いつかビールで乾杯を*

 また一通、ぺらぺらの封筒が届き、俺は深いため息を吐く。

 印刷された会社のロゴが恨めしい。


「貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます」


 こうして通知を郵送してくる会社は、まだ親切だ。連絡を待ち侘びて、痺れを切らしてこちらから問い合わせたら結局不採用だった、なんてことも、何度も経験した。

 世の中、こんなにたくさん企業があるというのに、自分がどこからも必要とされていない事実を突き続けられるのは、一体どんな拷問か。


「捨てる神あれば拾う神あり。こればっかりは、ご縁だからね」


 母の慰めも、すり減ってぺしゃんこの俺には、なんの効果もない。


「俺って、そんなに使えない人間に見える?」


 深夜のダイニングテーブルで、つい、弱音を吐いてしまった。


「手当り次第過ぎるんじゃないの? あんた、やりたいことは?」

「……うん」


 俺の、やりたいことは――。


 大学に通わせてもらった恩もある。ここでしっかり就職を決めて、家計を助けて高齢の親を楽にさせたい。

 高校生になった妹には、何の心配もせずに、自分の夢に向かって突き進んでほしい。


 では、「何を」仕事としてそれを叶えるのか――まで、俺は深く考えていただろうか。


「あのね、『とりあえず働く』のはナシだよ。若いのに『どこでもいい』って気持ちじゃ、うちじゃなくてもいいだろって思われちゃうよ」

「そう……なのかな」

「会社の部長が言ってたけど、そういうの、わかっちゃうもんだって。『この会社で何がやりたいのか』を、はっきり自分の言葉で言える子は少ないってさ」


 あんたはどうなの、と言われ、俺は口をゆがめるしかなかった。

 母は立ち上がり、冷蔵庫を開けた。


「夕飯の肉じゃが残ってるよ。食べる?」

「……食う」

「あの子最近、料理が上手になったね。いつも手伝ってくれて助かるわ」


 母は、妹が作った肉じゃがの皿を電子レンジで温め始める。ブウンというモーターの回る音が、静かな台所の空気を震わす。


「はい、景気づけ」


 母は冷蔵庫から発泡酒の缶を二本取り出し、一本を俺の前に置いた。


「ごめん」

「何言ってんの。履歴書くらい、いくらでも買ってきてあげるよ」

「それ笑えないから」


 俺はテーブルに突っ伏した。


「就職決まったら、美味しいビールでお祝いね。その頃には、あの子の料理はもっとうまくなってるんじゃないの」


 と、母は笑った。

 レンジが温め終えたことを知らせる音と、母が缶を開けるプシュッという小さくも勢いのある音が、萎れた俺の心に沁みていく。


 もう少し粘れよ、俺。

 上達した妹の料理を肴に、母と美味いビールで乾杯が、実現できる日まで。

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ちいさなものがたり 小豆沢さくた @astext_story

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