小話③『甲斐浦咲玖也から見た、景宮紅』

 “何となく気に食わないヤツ”


 それがかげみやこうに対する、第一印象だった。

 何となくだから、明確な理由は分からない。


 人当たりのいい笑顔と、物腰柔らかな口調。妹のことが大好きだと分かる態度。それなのに、なぜか妹に気を遣っているところ。

 その全てが、何となく気に食わない。

 気に食わないし、面倒だけど、養父父さん養母母さんに「咲玖也も紅くんのこと気にかけてあげて」と言われたから、ホームステイ期間中は気にかけてやることにした。

 それに、俺のに利用できそうなヤツには、恩を売っておくのも悪くない。景宮紅自体にはさほど期待していないが、景宮ユウヒを取り込むためには必要な事だ。




 誰に話しかけられても、ほわほわニコニコした顔で愛想良く対応している。どうせこの手のタイプは、誰とでも仲良くなれるのだろう。だから学校では、一人で気楽に過ごせる。そう思っていたが、予想は外れていた。

 話しかけられれば、会話はする。しかし、自分からは話しかけない。感じが悪くならない程度ではあるものの、壁も作っているように思える。


ニィチャンはどうしてお友達を作ろうとしてないの?」

 雑談ついでにそう問いかけてみれば、あっさりとすず市に来る前のことを、紅は話した。

 紅の行動は、決して褒められたことではないのだろう。きっと他のヤツが聞けば、絶対にいい顔はしない。紅を非難するヤツもいる筈だ。

 だけど俺は、幼馴染みや友人を切り捨てられる程、妹命な紅にひどく惹かれた。大切な人のためなら何だってするところに、シンパシーを覚えた。俺も大切なもののためなら、何だってする。

 ゆえに俺は景宮紅に、一人の人間として興味を持った。

 それと同時に、どうして紅のことを気に食わないと思っていたのか、ようやく理解した。

 紅は、俺の兄として振舞っていた人にぃちゃんに似ている。

 俺を置いてどこかに行って、遺体二度と目を覚まさない体となって帰ってきた、兄に。笑った顔が、よく似ていた。


「妹を助けに行く」

 それだけ言って、にぃちゃんはうらを出ていった。俺よりも、知らないヤツを優先して、“知りたくもなかった真実”を遺して、死んだ。

 そんなにぃちゃんとよく似た表情で笑うから、紅のことが気に食わなかったのだと、気がついた。

 気がついてから、『下らないな……』と、ひとり心の中で笑う。陽子のおかげで、完全に吹っ切れたと思っていたのに、無意識にまだ少しだけ引きずっていたことを自覚して、自嘲した。

 それからもうひとつ、何となく分かったことがある。今なら、にぃちゃんがしたかったことを、理解出来る気がした。

 死ぬかもしれないと分かっていて、甲斐浦家を出たのは、それ程、“妹を助けたい”という気持ちが、強かったからだと。

 俺も、幼馴染大切な恩人のためなら、何でもする。俺のをかけてでも、陽子を幸せにしようとするだろう。だから、俺を置いて出ていったにぃちゃんを、今なら理解して、許せる。

 にぃちゃんの行動を理解して、やっと受け止められたのは紅のおかげだ。アイツはそんなこと、知りもしないだろうが、関係ない。

 紅が目の前に現れたから、俺は本当の意味で吹っ切れることができた。


 俺は、恩人には幸せになってほしいから、紅のことを独りにはしたくない。

 大体、景宮ユウヒの様子を見ていたら、紅のやり方はズレているように見える。それに性格は、陽子に似てる部分があるから、何を思っての行動かは分かるつもりだ。

 罪の意識があるから、他人を遠ざけて、独りになろうとして……その結果、景宮妹を悲しませて……妹のことを全然、幸せにしていないじゃなか。

 妹のためなら何だってするんだろ? だったら、一緒にいてやれよ。誰にどんな負い目を感じていようと、それでも堂々と、幸せにしたい大切な妹の隣にいろよ、紅。

 ホームステイ期間が終われば、俺ともおさらばする気だろうが、そんなことさせない。


 もう利用しようとするのはやめた。

 陽子共々、どんな手を使っても、絶対に幸せにしてみせる。

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