第4話『想造力値A【同じ能力者】との出会い』前編

 覚悟はしていた。

 だけど、想像していた以上に、才神市さいがみしは居心地の悪いところだと思えた。理不尽が散らばる都市。ここでは一生、本心から笑えない気がする。

 独りだと思っていた頃より息苦しくて、その上、油断も出来ない。そう思わせてしまうほど、才神市ここは空気がよどんでいる。

 一番イヤなのは、紅くんへ向けられる視線。紅くんと出会う前までは、奇異の目で見られてきたから分かる。あの視線の怖さが、胸が苦しくなる感覚が。だからその視線を自分ではなく、恩人紅くんに向けられることの方がイヤだ。


 紅くんは才神市の住人ここのひとの人じゃないんだからそんなことしなくてもいいよ。


 思わず強い口調で言った後に後悔した。紅くんは自分なりの考えがあって行動したと思うのに、それを頭ごなしに否定するべきではなかった。でも紅くんはにっこり笑って優しい言葉をかけてくれた。

 必死に何にもないようにしているつもりだったのに、眉間にしわを寄せ肩に力が入っていたらしい。緊張と、紅くんを守らなければという使命感を持ちつつも、それを悟られないようにいつも通り振るまえていると思っていたけど、全然ダメだったようだ。

 完全には気を抜けないけど、紅くんが笑っている間だけはあまり周りを気にせず、あたしも笑っていようと思えた。




 会話に集中し始めると、あっという間に才神邸さいがみていへ到着した。

 さすが才神市を牛耳っていると噂されているだけのことはある。ドラマやアニメで出てくるような、お金持ちの家という感じのお屋敷だ。

 辺りは木々や、草花といった植物に囲まれていて、近くには他の建物はない。


 数年ぶりの再会というのもあるのだろう。紅くんは一度、深呼吸をしてから、金色の立派な門に接する外壁についている、インターホンに手を伸ばした。

「おい、そこで何をしている」

 紅くんがインターホンのボタンに触れる前に声をかけられ、動きが止まる。声のした方を見てみると、あたし達と同じくらいの年の子が立っていた。

 半袖Yシャツに緑と赤のチェック柄のズボン、ローファー、金色の刺繍の入った白のショルダーバック。首もとには服装にあまり合っていない、黒のヘッドホンをかけている。右の親指には白い指輪をつけているということは、彼も想造力値そうぞうりょくち【A】なのだろう。

 男の子は無言であたし達をじっとニラみつけてくる。多分、才神邸ここの子なのだろうけど……紫乃しのちゃんとの関係性が見えてこない。

「えっと、オレは景宮かげみや

「名前は聞いていない。うちの屋敷に何の用だと聞いている」

 あまり感じの良い子ではなさそうだなぁ……そんな印象を受けたけど、紅くんはあまり気にしていないのか、すぐに言葉を切りかえる。

「紫乃って子に会いに来たんだけど、今、家にいるかな?」

「しの? 誰だそれは」

 男の子の言葉に、あたし達は顔を見合わせる。才神邸の子が紫乃ちゃんのことを知らない訳がない。かと言って、男の子が嘘をついているようには思えなかった。

 二人して完全に戸惑っていると男の子が「おい」と声をかけてきた。

「ここに来た本当の目的はなんだ? 正直に答えろ!」

「だから、紫乃って女の子に会いに来たんだって」

「そんな人間は知らないと言っているだろ! それに何ださっきからその口の聞き方は! 俺は才神家の長男・慎士朗しんじろう様だぞ。お前、想造力値そうぞうりょくち【B】か【C】だろ。だったら敬語を仕え! 俺様を敬え!」

「いや、君のことは知らないし、そんなこと言われてもな……」

 大抵のことなら受け入れてくれる紅くんが引き気味だ……正直、あたしは苦手なタイプだな……本気で紫乃ちゃんのことは知らないみたいだし、出来ればこれ以上、関わりたくない。

