小話②『桐石陽子から見た、景宮ユウヒ』

 中学生になった年の春。

 美鈴音みすずねに、同じ歳の兄妹きょうだいがやってきた。

 お兄ちゃんは甲斐浦家幼馴染の家で、妹ちゃんは桐石家我が家に一年間、ホームステイをすることになっている。

 妹ちゃんユウヒは大人しく、控え目な子だった。いつも周りの顔色をうかがって、遠慮してばかりで心配になる。他の都市では、想造力そうぞうりょく【A】の子は形見が狭いと聞く。も、そう言っていた。

 美鈴音市では大丈夫だと伝えたい、のびのびとここでの生活を楽しんでほしい。

 周りに馴染めるようになるまで、近くで見守っていよう。ユウヒにきちんと居場所ができたら、遠くから見守ろう。

 の居場所を奪ったアタシには、誰かと楽しい時間を共有する資格なんてないから。そう思っていたのに……


陽子ようこちゃん、一緒にお弁当、食べよ?」

 ユウヒはお弁当箱を両手で持って、じぃーとアタシの目を見つめる。

「皆と一緒に食べればいいでしょ」

「うん、だから陽子ちゃんも一緒に、ね?」

 “皆”とは、ユウヒと仲の良いクラスメイト達のことだ。

 女の子が四人と、男の子が三人。能力値はバラバラで、ユウヒと気が合う子達だと思い、引き合わせた。アタシもかつては一緒にいた相手というのもあり、信頼もしている。

 皆の方を見ると、「がんばって」とユウヒに小声で声援を送っていた。

「前にも言ったよね? アタシには皆と一緒にいる資格なんてないって」

 アタシの言葉に、ユウヒはしゅんと肩を落とした。そして、小さく口を開く。

「資格なんて本当に必要なの? あたしは何も知らないし、陽子ちゃんの考えは分かんない、分かんないから……あたしは諦めないよ!」

 最後だけ力強く言葉を発し、そのままの勢いで皆の輪の中に飛び込んでいくユウヒの背中を、アタシは見送った。


 “諦めない”と言いながらも、一週間程は何も仕掛けてこなかった。だから諦めてくれたのだと、勝手に思い込んでいた……だけど……




陽子ようこちゃんが一緒にお弁当を食べると言ってくれるまで、あたしは桐石きりいしさんのお家には帰らない!」

 琴平家市長さんの家にろう城するという大胆な行動に出られてしまい、かなり驚いたし、困った。隣にいたお兄ちゃん景宮くんは青ざめた顔で、「よそ様に迷惑のかかるわがままはダメだろ!」とユウヒを叱っている。景宮くんの横にいる幼馴染咲玖也は、必死で笑いをこらえていた。

 まさかこんな強引な手段に出るとは一ミリも予想してなくて、頭を抱えた。大人しそうだと思っていた子が、こんな突拍子もないことをするなんて、誰にも想像できないだろう……でも、この行動が、“美鈴音市ここでは、ユウヒが自分らしく過ごせている証”なのだとしたらうれしい。


 結局、ユウヒと二人っきりならという条件付きで、アタシが折れる結果となった。

 登下校に加え、お弁当まで誰かと一緒に食べる未来が待っているとは……を失ってからの、過去の自分がこのことを知ったら、確実に怒るだろうな。




「今週の『オレンジジュースの妖精 レオ&ジン』面白かったね!」

 オレンジジュースのマスコットキャラレオちゃんとジンくんと、レオちゃんとジンくん二人が主人公のショートアニメが好き。趣味は体を動かすことや、スポーツ観戦。アタシが好きな青春バトル漫画を貸したら、気に入ってくれた。同じものが好きな相手だと、余計に一緒にいるのが楽しくなる。




「今週の土曜日は、お父さんもお母さんも仕事でいないから、お昼はホットケーキでいい?」

「うん! 陽子ちゃんが作ってくれるホットケーキ美味しいから楽しみ。もちろん、あたしもちゃんと手伝うよ!」

 ちょっとしたことでも楽しみにしてくれる、楽しそうに笑ってくれるユウヒを見ていると、元気をもらえる。何気ない言葉に、うれしくなる。

 だけど、楽しい、うれしいと思う度、それを良しとしないアタシが、アタシの首を締めてくる。


 の悲しそうな顔が、思い浮かぶ。


 アタシは、も過ごすはずだった楽しい時間を、受け入れてもいいのかと……もうすぐ夏休みが始まるというのに、景宮くんから“ユウヒと一緒にいるための理由”をもらったのに、今もずっと自問自答している。


 景宮かげみや兄妹きょうだいのことだって、どうするのが正解なのか、分からない。

 “遠慮なんてしないで、一度くらい自分の本当の気持ちを言葉にしてみれば?”

 ユウヒにはそうアドバイスしたのに、その日の放課後に「景宮くんは、景宮くんの信じた道を進んでいけばいいと思う」と景宮くんの背中を押してしまった。

 ユウヒ友人を応援したい気持ちと、景宮くん考え方が似ている相手を尊重したい気持ちの板挟み状態で……中途半端なことをしてしまっている。


 アタシは……どうすればいいのだろう。

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