第8話『ユウヒと陽子と、咲玖也と……』後編

「そういえば、妹チャンは姫達の応援に行かないの?」

 二人で長い渡り廊下を歩いている途中、うらくんが不自然な笑みを浮かべながら、問いかけてくる。

 甲斐浦くんはいつもこうだ。何かを探ろうとしている時は、いつもこの、目の奥が笑っていない顔で、いろんな話を振ってくる。

 そもそも甲斐浦くんは、こうくんから何も聞いていないのだろうか? それとも、知ってるのにわざと聞いているのか……目を見ただけじゃ分からない。

 黒い綺麗な瞳。穏やかな顔をしているのに、その目は笑っていない。

八重やえちゃんたちのクラスの子達と応援に行くよ」

 甲斐浦くんが何を考えていて、何を知りたいのか分からない。分からないから、正直に話す。大体、隠すことなんて一つもないから、正直に話しても何も問題はない。

「姫達の……あぁ、あの子達かな? 今回は同じクラスの子達とは行かないんだ? ほら、陽子のことを気にかけてる」

 本当に甲斐浦くんが何を聞き出そうとしているのか分からない。すず市に来たばかりのあたしより、いろんな事情を詳しく知ってる筈なのに、どうしてわざわざそんなこと聞いてくるのだろう?

「……ちょっと前に、TSGの話をしたら、微妙な空気が流れたから……誘えなかった」

 初めてTSGの話題を出した時、みんな暗い顔で、互いの顔を見ていた。

 “ごめんね、私達、TSGにいい思い出がないから……その話はしたくないの。それから……ようちゃんには絶対に、TSGの話はしないで”

 少しの沈黙の後、一人の女の子が言い辛そうに、言葉を発した。申し訳なさそうなその表情に、あたしは黙って首を縦に振る。

 それ以来、TSGの話は一切していないし、一体、何があったのかも聞いていない。

「へ〜……じゃあさ、紅は誘わないの?」

「誘ったけど……オレのことは気にせず、友達と楽しんでおいでって、断られて……」

「ふ〜ん……ちなみに陽子のことは誘った?」

「え……」

 甲斐浦くんが、それを聞くの……?

 彼の問いかけに、ますます何を考えているのかわからなくなる。

「……妹チャンは陽子から何も聞いてないの?」

 落ち着いたトーンに、無表情に近いクールな表情。そういえば、いつの間にか、いつものハイテンションではなく、淡々とした話し方になっている。もしかして、こっちが素なのかな?

「なにも、聞いてないよ」

「ホントに?」

「うん」

「そっか……よかった」

 小声で「よかった」と言った時の、甲斐浦くんの横顔が、少し安心したような表情をしているように見えたのは、気の所為だろうか?

「ごっめんねぇ~変なこと聞いて☆」

 甲斐浦くんはまたいつものテンションに戻り、ニコニコ笑った。やっぱこっちの顔には違和感を覚える。




「ねぇ、もう少しだけ話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 図書室のある校舎に足を踏み入れる直前で、甲斐浦くんが珍しくそんなことを言うものだから少し驚く。今度はあの、“何かを探る時”の笑顔ではなく、無表情なのも気になる。口調はテンションが高い時と同じなのに、声のトーンは低い。

「いいよ」

 若干、警戒しながらも校舎の出入口から離れ、中庭の花壇の近くに移動する。

「それで、話ってなに?」

「う〜んとね……最近、紅と妹チャン、距離があるような気がするけど、なんかあった?」

 これまた予想外の質問に、面食らった。紅くんとのことを気にかけて……くれているのかは分からないけど、兄妹間のことをはっきり聞いてきたのは初めてだ。

「そう聞かれても……あたしは距離を置こうとはしてないし、紅くんともいろんなところに行きたいと思ってるよ。けど、紅くんが……何を考えて行動しているのかわからなくて、どうすればいいのか、分からない」

 変に隠す必要もないし、正直に本音を伝えると、甲斐浦くんは眉間にシワを寄せた。

「ふ~ん……だったら聞けばいいじゃん。何を考えているのか。そんで強引なやり方で遊びに誘いなよ、陽子にしたみたいに」

「……お昼休みの時に、陽子ちゃんにも似たようなこと言われた。それに、何とかしたいって思いもあるよ。だけど……紅くんのジャマになるようなことは、したくないって気持ちもあって……どうするのが正解なのか、分からない」

