第4話『想造力値A【同じ能力者】との出会い』後編

 才神邸さいがみていから少し離れたところにある、小さな植物園。ここにはあまり人は来ないらしく、才神市内さいがみしないで唯一、彼女が落ち着けるお気に入りの場所だと言う。確かに、人の姿も気配もなく、キレイな花がたくさん咲いている、静かなところだと思った。

 あたし達三人は、円形の机を囲うように配置されている、木製の丸イスにそれぞれ座り、ひとまず自己紹介をすることにした。


「私は九島くしま モネ。九つの島で九島、モネはカタカナ。小学六年生、よろしく」

「オレは景宮かげみや こう。えっと、景色の景に、お宮参りの宮で景宮、こうくれないって書いて紅。オレも小学六年生。よろしく」

「妹の、景宮 ユウヒです。あたしも九島さんと同じ名前はカタカナで、小学六年生。よろしくね」


 才神邸さいがみていの前にいた時と違って、女の子……九島さんの表情はやわらかい。どこか冷たさを感じていたけど、今は温かな雰囲気だ。

「九島さん、助けてくれてありがとう」

 あの時、九島さんが助けに入ってくれていなかったら、紅くんが大ケガをしていたかもしれない。絶対に守ると決めていたのに、あたしは結局、何もできなかった。だから九島さんには感謝してもしきれない。

「オレからも、本当にありがとう」

「ううん、大したことはしていない。私はただ……チームメイトを止めただけ……本当にごめんなさい」

「九島さんは悪くないんだから、そんな顔しないで」

 申し訳なさそうな顔で九島さんがうつむくものだから、あたしは慌てて首を振った。どうしよう……と紅くんを見ると、オロオロしていてので、余計に困ってしまう。

「そうだ! 少し早いけど、おやつにしよう! 九島さんも良かったら食べて」

 思い出したように言いながら紅くんは、前の日に作っておいたスイートポテトの入った容器を取り出した。

 紅くんが少し強引に、「どうぞどうぞ」と顔の近くに容器を差し出すと、九島さんは顔を上げる。

「もしかして……手作り?」

「うん、ユウヒと一緒に作ったんだ。スイートポテトは好き?」

「一番ではないけど、とても好き」

「それなら良かった。好きなだけ食べてくれるとうれしいな」

「ありがとう……いただきます」

 九島さんはスイートポテトを手に取ると、ぺこっとおじぎをしてから、はむっと食べた。

「おいしい」

 顔をほころばせ、モフモフ食べている姿は小動物みたいでかわいい。

 九島さんの言葉に紅くんは、嬉しそうに笑っている。あたしと紅くんもスイートポテトを手に取り、口にする。

「九島さんは、食べ物で何が一番好きなの?」

「……好きな人が、作ってくれたホットケーキ」

 あたしの問いかけに、少し恥ずかしそうに答える九島さんがかわいくて、心がポカポカした。こういうのをほっこりすると言うのかもしれない。紅くんもニコニコ顔で九島さんを見ている。

