Episode0『52Hzの妹』

プロローグ『兄【紅くん】』

 あたしの声は届かない。


 そうぞうりょく【A】。たったそれだけなのに、周りの人達はあたしを怖がった。想造力値【A】の人間は将来を期待されている。それと同時に、創れる物によって、いや、【A】というだけで得体の知れなさから、想造力値【B】と【C】の人間から恐怖される。

 あたしは一人だ。ママはあたしが五歳の時に亡くなった。お父さんは仕事が忙しくて、なかなか一緒にいられない。もしかしたら、本当はあたしのことを避けているのかもしれない。クラスメイトや先生、近所の子供と大人達のように。


 誰にもあたしの言葉は聞こえない。



「おれ、色部しきべ こう。よろしく」

 小学二年の時、お父さんはお見合いをした。その時に、相手の女性・色部さんの息子である、紅くんと出会った。紅くんは屈託のない顔で笑って、手を差し出した。あたしは恐る恐る手を伸ばす。ほんの少し温かな手が、しっかりと触れた。

景宮かげみやさんは、そうぞうりょくち【A】なのか~すごいなぁ」

「そうかな……」

「うん! すごい!」

「……色部くんはこわくないの? あたしのこと」

「こわい? なんで?」

 きょとんとした顔で返され、困惑した。


 紅くんは不思議な子だ。

 踏み込みすぎず、かと言って壁を作ることなく接してくる。それに、何だか温かい。喋り方も雰囲気も。在り来りな表現だけど、陽だまりのような、ふかふかの布団のような……ふわりと包み込んでくれるよな優しさがある。だから安心して話すことが出来た。



 小学三年の時、お父さんが色部さんと再婚したことで、紅くんと兄妹きょうだいになった。紅くんとは同じ歳だけど、あたしの方が誕生日が遅いから、紅くんが兄であたしが妹。

 再婚することが決まったと、二人揃って聞かされた日、別れ際に紅くんがBB弾をくれた。それは紅くんが『想造力』で創った物だった。

「おれがつくれるのはこれだけだけど……受け取ってくれたらうれしい」

 少し照れくさそうな紅くんからBB弾を受け取る。すると、一瞬、紅くんの想いが“えた”。紅くんは“大切な人”や“大切にしたい人”、そして“幸せになって欲しい人”に『想造力』で作ったBB弾を贈るのだと、分かった。

「ありがとう。大切にするね」

 あたしの言葉に、紅くんは嬉しそうに微笑んだ。


 お父さんとあたしは紅くん達が住んでいる町に引っ越した。その日、あたしは『想造力』で創ったエアガンを紅くんに渡そうと思っていた。あたしが『想造力』で創れる物の中で、小学三年生の小さな手でなんとか持てるのは、これとゴムナイフくらいだ。それを渡すと、確実に迷惑になる。

 紅くんはエアガンを受け取ってくれた。両手でエアガンを持って、目を輝かせながら「カッコイイ」と呟く。喜んでもらえたみたいで、あたしは安心した。


 マンションの一室に四人で暮らし、お父さんとお母さんが仕事で帰りが遅くなる時は、近所に住む紅くんの……紅くんとあたしのおばあちゃんの家に、二人で遊びに行った。

 紅くんはお母さん、お母さんはおばあちゃんに似ている。懐が深くて、温かくて優しい。傍にいて安心出来る人がまた増えた。

 それから、紅くんのおかげで、お父さんがずっとあたしのことを大切に想ってくれていたことに気づけた。

 紅くんの友達とも仲良くなれた。きっと事前にあたしのことを話してくれていたのだろう。、あたしにも居場所が出来た。

 紅くんは独りだったあたしの声を聞いてくれた。あたしの言葉を、皆にも届けてくれる。


 だけど、小学六年の夏休み……才神市さいがみしへ行った日を境に、紅くんにあたしの声は届かなくなってしまった。


 そして、あたしは紅くんの言葉がわからなくなった。

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