第2話『ユウヒの決意』
「想像してたより……」
「すごく長いね……」
才神市へ入るのにも事前に許可を取る必要がある上に、【A】以外の人間はなかなか申請が通らないらしい。だけど、
なんだか、他の市町村を見下ろしているみたい。
遠くに見える門を眺めながら、ふとそんなことを思った。
お腹が減ってはたくさん動けない。才神市内に入る前に、階段で力尽きてしまう。
そうならないように、近くの公園でお弁当を食べることにした。丁度、お昼時であったというのもある。
二つしかないベンチの片方に座って、他愛のない会話をしながら二人で作ったお弁当を食べる。
公園なのに、数本木が立っているだけで、遊具は一つもない。人もほとんど歩いておらず、異様に大きな柱と壁がイヤでも視界に入ってくる。
お弁当はとても美味しいのに、景色は良いものとは言えない。
ベンチの近くに木が密集しているおかげで、日差しを浴びながらの昼食は避けることが出来たのは良かった。
少しだけ食休みを取ってから、階段の前に立ったあたしと紅くんは互いに顔を見合わせた。
「ほんとに大丈夫か? かなり大変そうだぞ?」
「大丈夫だよ。体力には自信あるし」
「そっか。じゃあ、行くか」
「うん」
端の手すりを握りながら、一段ずつ階段を上っていく。紅くんも真ん中にある手すりを持ちながら、あたしのテンポに合わせて上ってくれている。
途中にある踊り場で休憩しながらも、着実に上へ上っていく。
よく見たら、柱や壁、階段に、少し金色の何かが混じっている。壁の模様はパソコン系統の家電製品が描かれていて、ピカピカ光っているのも含め、やっぱり良い趣味とは言えない。
踊り場から見える景色は、殺風景で何だか寂しく思えた。ほとんど何もない公園と、駅と、ほんの少しの緑。まるで才神市を避けているように見える。
正直、才神市に行くことが決まった日からずっと緊張していた。紫乃ちゃんと会うのが初めてというのもあるけど、才神市内に足を踏み入れること事態に緊張と……少し不安を感じている。なんせ、あまり良い噂は聞かない都市だ。
紅くんと紫乃ちゃんの再会を願う気持ちに嘘はない。だけど、紅くんは才神市に足を踏み入れるべきではないとも思ってしまう。
才神市の人間で、紅くんに好意的な人は限りなく少ない気がする。それでも紅くんの、紫乃ちゃんに会いたいという願いを諦めさせる気にはなれなかった。その代わり……という言い方はおかしいかもしれないけど、何があっても紅くんのことを守ると決めた。
そもそも紫乃ちゃんに会いに行ってみないかと言ったのはあたしだ。まさか才神市にいるとは知らなかったとは言え、自分の発言には責任を持つべきだと思う。何に変えても、才神市の人間から紅くんを守りきってみせる。
心地よい風が吹いていて、今日はそこまで気温も高くはない。程良く休憩を取りながら、水分補給をしっかりしていれば上へ進んでいける。
「……なんか、さびしい景色だなぁ」
紅くんが辺りを見渡しながら、ぽつりと呟いた。
「うん、さびしいね」
多分、紅くんは独り言を口にしたのだろうけど、思わず言葉を返していた。紅くんとあたしの見え方が同じだったから。
今一番近くにいる人と、同じものが見えていることに安心する。
私の言葉を受けて、紅くんは少しはにかんだ。
頂上に着いたあたし達は水分補給をしてから、門の近くにある、大人が一人入れるくらいの四角い受付の小窓を、紅くんがノックした。
窓を開けてくれたのは優しそうなおじいさんだった。
「「こんにちは」」
「こんにちは。
紅くんとあたしが声を揃えて挨拶すると、おじいさんは柔らかな表情で笑う。事前に訪問者のことは伝えられているのか、観光許可証を見せる前にあたし達の名前を言い当てた。
「はい! 兄の景宮 紅です」
「妹の景宮 ユウヒです。……あの、今日の観光客はあたし達だけなんですか……?」
「ここの門から才神市内に入るお客さんは君たちだけだよ」
「そうなんですか……ありがとうございます」
「いえいえ。最近の子はしっかりしてるね。はいこれ、観光許可証と交換するよう言われているブレスレット。才神市内では絶対につけておいてね」