「好きな子って友達?」

「うん」

「いつから好きなの?」

「出会ってから、一年後くらい、かな……その子のことが、好きだと自覚したのは」

「出会いはいつ?」

「小学一年生の途中で、他県に引っ越して……転校先の学校で同じクラスだったの」

「どんな子なの?」

「面倒見がよくて、カッコよくて……だけど寂しがり屋な一面もある、とても優しい子……あの、恥ずかしいから、この話はもう……」

 紅くんとあたしが交互に質問するものだから、九島さんを困らせてしまったようだ。悪いことをしたな。

 二人で謝ると「ううん、気にしないで」と九島さんは、はにかむ。


「二人が一番好きな食べ物はなに?」

「一番は肉じゃがかな。オレンジジュースが好きだから、ミカンも好きだよ」

「オレはスイートポテトと、あと干し芋も好き! 実は今日も持ってきてるんだ。良ければこれもどうぞ」

「私は、二番目にうどんと、干し柿が好きだから……干し柿はいつも持ち歩いてる。もらってばかりなのは悪いから、良ければ食べて」

 紅くんと九島さんはそれぞれ自分達のカバンから、干し芋と干し柿を取り出す。

 どうしよう、あたしは食べるのに時間がかかるもの……みかん味のアメしか持ってきていない。こんなことなら他のお菓子も持ってくるんだった。


 とりあえずアメは持って帰ってもらうことにして、スイートポテトと干し芋と干し柿を食べながら、あたし達はいろんな話をした。

 食べ物以外の好きなもの、得意な教科、苦手な教科、趣味の話。会話の中で特に気になったのは、九島さんがやっている、“シンルドリティ・サバイバル・ゲーム”……通称『TSGティーエスジー』という競技。TSGのためにヘッドホンを装着して、想造力そうぞうりょくを増幅・変形・組み合わせるなどして、防御や対戦相手への攻撃に使うらしい。ゴムナイフやエアガンも使用するけど、あくまで想造力を使っての戦いがメインだと言う。また、CCブレスで競技衣装を身にまとうため、ケガをする確率は非常に低く、十歳から競技に参加できるとのこと。名前くらいは聞いたことはあったけど、やっている人は初めて見た。機会があったら、あたしもやってみたいな。


 才神市さいがみしのルールや、白いアクセサリー類のことも教えてくれた。やはり才神市ここ想造力値そうぞうりょくち【A】の人間が支配していて、白いアクセサリーは支配者の証のようだ。目に見えるカタチで、力関係をはっきりさせておきたいというのが、才神市現市長さいがみしげんしちょうであり、才神家さいがみけの当主・才神さいがみ 幻望げんぼうさんの考えらしい。

 それから、九島さんは約二週間前までは違う都市に住んでいたけど、訳あって才神市に住むことになったという話もしてくれた。才神市ここでは才神家さいがみけのお世話になっていて、TSGの元いたチームも抜けて、今は才神 慎士朗しんじろうくんがリーダーのチームにいるらしい。きっと九島さんは元のチームに戻りたいのだろう。彼女の寂しそうな表情を見て、そんな気がした。

「どうにかして、元のチームに戻れないのかな……?」

 思わずそう言葉にすると、九島さんはやわらかい表情で、あたしに微笑みかけた。

「大丈夫、大人になったら……会いに行こうと思ってるから……今は会えなくても、きっといつかは会えるって信じてる」

「大人になったら、か……」

 何か思うところがあるのか、紅くんがぽつりと呟く。少しの間、何かを考えているような感じだったけど、「うん、信じてさえいれば、きっとまたいつか会えるよ」と微笑んだ。その言葉はまるで紅くん自分自身にも言い聞かせているようにも思えた。



「ところで、あなた達はどうして才神市に来たの? ここは特に、観光できる場所もないし……いろいろと大変なのに……」

 九島くしまさんは心底、不思議そうな声で、問いかけた。

 こうくんとあたしは顔を見合わせる。才神家さいがみけの話になっても、才神邸さいがみていに住んでいる九島さんの口から、一向に紫乃しのちゃんの名前が出てこない。ということは、九島さんも紫乃ちゃんのことを知らない可能性が高い。もしかしたら、才神市さいがみしに紫乃ちゃんはいない可能性だってある。

 紅くんも同じようなことを考えているから、あたしの顔を見たのかもしれない。もしくはどう伝えるべきか、悩んでいるのかも。

「……言いづらいことなら、無理に話さなくても」

「いや、そうじゃないんだ。ただ、もしかしたら、才神市に来た意味はなかったかもしれないと思って」

 困ったような九島さんの声に、紅くんはすぐに否定した。そして意を決したように「実は……」と言葉を続ける。

「紫乃って子に……妹に会いに来たんだ」

「妹……?」

 九島さんは不思議そうな声で、そう呟いた。紅くんが“紫乃”と名前を出した瞬間、かすかに反応したような気がする。

「オレの……父親が、才神家の人間らしいんだ。昔、紫乃を連れて出て行って……才神市にいると思って来てみたけど、さっき会った才神さいがみくんは紫乃のこと本気で知らないみたいだし……九島さんも分からないよね?」

