第3話『紅から見た景色』

 プレートに才神さいがみ 幻望げんぼうと書かれている像と、芸術品っぽい白と金色の噴水の横を通り抜け、オレ達は一本の道を真っ直ぐ進んだ。遠くに小さく見えている扉に向かって一歩一歩進んでいく。道の両側には、なじみのある花も、見たことない花もたくさん咲いている。その花々に何か違和感を覚えたが、その理由はすぐに分かった。夏に咲くはずのない花も咲いているからだ。ヒマワリや朝顔と並んで、チューリップやコスモス、ツバキなども咲いている。才神市さいがみし想造力そうぞうりょくを利用して、“新しいものを創り出す”研究にも力を入れていると聞く。もしかしたら、この花達もその研究の成果なのかもしれない。

 正直に言うと最初はこの景色に少し戸惑ったが、いろんな花達が見れて結構、楽しい。

 だけど、ユウヒがどこか、うかない顔なのが気になる。受付のおじいさんに何か言われてから……いや、家を出た時から不安そうにしていた。ユウヒ自身はいつも通りに振る舞おうとしているようだし、確信はないからオレからは聞かないでおこうとは思っているのだが……ものすごく気にはなっている。かと言って無理に聞き出す気にはなれない。


 そんなことを考えながら歩いていると、思いの外、早くに扉の前に到着した。

景宮カゲミヤ ユウヒ、景宮 コウヲ確認。扉ガ開キマス』

 何もすることなく突然、機械音声が聞こえた後、扉が開く。いよいよ才神市内に入るかと思いきや、また同じ銅像と噴水、花畑。そしてさっきと同じくらい離れたところに扉がある。柱と壁で市を囲っていること自体、違和感があるというのに、二重三重にするなんて……まるで漫画の世界みたいだ。一体、何から身を守っているのだろう……?

「なんか、変わった都市だな」

 扉をくぐり、再び真っ直ぐ歩きながら、ユウヒに話しかける。

「そうだね。こんなにを囲い込んで……一体何から身を守っているのかなって考えてた」

「オレも同じこと考えてた。ん? 全体?」

「え……だって上も……」

 一度、立ち止まり、ユウヒが指さす方を見上げる。すると、ガラスなのかプラスティックなのかは分からないが、太陽の反射で透明な何かが張られているのが見えた。そういえば、扉をくぐってから暑さがマシになったように感じていたが、あの透明の何かのおかげだったのか。花達に気を取られていて全然、気づかなかった。

「ホント、一体なにから身を守ってるんだろうな……案外、才神市内なかで、悪いことしてて、それを隠すためだったりして……」

 冗談のつもりで言ったのだが、ユウヒの顔を見ると深刻そうな表情をしていたので、慌てて否定する。

「いや、今のは冗談だぞ!」

「え……うん、もちろん分かってるよ?」

「へ……そうなのか……それなら良かった」

 きょとんとした顔で言われ、思わず拍子抜けする。もしかして、さっきの深刻そうな顔は気のせいだったのかもしれない。

「紅くん、どうしたの? 早く行こ?」

 戸惑うオレを軽く引っ張り、ユウヒは歩き出す。それにつられるようにオレも歩を進める。

 扉の前で立ち止まると、また同じ機械音声の後に、ゆっくり扉が開く。今度は花畑ではなかったが、教科書で見たことがある西洋のような町並みが広がっていた。そこでふと、才神市だけ鎖国しているみたいだと思った。いや、国内で鎖国という言葉は変なんだけど、なんとなくそんなイメージが浮かんだ。

「おしゃれな町並みだな~」

「そうだね」

 扉をくぐった瞬間、近くを歩いていた才神市なかの人達からの視線が一斉に集まる。何事かと少し身構えたが、オレ達の方をじっと見た後、ほっとしたような表情をしながら歩き出す。オレとユウヒは顔を見合せ、首を傾げた。




 これからどうするか話し合った結果、紫乃が最も居そうな“才神邸さいがみてい”へ向かうことにした。父親アイツが才神家の人間なら、当然連れて行かれた紫乃も同じように住んでいる筈だ。もし、どこか出掛けているのなら、家の人に事情を話して紫乃の居場所を聞くことにした。

 才神邸は、中央にある神区に建っているらしい。才神市はそこまで大きくないため、徒歩で神区に向かうことにした。電車もバスも走っていないから、そもそも歩く以外の選択肢はないのだが……。


 目的地へ向かう道すがら、すれ違う人達にやたらとじろじろと見られた。皆が皆、不思議そうな表情をしている。都市の中心へ近づくにつれ、出入口の近くで見られた時より、不思議そう……というより、険しい表情で見てくる人が多い。時々あからさまなため息や舌打ちまで聞こえてくるので、あまり歓迎されていないようにも思える。

 だけど何かに怯えているような表情をしている人達は、ユウヒに向かってお辞儀をしている。というか、お辞儀を人と人に分かれているように思う。ユウヒがお辞儀をされる対象なのだとすれば、想造力値そうぞうりょくち【A】と【B】【C】それ以外ってことか? よく見てみると、目に見える限り服装に差はないが、お辞儀をは白いアクセサリーをどこかしらにつけていることが分かった。ユウヒが受付でもらったのも、白いブレスレットだ。才神市ここでは、想造力値【A】の人達は白いアクセサリーをつけるルールでもあるのだろうか。そしてそれ以外の人達はすれ違う時にお辞儀をする。そんな才神市特有のルールがあるのかもしれない。そうか、だからアクセサリーをつけている人達が険しい表情で見てくるのか。オレがお辞儀をしないのが、気に食わないのだろう。

 変に絡まれてしまったら、一緒にいるユウヒにも危険が及ぶことになる。ユウヒを危ない目にあわす訳にはいかない。もし何かあれば全力で守るが、絡まれないに越したことはないだろう。郷に入っては郷に従えという言葉もあることだし、オレがお辞儀することでニラまれないのなら、そうした方が良い筈だ。

 と思ったのだが……お辞儀をすると、白いアクセサリーをつけている人達から、より鋭い目つきでニラまれてしまった。なんでだ……?

「紅くんはここの人じゃなんだからそんなことしなくていいよ」

 ユウヒは珍しく強めのトーンで言った。オレの手をぎゅっと握って、ニラんでくる相手にキッと視線を向ける。ユウヒのそんな顔を見るのは初めてでびっくりしたが、同時にかっこいいと思った。

 そうだよな。ユウヒの言う通り、オレは才神市ここの住人じゃないし、堂々としていればいい筈だ。それに、最大の目的は紫乃に会うことだけど、ユウヒにも楽しんで欲しい。

「ありがとな。ユウヒも、肩の力を抜いて、楽しんでくれたらうれしいな」

 オレは自分の眉間を指さして、笑ってみせる。ユウヒは一瞬きょとんとしたが、ハッとして自身の眉間をグッと押したあと、ふわりと笑った。

 才神市がどんなところでも関係ない。人に迷惑さえかけなければ、自由にしててもバチは当たらない筈だ。


 変に緊張してさっきまで無言だったオレ達は、他愛ない会話をしながら、真っ直ぐ才神邸を目指した。

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