そう言っておじいさんは小さな木箱から、赤色と白色のブレスレットを取り出す。紅くんには赤、あたしには白のブレスレットを観光許可証と交換してくれた。あたしが受け取った白のブレスレットには何だかよく分からない金色の装飾が施されている。それに白いブレスレットの方が赤色のものより細い。
「あとこれも……親切な作りではないけど、大まかな地図は載っているから一応、渡しておくよ」
そう言っておじいさんは薄い冊子をくれた。どうやら才神市内の観光用パンフレットのようだ。
冊子を渡す時、おじいさんはまじまじと紅くんを見ていた。紅くんが不思議そうに首を傾げると、「じろじろ見てごめんね」と謝る。
「どことなく、知ってる子に似ているなぁと思ってね」
おじいさんは懐かしむように目を細め、優しく微笑んだ。
紅くんは特に深く考えていないようで、つられるように笑っている。
「監視カメラでここのやり取りも見てるだろうから、門の前に立てばすぐに開けてくれる筈だよ。……気をつけて楽しんできてね」
「はい! ありがとうございます」
「ありがとうございました」
あたし達はおじいさんにお辞儀をしてから歩き出した。
「そうだ、悪いけど……ユウヒちゃん、ちょっといいかな?」
あたしだけがおじいさんに呼び止められた為、不思議に思いながらも紅くんをその場に残して一人受付に戻る。
「……どうかしましたか?」
「僕がこんなことを頼むのはおかしいかもしれないけど……才神市内に入ったら、なるべく……いや、絶対に紅くんから離れないで欲しい。ここは想造力値【A】の人間以外には厳しい都市だからね……折角の
おじいさんは言葉を選ぶように慎重に、心配そうな顔で言った。その言葉に、噂通りの都市なのだと察した。
「やっぱりそういう都市なんですね……」
「ユウヒちゃんは知ってるんだね、
「大丈夫です。何があっても紅くんはあたしが守ります。元々そのつもりでしたから」
「それは頼もしいね。僕は何もしてあげられないけど……楽しい観光になるようここで祈ってるよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
おじいさんはまだ少し心配そうな顔で、だけど笑って手を振ってくれた。あたしも手を振りかえして、少し離れたところで待ってくれていた紅くんの元に向かう。
おじいさんの方を見るとまた手を振ってくれたので、今度は紅くんと二人で手を振りかえした。
紅くんは何を話していたのかと聞こうとはしないけど、心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。才神市は広いから離れ離れにならないようにしっかり
少し意味合いは違うけど、全くの嘘ではないと思う。紅くんにはいらない心配をかけさせたくないし、純粋に紫乃ちゃんと会うことだけを考えて欲しいから詳しく話す気にはなれない。だからこれで何も問題ないはずだ。
軽い口調で言いながら笑ってみせると、紅くんも安心したように笑った。
「迷子にならないように手、つなぐか?」
「そうだね。つないどこっか」
屈託のない笑顔で差し出された手を、あたしはそっと掴んだ。この歳で少し気恥ずかしかったけど、紅くんと手をつなぐと安心するし、はぐれる心配もなくなる。
「カゲミヤコウ、カゲミヤユウヒ。才神市ヘノ入場ヲ許可シマス」
門の前に立つと、機械音声が流れた。鍵が複数解錠するような音が聞こえたかと思えば、ゆっくりと扉が開き始める。
扉の隙間から綺麗な草花、それから知らない男の人の像が見えた。全て門が開ききると、噴水も見え、植物園のような風景が視界いっぱいに飛び込んできた。
紅くんとあたしは互いの方を見た。予想外の景色に、あたしは呆気にとられ、紅くんは少し困ったような顔をしている。
だけど、いつまでもこの場に立ちすくんでいる場合ではない。何はともあれ、とりあえず才神市へ入るべきだろう。
紅くんも同じことを考えているのだと思う。すぐに表情を引き締め、改めてあたしの方を見た。あたしも気を取り直し、紅くんの目をしっかり見る。
あたし達は頷き合い、同時に才神市へ足を踏み入れた。
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