第9話『ユウヒの変化と、咲玖也の想い』前編
「
部活が終わり図書室にやって来たユウヒに、オレは中庭に呼び出された。何事かと身構えてはいたが、全く予想していなかったことを言われ、困惑する。
「えっと……いきなりどうしたんだ?」
「いきなりじゃないよ! ずっとガマンしてたけど、もうガマンするのはやめただけ。だから、紅くん、あたしと勝負して!」
「……とりあえず、一から説明してくれるか?」
“ずっとガマンしていた”
その言葉が引っかかりつつも、唐突すぎる申し出について、最初から説明してもらうことにした。
何も分からない以上は、本人に聞くしかない。だけど、ユウヒはあまり答たくないのか、ムッとした表情で口を開く。
「説明も何も、紅くんだって分かってるハズだよ! それに、今ここで普通に説得したところで、聞いてくれないでしょ! 大体、紅くんに聞く気があるのなら、最初からこんなことにはなってないよ……! だから、あたしと勝負してほしいの!」
流石にここまで言われれば、なんの事かは分かった。だけど、今更、
それに、どうしてその話から勝負をする流れになるんだ? そこだけは本気で意味が分からない。分からないから、戸惑っていると、ユウヒは深いため息をついた。そして、オレのことを見上げながら、なぜかニヤリと笑う。
「断るってなら、こっちにも考えがあるよ?」
別に断るとは言ってないけど、ユウヒと勝負をする理由もない。ただただ、困っているだけなのだが、ユウヒ的にはオレが完全に断る気でいると思っているようだ。
それに、ユウヒが一人でものすごく突っ走っている感が否めない。
そんなことをぼんやりと考えながら、次の言葉を待っていると、ユウヒがなぜか照れ始めた。
「し、勝負を受けないっていうなら……」
妙に緊迫した空気に、オレは思わず固唾を飲む。
ユウヒは深呼吸してから、目をカッと開き、大きく口を開いた。
「わ、わかなとのツーショット写真、撮ってあげないから!!」
「な……なんで……なんでそうなるんだよ!!」
ユウヒの一言に、オレは思わず叫んでしまう。
“わかな”とは、今年、産まれたばかりの妹だ。まだテレビ電話でしか姿を見ていないが、画面越しでも分かるくらい、とてもキュートな
夏休みになったら、ユウヒと一緒に
「紅くんがあたしとの勝負を断ろうとするからでしょ! あたしはね、何がなんでも紅くんと勝負したいの! 勝負するためなら、あたしは心を鬼にする覚悟だってできてるんだから!!」
声高らかに、ユウヒにそう宣言され、本気なのだと悟った。これは、桐石さんの時と同じように、こっちが了承しないと、何がなんでも意志を変えないつもりなのだろう。こうなった以上、オレにはユウヒの勝負を受け入れる道しか残っていない。
「……分かったよ……その代わり、勝負をしたら、絶対に写真撮らせてくれよ……」
オレの言葉に、ユウヒは目を輝かせ、「うん!」と元気よく頷いた。その笑顔が眩しくて、可愛くて、まぁいっかと思ってしまうあたり、自分でも
それはそうと、ユウヒが突然、こんなことを言い出すからには何かきっかけがあったハズだ。そして、その心当たりはある。確実に、100%、咲玖也しかいない。
帰ったら絶対にユウヒに何を言ったのか、問い詰めてやる……。
そう心に決めて、ご機嫌なユウヒとともに帰路についた。
ユウヒを桐石さん
「おーい、咲玖也? 入るぞ」
言いながら、ドアを開けると、ベッドに横たわっている咲玖也の姿が見えた。
「咲玖也? ……寝てるのか?」
そっとドアを閉め、咲玖也の顔を覗き込むと、静かな寝息を立てて眠っていた。
あまりにも穏やかな寝顔だったので、とりあえず、少しだけ観察してみることにする。毎朝、咲玖也がやってるみたいに、ベッドの脇であぐらをかいて、じっと寝顔を眺めた。
「……にぃちゃん」
不意にそんな寝言を呟くものだから、少し驚く。うれしそうに微笑んでいる顔が、かなり幼く見えた。
咲玖也の、亡くなったお兄さんの夢を見ているのかもしれない。この表情からして、きっと幸せな夢だろう。
本当は今すぐにでも、ユウヒに何を吹き込んだのか聞きたかったが、さすがに今、起こすのは悪い気がした。
後でまた出直そうと心に決め、腰を上げた。しかし、枕元にあるカバーのついた本が目に入り、中腰のまま静止する。
こんなところに本を置きっぱなしにしていたら、咲玖也が寝返りをうった時に、下敷きにしてしまうかもしれない。そう思い、オレは本を手に取った。
そこでブックカバーが外れかけていることに気がつく。
ブックカバーを付け直そうとして、表紙とタイトルが少し見えた。
パステルカラーの背景に、二人の女の子。タイトルは、幼馴染みと三角関係ラブコメするより、二人の ――
「おい、紅」
「わっ! 咲玖也! 起きたのか」
急に手首をガッと掴まれ、無駄に大きな声が出てしまう。咲玖也の顔を見ると、眉間にシワを寄せ、ものすごく険しい表情をしていた。
「見たか?」
「へ、なにを?」
「この小説の表紙」
言いながら咲玖也は、空いている方の手で、小説を指さした。
「えっと……少しだけ。勝手に見てごめん」
オレの言葉に、咲玖也が頭を抱えだす。無言で固まる咲玖也の顔を覗き込むと、険しい表情をしていた。
「…………これは……勉強の、ために、だな……」
途切れ途切れに、なぜか気まずそうに、咲玖也は言葉を発する。オレは咲玖也が眉間にシワを寄せている理由が、全く分からず首をかしげた。
「勉強? なんの?」
「……表紙、というか、タイトル見たんだろ?」
「うん、でも長いタイトルだったから最後まで読めなかったし、どんな内容かは分からなかったぞ?」
オレのその言葉に、咲玖也はポカンとした顔をする。それから少しして、なぜか深いため息をついた。
「だったら、早くそう言えよ……まぁ何にしても今、目にしたことは全部、忘れてくれ……いいな?」
全く訳が分からなかったものの、人の隠し事を強引に暴く気はない。だからオレは「分かった」と、一言だけ返事をした。
thinldlity-シンルドリティ-【景宮兄妹編】 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki
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