第8話『ユウヒと陽子と、咲玖也と……』前編
この頃……正確には、
本音を言うと、
「ユウヒ? ぼぅとしてどうしたの?」
机をくっつけて、正面に座っている
「大丈夫。なんでもないよ?」
「……
「え、なんで?」
突然、紅くんの名前を出され、思わず固まる。陽子ちゃんは小さく後ろを指差し、声を潜めた。
「さっきからずっと景宮くんのこと見てたから……なんかあったのかなぁと思って」
紅くんのことを見ている自覚はなかったため、陽子ちゃんの言葉にビックリした。教室の隅の席で、
「もしかして、無自覚?」
「うん……」
陽子ちゃんの問いかけに、あたしは頷く。陽子ちゃんは苦笑いを浮かべている。
「正直……紅くんが何を考えているのか、分からない」
「人間同士なんだし、それが普通じゃない?」
「そうなんだけど、そうじゃなくて……なんか、美鈴音市に来てから、避けられてる気がして……」
陽子ちゃんにだけ聞こえるくらいの小さな声で、思っていることを口にした。
あたしの言葉を聞いた陽子ちゃんは首を傾げる。
「景宮くんってユウヒのこと大好きでしょ。妹命のお兄ちゃんって感じだし」
「多分、
「だったら」
「それでも……上手く言えないけど、妹のために無理して、自分を押し殺してるような気がして……美鈴音市に来る前にしたことも、来てからの行動も全部、妹のためだって分かってる。だけど、そんなのあたしはイヤ。そんなの望んでない」
すごく子供っぽいことを言っている自覚はある。
ホームステイ先が別々なのも、射撃部に入部しなかったのも納得できる。遊びに行く回数が減ったのも、お弁当を一緒に食べないのも別に構わない。だけど、それらの行動にどうしても違和感を覚えてしまって……避けられているのではないかと思ってしまうのだ。
本当に避けられているのだとしたら、“四宮さん達と、あんな悲しい別れ方をする必要なんてなかったのに”という気持ちが、よりいっそう強くなる。
「望んでない、か……だったら、それを伝えればいいんじゃないの?」
「それは、そうなんだけど……」
「一緒にお弁当を食べようってアタシを誘ってくれた時は、あんなに強引だったのに……お兄ちゃんにはえらく遠慮するのね」
煮え切らない態度のあたしを見て、陽子ちゃんはクスリと笑った。
きっと、あたしが琴平さんの家にろう城した時のことを思い出しているのだろう……勢いだったとは言え、今思うと確かにあれはやり過ぎだった気がして、少しだけ恥ずかしい。結果的に、こうやって一緒にお弁当を食べられているから、後悔はしていないけど。
「あ、あれは、陽子ちゃんの事情とか、よく分かんないし……陽子ちゃんとお弁当、食べたかったんだもん……」
「一緒にお弁当食べようって、誘ってくれてた子達がいるのに?」
陽子ちゃんが廊下側の席に視線を向けた。そこには女の子四人と男の子が三人いる。自ら孤立しようとする陽子ちゃんのことを、気にかけている子達だ。
「みんなも、陽子ちゃんのこと気にしてるよ。それに、『いつか陽子ちゃんも引き込んで、みんなでお弁当食べよう』って約束してるし、あたしもそうしたいから……まだ陽子ちゃんを含めたみんなでお弁当を食べること、諦めてないよ」
あたしはおはしを置いて、陽子ちゃんの目をしっかりと見る。
「……そこに、景宮くんも入れたいの?」
陽子ちゃんは、はぐらかすようにそう問いかけてきた。あたしも今はこれ以上、何を言ってもダメだと察して、質問に答える。
「うん、出来ればそうしたいかな……紅くんとも仲良くしたいって、みんな言ってくれてるし」
「そっか……ねぇユウヒ、アタシがこんなこと言える立場ではないけど……遠慮なんてしないで、一度くらい自分の本当の気持ちを言葉にしてみれば? アタシにしたみたいに、強引に誘ってみるのもありなんじゃない?」
少し困ったような、気まずいような、苦笑いを浮かべながら陽子ちゃんは言う。
「遠慮なんてしないで、か……うん、なんとか伝えてみる。陽子ちゃん、ありがとう」
あたしの言葉に陽子ちゃんは優しく微笑んだ。
陽子ちゃんにはこう言ったものの、本当はまだ迷っている。
どんな風に自分の想いを伝えるか、今すぐには思いつかない。というのもあるが、紅くんのジャマをしたくなくて、どうしても足踏みしてしまう。
だけど、紅くんの本音を聞き出すためにも、とにかく一度、きちんと話をしてみようとは思った。
放課後の部活終わり。
「それでは、また明日!
