小話①『紫乃に会いたい』

「ねぇ、こうくん。紫乃しのちゃんに、二人で会いに行ってみない?」


 一年前、紫乃に会いに行ってみないかと提案してくれたのはユウヒだった。

 どこにいるのか分からないから、会うのは無理だと思っていた。けど、ユウヒが一緒に調べてくれたおかげで、紫乃が今、才神市さいがみしというところにいることが分かった。


 “色部しきべ”は母さんの苗字だから、実父あの人の苗字をばあちゃんから聞いた。苗字だけ判明したところで、住んでる場所までは流石に分からないだろう。そう思ったけど、珍しい苗字なら調べようがあると思い、その可能性にかけてみた。すると、“才神さいがみ”だという答えが返ってきたものだから、驚いた。

 才神家さいがみけは小学生のオレでも知ってる名家だ。日本にある、想造力値そうぞうりょすち【A】の人間が多く集まるの一つ、才神市さいがみし牛耳ぎゅうじっている(と大人達が口を揃えて言っている)一族だ。

 実父あの人が才神家の人間だったなんて知らなかった。そもそも実父あんな人のことなんて、正直どうでもいいと思っている。だから紫乃のことがなければ、一生、知ることはなかっただろう。


 『離れて暮らす父親のことを少しでも知りたい』


 それなのに、紫乃の居場所を見つけ出すためとはいえ、ばあちゃんの前で思ってもないことを口にした。オレはウソをついた。ばあちゃん、ごめん。

 母さんと父さんにも今日のことは言っていない。ユウヒと二人で一年かけておこづかいを貯めて、こっそり紫乃に会いに行く。言ったら止められるかもしれないというのもあったが、実父あの人もいるであろう場所に行くなんて口にしたら、きっと傷つけてしまうから言えなかった。だからユウヒにも言わないでほしいとお願いした。ユウヒは優しいからすんなり了承してくれたけど、一緒に悪いことをさせてるみたいで罪悪感は拭えない。


 それでもオレは、できることなら紫乃に会いたかった。ワガママなのは分かってる。分かっていても、紫乃と再会したいという気持ちが抑えられなかった。少しだけでいい。一目顔を見るだけでも構わないから、紫乃に会いたい。

「会いたいなら、会いに行こうよ。ここでガマンしたら、ずっと後悔することになるかもしれない……会いたいと思っているなら、会いに行くべきだよ」

 そう言ってユウヒは、紫乃に会いたいオレの気持ちを大切にしてくれた。



 才神市まで、特急を使えば、一時間半くらいで着く。想像してたよりも、ずっと近くに紫乃は住んでいた。

 才神市のがある駅に到着するまであと少し……。

「紫乃ちゃんに会えるの楽しみだね」

 ユウヒの言葉に、自分でもびっくりするほど、強くうなずいた。

「ありがとな、オレのワガママに付き合ってくれて」

「ワガママなんて思ってないよ。そもそもあたしが言い出したことだし。それに、あたしも紫乃ちゃんに会ってみたいと思ってたから」

「そう言ってもらえると嬉しいな。……本当に、ありがとう」

 頭をぽんぽんと撫でると、少し照れくさそうにユウヒは微笑んだ。


才神裏門前さいがみうらもんまえ〜才神裏門前〜』


 電車を降りて改札口を出ると、長い階段が見えた。

 この石畳の階段をを上りきった先にある大きな門が、だ。

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