第2章
第7話『紅と咲玖也と、陽子と……』前編
一人、教室を出ていくユウヒの背中を見て、やっぱりこのままではダメだと思った。
話があると言って、
「ごめん……オレはユウヒも圭大と杏奈たちも大切だから……もう皆とは遊ばない」
深呼吸をしてから、はっきりそう伝えた。
みんなで一緒に遊べないなら……それでユウヒだけを仲間外れにするくらいなら、オレもみんなから離れれば良い。そういう結論にたどり着いた。
圭大と杏奈にはみんながいるから、オレがいなくても大丈夫。だけど、ユウヒは一人になってしまう。
だから、オレは圭大と杏奈たちから離れる道を選んだ。
自分の想いを全部話しても、圭大と杏奈はなかなか納得してくれなかった。それでも、最終的には小さく頷いてくれた。
後悔はしていない。していないはずなのに、圭大と杏奈の悲しそうな顔が、ずっと頭から離れない。
目を開くと、最近ようやく見慣れてきた、天井が見えた。枕元からは元気で陽気な音楽が聴こえている。
視線を感じ横を向くと、ベッドの脇であぐらをかいてこっちを見ている、オールバックの和風イケメンな男の子がいた。制服のカッターシャツに、黒のズボンを履いていて、いつでも学校に行ける状態だ。
「おはよ」
口元のホクロと漆黒の瞳が印象的な男の子……
「……おはよ」
ゆっくり上体を起こしながら、挨拶を返す。咲玖也はじっとオレの顔を見たかと思えば、目を細め、微かに口角を上げる。
咲玖也はホームステイ先の甲斐浦さん
出会って間もない頃の咲玖也は、明るくて少しチャラい感じ……のキャラを無理して演じている子という印象で……心の壁は分厚かった。
だけど、オレたちが前に住んでいた時のことや、
そして毎朝、部屋にやって来ては、何をする訳でもなく、オレの目が覚めるのを待っているようだ。寝間着から制服や私服に着替え、髪もばっちりセットしているところを見ると、かなり早くから起きているのだろう。
「毎日、そうやってて飽きないのか?」
伸びをしながらそう問いかけてみると、咲玖也は静かに頷いた後、「なんか、安心するから」と言った。
「安心?」
どういう意味か分からず咲玖也を見ると、一瞬だけ苦笑いを浮かべた。
「……
「つまり……生存確認してるってことか?」
オレの言葉に、咲玖也は一瞬、目を見開いた後、少しだけ笑った。
「そうだな、生存確認みたいなものだ……嫌か?」
咲玖也は少し首を傾げ、悪戯っぽく問いかけた。
「全然イヤじゃないぞ?」
「それなら良かった……」
オレの返事を聞いて咲玖也は安心したような顔で、微かに笑ったような気がした。
準備を済ませて、咲玖也のお母さんが作ってくれた朝ご飯をいただく。それから咲玖也と二人で家を出て、隣の家に向かう。今は七月上旬で、外は暑い。
「紅くん、甲斐浦くん、おはよう」
「おはよう」
赤いスカーフに、セーラー服姿のユウヒが姿を現し、ニコリと笑う。それにつられるように、俺も笑った。
オレの妹は今日も可愛い。
「おはよ〜妹チャンは今日も可愛いね♡」
さっきまで物静かだった咲玖也が、明るいチャラ男を演じ始めた。クールな咲玖也を知ってるせいで、出会った頃より違和感を覚える。
ユウヒは咲玖也がキャラを作っていることに気づいているのか、いないのかは分からない。しかし、どうやらこの手のタイプは苦手なようで、明らかに困り顔で苦笑いを浮かべている。
「咲玖也、ユウヒが困ってるでしょ……」
ユウヒに続いて家から出てきた女の子が切れ長の目を細め、咲玖也を見る。
明るい茶色の長髪を、赤とオレンジのリボンでポニーテールにしている、大人っぽい雰囲気の女の子……
ホームステイ先が別々なのは、同性の同級生がいる家の方がユウヒも安心だろうと思い、
「陽子は今日もクールだね~」
「景宮くんおはよう」
咲玖也のことなどお構いなしと言わんばかりに、桐石さんはにこっと笑ってオレを見た。最近ようやく、彼女の笑顔を目にする頻度が高くなってきて、内心ほっとする。
『俺がいつもヘラヘラしているのは……笑わなくなった陽子の分まで笑うためだ』
ある日、“どうして、素の性格とは程遠いキャラを無理に演じているのか”聞いてみると、咲玖也はそう答えた。その時見た、咲玖也の真剣な顔を思い出しながら、「おはよう」と桐石さんに挨拶を返した。
「ねぇねぇ陽子サン? 俺には挨拶なし? 俺にも『おはよう咲玖也クン♡』って言って欲しいなぁ」
「ねぇ咲玖也……いや、ごめん……なんでもない。おはよう」
“ねぇ咲玖也”に込められた想いが何なのかは分からない。だけど、いろんな感情を飲み込むように、桐石さんは力なく笑った。
「おはよ……。さ〜てそんじゃまぁ学校に行きますか!」
“おはよ”の一言だけ、クールな声色を出す咲玖也。その後は何もなかったかのように、演技を再開した。顔を隠すように一足先に歩き出したから、咲玖也がどんな表情をしていたのかは、分からない。
オレはユウヒと顔を見合せた。ユウヒは戸惑いの表情を浮かべている。
「ユウヒと景宮くんも行こ」
桐石さんは平然とした顔で、オレたちを促す。
「え、うん。分かった」
ユウヒは一瞬、驚いた顔をしたが、直ぐに気持ちを切り替えたようだ。桐石さんの隣に並び、一緒に歩き出す。
オレもここで気にしていても仕方がないと思い、小走りで咲玖也に追いつき、彼の隣を歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。