白とピンクのリボンで黒髪をツインテールにしている女の子……
「ユウヒさん、さようなら。ついでに咲玖也さんも」
黒色と銀色が混じった髪を、ハーフアップにしている女の子……
二人は射撃部で仲良くなった、
今日は
「まったく……
甲斐浦くんは二人の背中が見えなくなると、やれやれと言った感じで言葉を発した。
甲斐浦くんは、なぜかあの二人を『姫』と呼ぶ。八重ちゃんと凛々華ちゃんはテンションの高い甲斐浦くんを見ると、彼に冷たい視線を向ける。だけど、呆れながらも普通に会話をしているから、三人の関係性がいまだによく分からない。
「それじゃあ、行こっか! 妹チャン」
「う、うん……」
ニコニコ笑顔で促され、少し戸惑う。やっぱりなんか違和感あるんだよなぁ。甲斐浦くんの笑顔と態度。何となくだけど、これは素の甲斐浦くんではない気がする。
「どうかした?」
「いや、なんでもないよ!」
顔を覗き込まれ、慌てて歩き出す。
甲斐浦くんは、あたしの隣ではなく、少し後ろを歩いている。
一階に図書室がある校舎に続く渡り廊下に出ると、中庭が見える。
裏門から帰る生徒がチラホラいる中に、見慣れた二人組が混じっていた。後ろを刈り上げている赤茶髪の男の子と、襟足の長い黒髪の男の子……あれは同じ射撃部で、
内容までは聞こえないけど、二人は中庭の端の方で立ち止まり、何か言い合いをしている。バチバチと火花を散らしているが、殴り合いに発展することはないと分かっているので、とりあえず見守ることにした。
龍之介くんと刀護くんは、よく口ゲンカをしている。けれども、仲が悪い訳ではない。
ケンカするほどなんとやら……陽子ちゃん、八重ちゃん、凛々華ちゃん、そして甲斐浦くんまで、こう言っていた。
“恵泉兄弟にとって、ケンカは呼吸と同じ”だと。
確かに、いつ見てもケンカをしているけど、ずっと一緒にいて、何やかんや言いながらも楽しそうにしている。
紅くんとあたしと同じで、龍之介くんと刀護くんも血の繋がりはないらしい。だけど、
「あ! 咲玖也とユウヒ!」
声をかけようか迷っていると、龍之介くんもこっちに気がついたようで、甲斐浦くんとあたしの名前を呼んだ。大きく手を振ってくれているので、甲斐浦くんと一緒に手を振り返す。すると、今度は飛び跳ねながら両手を振ってくれた。そんな彼の手を、隣にいた刀護くんが引っ張っていく。
龍之介くんが「二人ともじゃあなー!」と声を張り上げる。あたしも「バイバイ」と返そうとしたけど、鋭い眼光の刀護くんと目が合い、声が出なかった。
「
隣にいた甲斐浦くんが悪戯っぽく囁いた。
「そう、なの?」
「うん。前に
語尾に星がついてそうなテンションなのに、目が一切笑っていない。これは絶対に何があったのか、聞いたらダメなやつだ……。
「そ、そうなんだ……」
何も聞かなかったことにしよう。
そう思ったあたしは、軽い相づちだけして、再び歩き出した。
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