「……うん、分からない。力になれなくて、ごめんなさい」

 やっぱり、なにかおかしい。九島さんは隠し事をしている気がする。才神 慎士朗しんじろうくんは本気で紫乃ちゃんのことを知らない感じだった。だけど、九島さんは何か心当たりがあるように思える。

 本来なら、ここで引くべきなのかもしれない。だけど、少しでも可能性があるなら、簡単に諦めるべきではないと思う。折角、才神市ここまで来たのだから、紅くんには紫乃ちゃんに会って欲しい。

「本当に? 本当に、九島さんは紫乃ちゃんのこと知らないの?」

「ユウヒ、九島さんは分からないってさっき」

「ううん、心当たりくらいなら、あると思う」

 あたしの言葉に、九島さんは困ったような顔でうつむく。

「お願い! 紅くんは幼い頃、無理やり紫乃ちゃんと引き離されて……ずっと会いたいと思っていたの。だから、知ってることがあるなら、教えて下さい」

 あたしは立ち上がり、頭を下げた。

「……気持ちはうれしいけど、ユウヒがそこまでする必要はないよ。ほら、九島さんも困ってるから」

 紅くんはやんわり、あたしをイスに座らせ「そんな悲しそうな顔、しないで?」と頭を撫でる。

「でも、紅くん」

「ユウヒ、九島さんはって言ったんだ。だったらだろ?」

 その言葉にハッとする。紅くんも、九島さんが何か知っていることを察しているのかもしれない。それでもあえて聞かないのは、九島さんにとって言いたくない、もしくは言いたくても言えないことだと気がついたから……? そうか、そうだよね。人にはそれぞれ、他人には話せないことくらいある。出会ったばかりの相手なら尚更、話せないことは多いだろうし、才神市は特殊だから話してはいけないこともあるのだろう。

 紅くんがそれを察して何も聞かないなら、あたしがこれ以上、何か言うのは違う、よね……。

「うん……分からないなら、仕方ない、ね。九島さん、ごめんね」

 あたしの言葉に、九島さんはますます困ったような顔をする。

 少しの沈黙が流れた。それを破ったのは九島さんで……彼女はおずおずと口を開いた。

「ねぇ……確認なんだけど、二人は本当に、兄妹きょうだい、なんだよね?」

「え……うん、そうだよ」

 突然の質問に、少し戸惑いながらも紅くんが答えた。すると九島さんはためらうように、また口を開く。

「こんなこと、聞いて良いのか分からないけど……二人は、血が繋がっていない……?」

「うん、親同士が再婚して、兄妹きょうだいになった。それでもオレはユウヒのこと、本当の妹だと思ってるよ」

「再婚……そう、なんだ……」

 真っ直ぐな紅くんの言葉に、九島さんはどこか悲しそうな顔で呟いた。質問の意図が分からず、紅くんと顔を見合わせる。

 その時、携帯の着信音が園内に響いた。紅くんとあたしの着信音とは違うため、恐らく九島さんの携帯だろう。

 携帯ではなかったけど、やはり九島さんの持ち物の着信音だったようだ。九島さんはカバンから、大きめのタブレットを取り出した。

 鮮やかな青色のタブレットケースをめくり、画面を見た途端、九島さんの動きが止まる。チラッとあたし達の方を見て、「ごめん、少し待ってて」と言いながら、声の届かない場所まで移動した。

 それから程なくして、九島さんは戻ってきた。どこか心配そうな、戸惑っているような表情で、タブレットを抱きかかえている。

「その……景宮かげみやくんと、話したいって言ってる人がいるんだけど……どうする?」

「え……一体、誰が……?」

 予想外の言葉に、紅くんもあたしも首を傾げる。九島さんはタブレットをぎゅっと強く抱きしめた後、意を決したように口を開いた。

「……景宮くんの、お父さん」

 紅くんの……お父さん……?

 さらに予想外の台詞に困惑しながら、紅くんの方を見れば、彼は固まっていた。その表情はとても険しくて……いつもの紅くんからは考えられないほど、怖い顔をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る