「大体、そっちの女子もなんのつもりだ? お前も俺様と同じ誇り高き存在だろ。なのに下等な存在ニンゲンと手を取り合うとは……ふざけているとは思わないのか?」

「あたしは紅くんのことを恩人だと思ってる。誇り高いとか、下等とかそんな風にしか、人のことを見れないあなたの方がよっぽどふざけてる」

 男の子……才神慎士朗くんの、明らかな嫌みな口調に、思わずムッとする。あんな言われ方をされては黙っていられない。

「はぁー……あきれたよ。これだから外から来た奴はイヤなんだ」

「なにが言いたい訳?」

 才神くんはわざとらしく肩をすくめた。そんな彼を真っ直ぐ見れば、バカにしたような瞳と目が合う。

 才神くんはあごに手を当てた後、何かに気がついたような表情になる

「君、どうせ独りだったんだろ? そこの下等な存在ニンゲンと会うまでは。才神市以外に住む下等な存在ニンゲンは非常に愚かだよ。劣っている自分達が悪いのに、嫉妬心から愚かな行動に出る。たまに、そこの奴みたいに歩み寄ってくる奴は力を利用するためか、自分も同等の存在ニンゲンだと勘違いしているバカかのどちらかだ……君も、才神市に住むと良い。いつまでも愚かで下等な存在ニンゲンに囲まれていたら、同じようになってしまう。君も身につけている、金色の刻印があるアクセサリーはより優秀な証。才神市以外に住むなんてもったいない。うん、それがいい。何なら俺様からおじい様に君が住めるように言ってあげるても構わないよ?」

いい加減に」

「ユウヒのことはユウヒが決める。だから勝手に話を進めないでくれるかな?」

 さっきまで困惑していた紅くんがあたしの言葉を遮るように口を開いた。その声は落ち着きつつも、なんだか怒っているような気がする。

「お前には話しかけていない。黙っていろ」

「他の子と会話する時はもう少し、話し方とか気をつけたほうがいいと思うよ」

 怒っているように感じたのは気のせいだったのだろうか? 紅くんは普段のふわふわした口調で、才神くんの暴言を受け流し、やんわり注意した。

「……お前、むかつくな」

 才神くんはそう言いながらヘッドホンを手に取った。よく見るとそのヘッドホンにはマイクと、白いトラのキャラクターが付いている。使ったことがないからよく分からないけど、マイク付きということは通信で誰かとやり取りが出来るタイプのヘッドホンなのかもしれない。小さな白色のトラはぬいぐるみだろうか? トラのキャラクターは、ヘッドホンを装着すると、彼の頭に乗っかっているように見える。

 誰かに連絡を取る気なのか、行動の意図が読めない。これ以上の会話はムダだろうし、何が起こるか分からない以上、ここから離れた方がいいかもしれない。


 紅くん、とりあえずここから離れよう。


 そう言葉を発する前に、才神くんの手に何かが見えた。あれは……水、だろうか? 彼は手に持つ液体のようなものを、紅くんの方に投げた。それと同時にあたしは反射的に紅くんの手を思いっきり引っ張っる。