「でもこのままじゃ……紅と心の距離が離れたまま、暮らすことになっちゃうよ? それでもいいの?」

「よくはない、けど……」

 あたしがワガママを言うことで、紅くんの勉強のジャマをしてしまうのはイヤだ。けれど、紅くんとずっと今の微妙な距離感のままというのも悲しい。だから本当に、どうすればいいのか、分からないのだ。

 煮え切らないあたしに呆れたのか、甲斐浦くんは「はぁー……」と、深いため息をついた。

「……なんか、全然、妹のこと幸せにしてねぇな、紅のヤツ……」

「え……急にどうしたの?」

 言葉遣いまで変わったのはこの際、どうでもいい。いや、良くはないけど、“幸せにしてない”なんて言葉が急に出てくる方が気になって、それどころではなかった。

「紅から聞いたんだ。美鈴音市に来る前に、妹を独りにしないために、友人を……大切な幼馴染とすら、関係を切ったって」

 甲斐浦くんは真っ直ぐあたしの目を見た。心臓が跳ねたのは、綺麗な顔で見つめられたからではない。甲斐浦くんが、美鈴音市に来る前のことを知っていたことに、ドキリとしたのだ。

 どうして、紅くんはあの話を甲斐浦くんにしたの? 甲斐浦くんは何で今、あたしにその話をするの? 紅くんからその話を聞いて、甲斐浦くんはどう思ったの……?

 いろんな疑問が頭を過ぎる。心音が早い。暑さとは明らかに関係のない別の、変な、冷たい汗が背中を伝う。

 甲斐浦くんの、無の表情を見てられなくて、思わず目を逸らしてしまう。

「そんな怯えたような顔しなくても大丈夫だ。別にそのことで、紅を嫌ったりしねぇよ」

 その言葉に恐る恐る視線を戻すと、口角が少しだけ上がっていた。

「むしろ、意外と面白いヤツだと思った。俺は、大切な人を幸せにするためなら、何だってするヤツは好きだぜ? ただな、今の紅の行動には納得いかねぇ……妹が自分以外の連中と、仲良くやってりゃ幸せだと思ってることもな。妹の肝心の望みをなんにも分かってない。こんなのはな、幸せにしてるって言わないんだよ」

 甲斐浦くんが、自分の想いを口にするのも珍しい。それに、紅くんからあの話を聞いても、好意的に捉えていることにも驚きだ。

 多分、これは甲斐浦くんの本音だと思う。

 いつもの違和感のあるキャラとは違って、彼の言葉がすっと入ってくる。

「それで甲斐浦くんは……何が言いたいの?」

 本音であるような気はするけど、あたしにこんな話をしてきた理由は、全く見当がつかない。

「恐らく紅は、独りになろうとしてる。嫌われるために、美鈴音市に来る前のことを、わざわざ俺に話したんだろうが……生憎、俺はその話を聞いて、かげみやこうに興味がわいた。だから俺はアイツを独りにする気はない」

「ちょっと待って! 甲斐浦くんが言っていることが本当だとして……紅くんが独りになろうとしてる理由が分からないよ!」

「独りといっても、家では今までと変わらず、“お兄ちゃん”でいるつもりだろうな。だけど、学校では孤立する気でいる……どうせ、『幼馴染達を傷つけたオレには、新しい友人を作って、楽しく暮らす資格なんてない』とでも考えてるんじゃないか? 俺と陽子とは会話をしているが、他はどうだ? 俺達以外の人間とは関わりを持とうとしてないだろ。俺と陽子とも……ホームステイ期間が終われば、距離を置く気でいるだろうな」

 甲斐浦くんの目は真剣だ。きっと嘘ではないし、多分だけど、彼の考えは当たっているのだと思う。

 確かに紅くんが、甲斐浦くんと陽子ちゃん以外の子と話すことを、避けているのは明白だった。それに紅くんなら、甲斐浦くんの言うような決断をしていてもおかしくはない。紅くんの性格上、有り得る話だ。

