第5話『紅と実父、画面越しの再会』後編

「それと……景宮かげみや ユウヒさん、少しいいかな? 出来れば、その場から少し離れてくれると助かる」

「え、はい……分かりました」

 オレの方に手を伸ばしてくるユウヒに、タブレットを渡すのをためらう。ユウヒになんの用か分からない以上、二人っきりで話をさせたくなかったからだ。

こう、本当にもう時間がない。早く渡してくれ」

「紅くん、あたしは大丈夫だよ。もし、何かイヤなお願いをされたとしても、きちんと断るから」

 ユウヒはニコリと笑い、タブレットに触れた。それでもオレは少し迷ったけど、ユウヒの真っ直ぐな瞳と目が合い、タブレットから手を離す。

九島くしまさん、タブレット借りるね」

 ユウヒの言葉に、九島さんは「うん」とだけ答える。ユウヒはタブレットを抱え、席を立った。オレと九島さんは無言で、ユウヒが戻ってくるのを待つ。


 どうして実父あの人は、紫乃しのの話をオレにしたのだろう。どこまでが秘密事項なのかは分からないが、少なくとも、こんな才神市外外部からやってきた、ただの小学生に話していい内容ではない筈だ。時間がないと焦っている感じだったし、誰か……才神 幻望才神家の当主才神さいがみ想造力そうぞうりょく研究所の研究員の目を盗んで、連絡してきたのかもしれない。

 そうまでしてオレに紫乃のことを伝えたのは……実父あの人紫乃を救いたいから……? だったら何で紫乃を研究所に引き渡したんだ。俺の力では無理だったって……大人の実父あの人に無理な理由なんてない筈だろ……

 紫乃は想造力値そうぞうりょくち【S】で、紫乃を救いたいなら想造力のことを学んで研究員になる。それで本当に紫乃のことを救えるなら、実父あの人の言うことでも、オレは迷いなく、真っ直ぐその道を進む。そこに迷いはない。だけど、今すぐには救えないことへの悔しさと、実父あの人への不信感は消えない。


「二人とも、おまたせ。九島さん、タブレットありがとね」

 程なくしてして、ユウヒが戻ってきて、九島さんにタブレットを返した。

「……大丈夫だった?」

 ユウヒからタブレットを受け取りながら、九島さんは問いかける。

「うん、大丈夫だったよ。紅くんのこと傍で見守っていて欲しいって言われたのと、あたしにも紫乃ちゃんのことを、自分の妹のように思っていて欲しいって言われたくらいで……あと、紅くんによろしくって言ってたよ」

「そっか……」

 九島さんはどこか安心したような顔で、タブレットをカバンの中にしまう。

 ここでも言えるようなことを、わざわざ離れたところで話す必要はあったのだろうか。オレには実父あの人の考えが、全く理解できないと思った。

 だけど、いつまでも才神市の中ここで、うだうだ考えていても仕方がない。植物園の外はオレンジ色に染まっている。そろそろ帰らないと、家に着くのが遅くなってしまう。

「ユウヒ、そろそろ帰ろっか」

「うん……そうだね」

「九島さん、今日はいろいろとありがとう。たくさん話せて楽しかったよ」

「こちらこそ、ありがとう。才神市で、気兼ねなく誰かと話せたのは初めてだったから、うれしかった。私は……才神市の外には出れないけど、門の前までなら、良ければ送ってくよ?」

「九島さんが良ければ、そうしてもらえると助かるよ。ユウヒも九島さんともう少し話したいだろうし」

「うん。九島さん、お願いしてもいいかな?」

「もちろん」

 オレ達三人は、机の上をキレイにしてから、植物園の外に出た。


 比較的、人通りの少ない道を、九島さんの案内で進んでいく。ユウヒと九島さんが楽しそうに話す姿を眺めながら、たまに相づちを打ちつつ、オレは二人の一歩後ろを歩いた。初めて自分と同じ能力値の子と会って話せたことが、ユウヒにとっていい思い出になっていたらうれしいな。


 才神市へ入った時と同じ扉の近くで、九島さんとオレ達二人は向かい合った。

「ここまで送ってくれてありがとう。九島さんも気をつけてね。またいつか、こうやって話せたらうれしいな」

「うん、もし、またどこかで会えたら、よろしくね」

 オレと九島さんは握手を交わした。ユウヒは名残惜しいのか、悲しそうな顔をしている。

「……大丈夫。なんとなくだけど、二人とはいつか、どこかで会えそうな予感がしているから……きっとまた話せる日がくると思う。だから、そんな顔しないで?」

 九島さんはユウヒに手を差し出し、優しくほほえんだ。

「うん……元気でね。今日は本当にありがとう」

 ユウヒは九島さんの手を両手でぎゅっと握り、泣きそうな表情を笑顔に変えた。


 オレとユウヒは手を振りながら扉をくぐり抜ける。扉が閉まり切って、互いの姿が見えなくなるまで、オレ達は手を振り合った。


 才神市の外に出ると、受付のおじいさんにブレスレットを返し、お礼を言って別れた。おじいさんは特に何も聞いてこなかったけど、別れ際に優しい声で「気をつけて帰るんだよ」と言ってくれた。



 オレ達は無言で電車に揺られる。それでも特に居心地の悪さはない。


 目指すものが分かっているなら、あとは行動するだけだ。何も迷うことはない。

 いろんなことを、調べて考えよう。地元の中学校に入学するんじゃなくて、想造力について深く学べる学校に入れたら……独学よりきっとこっちの方がいいだろう。

 とにかく、今やれることをやるしかない。出来るだけ早く、紫乃を救うため……才神市へ、戻ってこれるように。

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