「うぉ!?」

 突然のことに、紅くんは声をあげる。液体は紅くんの顔の横スレスレで、通り抜けていく。

 何とか避け切れた、そう思ったのに、なぜか液体それはカーブを描き、こちらに戻ってくる。

 どうして戻ってくるのかなんてこと、考えている時間なんてない。あたしはゴムナイフをつくり出し、向かってくる液体を切るように弾いた。

 弾かれた液体は地面をまばらに濡らした。飛び散ったものが少しだけかかったが、その部分に変化はない。どうやら有害なものではなかったみたいだ。

 というを乗せて創ったゴムナイフは、その役目が終わった途端、すぅっと消えた。

「大丈夫か!? どこかケガしてないか!? 熱は出てないか!?」

「紅くん落ち着いて。大丈夫、なんともないよ」

 オロオロする紅くんに、必死で何ともないことを告げるとほっと胸をなで下ろす。

「良かった……ありがとう、助けてくれて。ユウヒ、すごくかっこよかった」

 よしよしと頭を撫でながら紅くんが微笑む。ほんのり温かな紅くんの手で頭を撫でられると、安心できるから好きだ。

「それにしても、今のなんだったんだろうね」

「うん、液体があんな風に飛んでくるなんて……どうなってるんだろ……」

 あたし達は才神くんの方を見ながら、疑問を口にした。彼はムッとした表情で、こっちをニラみつけている。

 液体を掴んで投げるだけでも不思議なことなのに、その上、狙った相手の方に戻ってくるなんて普通ありえない。もしかすると、あのヘッドホンが関係しているのかもしれない。

「そんな奴を助けるなんてホント理解に苦しむ……君も、少しくらい痛い目を見ていた方がいい」

 才神くんはため息まじりに言葉を発したあと、腕を伸ばし自分の周りに半円を描く。すると、彼が創り出したであろう小さな鉛玉が浮いた状態で複数手から出現した。想造力そうぞうりょくをあんな風に使える仕組みは分からないけど、彼は間違いなく小さい鉛玉あれらをこっちに投げてくる。

 さっきの液体と違って、当たったらシャレにならないけど、あの数の小さな鉛玉全てを弾き飛ばすことは不可能だ。

 せめて紅くんを守らないと……そう思った時にはすでに、紅くんは目の前にいて……あたしをぎゅっと抱きしめた。

 違う、あたしが紅くんを守らないといけないのに……そう思うと同時に、どしゃ降りの雨が降っているような音が、一瞬だけ聞こえた。だけど、あたし達は少しも濡れていなくて……そもそも、ガラスのようなもので天井までも覆っている才神市に、雨粒が落ちてくる筈がない。だけど、確かに雨のにおいもしていて……そういえば、一向に鉛玉が飛んでこない。紅くんも同じことを考えていたのか、小さく首を傾げている。

 二人して恐る恐る才神くんの方をみれば、なぜか彼はびしょ濡れになっていて、鉛玉は地面に落ちていた。


「……おい! この才神さいがみ 慎士朗しんじろう様にこんなことして、ただで済むと思っているのか!?」 

 才神くんはワナワナ震えながら横を見て、視線の先にある木に向かって叫んだ。

「観光客に攻撃しようとした、あなたが悪い」

 そう言いながら、女の子が木の影から姿を現す。年は同じくらいだろうか? お人形さんみたいな可愛らしさと、凛とした美しさを持った女の子。だけど黒い瞳はどこか悲しげで、今にも消えてしまいそうな危うい雰囲気もある。キレイな長い黒髪には、赤とオレンジ色が混ざりあった……あれはパワーストーンというものだろうか? 真ん中に綺麗な石がついた、白い花の髪飾りを付けている。

 服装はロングスカート以外、才神くんとほぼ同じところを見ると、二人とも制服を着ているのかもしれない。彼女は胸のところに、金色の王冠が描かれた、白色のブローチを付けている。

「言葉遣いがなっていない奴と、下等な存在ニンゲンに肩入れしている女子を教育してやろうと思っただけだ」

「あの子達のことが、気に食わなかっただけでしょ……子供ね」

「なんだと……! 君も同じ年だろう!」

「年齢は関係ない……大体、のフィールド外での使用は禁止。仮に、そうでなくてもあなたは、もう少し力の使いどころを考えるべき」

 女の子は自分の耳をトントンと叩く。それというは多分、ヘッドホンのことなのだろう。やはりさっきの水や鉛玉の不自然で有りえない動きは、あのヘッドホンが深く関わっているようだ。