 誰かを避けていても、甲斐浦くんとは仲良くしているから大丈夫だと、勝手に安心していた。あたしは、紅くんの考えに気づけずに、わからずに、過ごしていたんだ。

「そんなの、独りになろうとするくらいなら……最初からあんな別れ方しないでよ……」

 違う。あの時、あたしが必死に止めていれば良かったんだ。きちんと怒ればよかった、相談もなしに勝手に決めないでって。あたしより友人を大切にしてって言えばよかったのに……。

「あたしも……今更、後悔するくらいなら、最初からちゃんと話しておけば良かった……もう何を言っても、遅いよね」

「そんなことないだろ。本気で紅を独りにしたくないなら、今からでもアイツにぶつかっていけよ」

「え……」

 顔を上げ、甲斐浦くんを見る。呆れているような、挑発するような瞳。その目はまるで『諦めるのか?』と、問うているような、気がした。

「過去は変えられなくても、アイツが今まさに抱いている、馬鹿みたいな考えを変えることは出来る……だから自分の想い伝えろよ。散々、勝手なことをされたんだ。だったら今度はかげみやいもうとが、好き勝手にしても良い筈だろ?」

 甲斐浦くんはイタズラっ子のような顔で、ニヤッと笑う。その表情は、純粋に応援してくれているようにも、何かを企んでいるようにも見えた。

 例え彼に、“紅のことを独りにしたくない”という理由以外に何かあるとしても、そんなことどうだっていい。あたしはあたしの好きなようにしても良いのだと、背中を押してくれたのだと解釈して、進んでいこうと思った。

 紅くんに、あたしと同じ想いはしてほしくないから。

「そうだね、うん……紅くんを独りにしたくない。あの時のことだって、このままで言い訳がない。だからあたしはもうエンリョしない。あたしは……紅くんに決闘を申し込む!」

「ん……? ナンデソウナッタ?」

 甲斐浦くんはなぜかカタコトで言葉を発した。表情もポカンとしている。

 なんだか、思っていた反応と違う。

「だ、だって、紅くんって頑固そうだし……あたしの話を聞き入れてくれない可能性もあることを考えると、拳かなぁと思って……この前、陽子ちゃんが貸してくれた漫画でもね、拳を交えた二人が仲良くなってたし、うん、きっと上手くいくよ!」

 自信をなくしかけたものの、陽子ちゃんから借りた青春バトル漫画の内容を思い出し、拳を握りしめた。だけど、甲斐浦くんは無言で固まっている。

 やっぱりダメなのだろうか? と思ったその瞬間、「フッ」と甲斐浦くんが吹き出した。

 肩を震わせ、声を殺して笑う甲斐浦くん。訳が分からず戸惑っていると、「ごめんごめん」と言ってから、彼は深呼吸した。

「なんか、いいね、その強引さ。兄妹揃って面白いな。でも、拳はいささか乱暴じゃないか? それこそ、妹を傷つけたくない紅は嫌がるだろ」

「た、たしかに……」

「だろ? だからさ、TSGで勝負するってはどうだ? それだったら、遊びってことで了承してくれそうだろ。何より拳よりも想いを伝えられる『そうぞうりょく』も、好きなように使える」

 甲斐浦くんの言葉に、あたしはハッとした。

 強い想いを込めてつくったモノからは、作り手の想いや記憶がえることもあると、言われている。現に、兄妹になった日にもらったBB弾からは、紅くんの想いが“えた”。

 言葉で足りないのなら、あたしのありったけの想いを込めたモノを、紅くんにぶつければいいんだと、気がつく。甲斐浦くんの口ぶりからして、TSGで対戦すれば、それを実行しやすいのだろう。だったら、やらない手はない。

「よし! そうと決まれば、今から紅くんを裏庭に呼び出して勝負を申し込む! だから甲斐浦くんは、陽子ちゃんと一緒に先に帰ってて」

「了解した。ところで、もし今回も紅に誘いを断られたら、どうするんだ?」

「ふふふ……そこはきちんと考えてあるから安心して」

 あたしはVサインをして、不敵に笑って見せた。甲斐浦くんは一瞬、きょとんとした顔をしたけど、何かを察してくれたのか、すぐにニヤッと笑う。

「TSGをおこなう時に使うフィールドのことや、他のメンバー集めは俺に任せてくれ。健闘を祈る」

「うん。ありがとう」

 甲斐浦くんとあたしはもう一度、顔を見合せ、頷き合ってから、図書室のある校舎に足を踏み入れた。

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