ゆえに桐石さんの言葉に驚き、数秒間、固まってしまったのだ。
「……桐石さんが、それを言うの?」
「うん……まぁそう言いたくなるは分かる。分かるけど……ユウヒが寂しがってるわよ?」
「それを言うなら、咲玖也も寂しがってるよ?」
「ないないない、それは絶対にない」
桐石さんは全力で首と手を左右に振る。
うん、まぁ確かに寂しがってる感じではしないか……でも……
「心配はしてるよ?」
「……心配もしていないでしょ」
ここで少しの間、沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは、桐石さんのため息だった。
「一人でいるって決めてたのに、アタシはユウヒに根負けしたのよね」
「あぁ、あの“ろう城事件”かぁ……あれは意外だったし、兄としてはハラハラしたよ」
ユウヒがわがままを言ったのも、「よそ様に迷惑をかけるわがままはダメだろ」と叱ったのも初めてだ。琴平さん一家ご協力の元での行動で、桐石さんのご両親にも話はついていたらしいが、それでも兄としては申し訳ない気持ちになる。
ただ、琴平さん一家も、桐石さんのご両親も、桐石さんがお弁当を一緒に食べることを了承したのを見て、喜んでいて……ユウヒのうれしそうな笑顔と、桐石さんの優しい微笑みを見ていたら、何も言えなくなってしまった。
「アタシはてっきり咲玖也たちの入れ知恵かと思ってたけど……咲玖也たちはあくまで、『強引にでも誘ってみればいい』と言って協力しただけで、アイデア自体はユウヒが考えたって言うものだからホントびっくりよ……」
「あの時はユウヒがごめんね。それから、いつもありがとう。これからも……ユウヒのこと、頼んでもいいかな……?」
改めて、こんな言葉を口にしたのは、同じ過ちを繰り返しているのではないかと、まだほんの少しだけ心配だったからだ。
桐石さんの
家族以外の、能力値の違う相手とユウヒが打ち解けられていることはうれしい。けど、それはあくまでオレ視点の見え方だ。もし、また間違っていたら……と、どうしても不安になってしまう。
美鈴音市に来てから、
桐石さんはオレの意図に気づいているのか、「理解のない人間は美鈴音市ではやっていけないから、その辺は安心して」と柔らかく微笑んだ。そして、真剣な表情で、オレの目を真っ直ぐに見た。
「あの日以来、ユウヒといる時間が増えて……正直な話、実は少しだけ戸惑ってる。ユウヒに対してではなくて、心から笑えている自分自身に戸惑っているの。ユウヒといる時間は心地よくて、楽しくて……だけど、だからこそ、大切な人も過ごすはずだった楽しい時間を、アタシが受け入れてもいいのか、いまだに悩んでる」
“大切な人”が誰なのかは分からない。何があって、そう思うようになったのかも知らないし、詮索する気もない。
分からないけど、出来ることなら、桐石さんにはユウヒの傍にいてほしいと思っている。ユウヒが家族以外の、能力値の違う相手と楽しそうにしている姿を見るのは初めてだったから。
自分のそんな想いを丸々、桐石さんに伝えると「ホント……わがままな兄妹ね……」と呆れながらも笑ってくれた。
「
「一緒にいると楽しいよ。知らないこともたくさん教えてくれるし。でも、なんで心を開いてくれたのかは分からないんだよなぁ……正直、軽蔑されても仕方のない話もしたのに」
「……何を話したのかは知らないけど、咲玖也の美学には響いたんじゃない?」
桐石さんは怪訝そうな顔をしている。その表情が、どっちに対するものなのかは分からないが、気にしないことにした。
「美学、か……いろいろ話せば、咲玖也のオレに対する心の壁が、より分厚くなると思ってたのにな……まさか薄くなるとは思ってなかったよ」
「薄いどころか……いや、やっぱり今のは気にしないで。それで結局のところ、景宮くん的には今の咲玖也との状況はどうなの?」
「…………ホームステイ中は、今のまま、変わらないと思うよ」
「そっか……」
かなり間が空いた上に、少し歯切れの悪い返事になってしまったけど、桐石さんはそれ以上、何も聞かないでいてくれた。もしかしたら、何かを察してくれたのかもしれない。
ホームステイ期間中は友好的な関係でいることが望ましいし、何より、本当に咲玖也と一緒にいる時間は楽しいし、落ち着く。だけど、いつまでもその心地良さに甘えていてはいけない。そんな資格、やっぱり自分にはないから。
「……ユウヒならもう大丈夫だよ。お兄ちゃんが心配しなくても、ここでならあの子が一人になることはないから……咲玖也はアイツなりの考えで勝手に絡んでくるとは思うけど、そんなこと気にしないで景宮くんは、景宮くんの信じた道を進んでいけばいいと思う」
桐石さんは目を合わすことなく、そう言った。「あたしは景宮くんに、咲玖也のことを任せる気は全然ないし」とも。
桐石さんの言葉を聞いて、やっぱり甘えるのはなしだと思えた。簡単に、揺れてる場合ではない、と。
「桐石さん、ありがとう」
そう伝えると、桐石さんはオレの方を見た。彼女は開きかけた口を閉じ、強く結んだ。
「読書の時間、ジャマしてごめんね。話、聞いてくれてありがとう」
桐石さんはそれだけ言って、本に視線を戻した。オレも小さく頷いてから、ラノベの続きを読み始める。
目を逸らす瞬間、彼女の瞳が揺れていた。桐石さんが言いたいことを飲み込んだことも、ちゃんと分かってる。
それでも、そのことには気づかないフリをして、ユウヒたちの部活が終わるのをただ静かに待った。
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