 才神くんはバツの悪そうな顔で、女の子をニラみつけている。

「今度は……雷雲らいうにしようか?」

 女の子のその言葉に、才神くんはビクッと肩を震わせた。女の子は無表情で、彼を見つめている。

「冗談だから安心して? あなたを手にかけてしまったら……本当に、二度とに会えなくなってしまう……ただの脅しだから、そんなに怯えなくても大丈夫だよ?」

 呆れているような、悲しんでいるような声で女の子が言う。

「っ……少しおじい様に気に入られているからって調子に乗るなよ!」

 才神くんは真っ青だった顔を真っ赤にして叫んだ。

 女の子はどうでも良さそうな顔で、その言葉を無視して、あたし達の方に近づいてくる。

「大丈夫?」

 女の子は小さく首を傾げて、そう問いかけてきた。

「うん、大丈夫。何が起こったのかは分からないけど、オレ達のこと助けてくれたんだよね? ありがとう」

「あたしも、大丈夫。ありがとう。それから、その……関係ないのに巻き込んでしまってごめんなさい」

「あなた達は悪くない。こちらこそ、うちの……が迷惑かけてごめんなさい」

「おい! 無視するな!」

 才神くんが怒鳴り声を上げる。だけど女の子はため息をついただけで、相手にしようとしない。

「あのは、いつもあぁだから気にしないで……今すぐここから離れましょ」

 そう言って女の子はあたしの手を引いた。あたしも離れてしまっていた紅くんの手を取り、二人して女の子につられるように歩き出す。

「言っておくが、おじい様に気に入られているのもどうせ今だけだからな! 君もしょせんは外から来た人間。孫の俺様と違って、研究が終わればあとはポイだ! 用なしになったからってあのバカな都市の、大した力のない下等な存在共ニンゲンドモのところに帰れると思うなよ! 君は俺様のチームの兵器としてこき使ってやる。そうだ、君の元チームメイトも俺様のチームに入れて駒にしてしまうのもありだな」

 “元チームメイト”という言葉に、女の子の肩がぴくりと反応する。才神くんもそれに気がついたのか、鼻で笑う。

「おじい様に言えば、アイツら全員を、才神市に連れてくるのは容易なことなんだぞ。いや……チームに加えるより、実験動物にした方がいいかな? 君がは目の前で二度と動かない体に」

「ねぇ……私が本気で怒ったら力を制御出来ないこと、知ってるよね?」

 女の子が立ち止まり、言葉を発した瞬間、周りの空気が変わった。生温かい風が吹き、湿った空気が流れた。

 あたし自分の体内にもある、想造力そうぞうりょくの源みたいなものが、女の子からあふれ出している。彼女はあたしの手を離すと、怒りを押さえつけているような、苦しそうな表情をしながら、才神くんの方を振り返り、彼をニラみつけた。

 何となくだけど、このまま彼女の怒りが爆発してしまったら、大変なことになる気がする。

「お、俺様を傷つけたら、おじい様が黙ってないぞ。研究対象じゃなく、実験動物にされたくはないだろ?」

「私はどうなっても構わない。今ここであなたを二度と動けない体にしてしまえば、を傷つけられずに済む……今度は本気。私は……を守るためなら、なんだってする」

「まて、さっきのはほんの冗談」

「もう黙って……出来れば誰も傷つけたくないから……今すぐ私の目の前から消えて」

 才神くんは血の気の引いた顔で、才神邸さいがみていの前まで走った。彼がインターホンを鳴らし、「俺様だ! さっさと開けろ!」と言うと、立派で重そうな扉が開く。彼は一瞬、こちらをニラんだあと、足早に扉をくぐった。


「ごめんなさい……危うく関係ないあなた達にまでケガを……もしかしたら、取り返しのつかない目にあわせてしまところだった……」

 扉が完全に閉まると、風が止み、元の空気に戻った。女の子は申し訳なさそうな顔で、あたし達を見る。

 頭を下げる直前に、女の子の今にも泣き出しそうな顔が見え、あたしは何と返せばいいか分からなかった。

「……その、事情は分かんないけど……会いたい大切な人達がいるなら、自分はどうなってもいいなんて言ったらダメだ。君に何かあったら、きっとその大切な人達も悲しむから」

 紅くんは悲しそうな、だけど真っ直ぐな瞳でそう言った。

 女の子は少し驚いた表情で顔を上げた。だけどすぐに「そうだね……うん、ありがとう」とふわりと微笑んだ。笑った顔もかわいい。そうと思うと同時に、こんな風に笑える子なのに、才神市ここではさっきみたいに、感情を必死で殺そうとしていることの方が多いような気がして……胸が締めつけられた。

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