才能の限界

 アイデアはいくら唸っても出てこない。


 頭を振ったら出てくるか。いっそ逆立ちしてみるか。


 よいしょっと学生時代ぶりに逆立ちしたら、低下した腕力は増量した体重を支えられず、どかんと机の角に足をぶつけた上に辞書の山を床にばらまく大失態である。

 痛む足をさすりながら、辞書を拾い集めて元に戻した。


 何やってんだろう俺。


 数年前、某新人賞で遅まきながら作家デビューした。幼い頃からの夢が、何作も何作も書いてやっと叶った。

 夢にまで見た、書店に俺の名前が入った本が平積みされるあの景色は、一生の宝だ。


 現実は厳しい。

 去年二作目が刊行されたが、売上は芳しくなく、担当さんに渋い顔をされてしまった。


 そして今、三作目のプロットは唸り声しか出てこない。

 各出版社に書いては送っていたあの頃の方が、アイデアは泉のように湧き出ていた。


 プロの作家は、素人よりもおもしろい物語を書いて当然だろうが。

 と思って、ある小説投稿サイトのランキングを覗いたのが良くなかった。


 ――マジか。

 これが一緒の賞に送られていたら、俺はデビューできたのか?

 見るんじゃなかった。

 ますますアイデアは出てこない。


 俺の才能は、ここまでだったのか――。


 スマホが鳴る。画面には、今一番見たくない番号が表示されていた。

 居留守を使う手段も頭によぎったが、逃げ回っていても何一つ解決しない。


「――はい、もしもし」

「あ、よかった、出てくれないかと思いました」


 今年から若いぴちぴちの担当くんに変わったのだが、残念なのは男だということ。

 しかし妙な愛嬌があり、緩いビジネスマナーもどうしてか周囲に許されてしまう、得をするキャラだ。

 だからと言って、俺のアイデアのヒントにはならない。

 ああもう、どんな些細なことでも、小説のネタになるんじゃないかと考える癖が抜けない。


「どうですか、進捗状況は」


 うん、その話題しかないよね。


「いや~それがねえ~、なかなかねえ~」

「生みの苦しみというやつですか?」

「い、いや、そもそもいいアイデアがね……」

「あのっ! あのですね、僕これから資料を持って、先生のお宅にお邪魔したいと思いますが、大丈夫ですか?」


 先生という呼び方がくすぐったいし、若干後ろめたい。


「資料って?」

「お役に立ちそうなやつを揃えてみたんです。僕、先生と趣味が似てると思って。過去のプロットを見せていただいた時も思ったんですが、僕は先生の作品がすごく好きですし、だから」

「――」


 先生の作品がすごく好き。


 その一言が、ずきゅーんと俺の心を打ち抜いた。


 ああ、どうして君は――女の子じゃないんだ。


「あの、ご迷惑でなければ……ですけど……」


 俺が黙ったままだからか、担当くんの語尾がだんだん小さくなる。


「――いえ、嬉しいです。助かります」

「よかった! じゃあ、あと三十分ほどで到着しますので!」

「ありがとうございます。待ってますよ」

「はいっ、失礼します!」


 元気よく通話は切れた。


 なぜか、飼い犬が一生懸命尻尾を振って、わくわくしながら主人に褒められるのを待っている様子が頭に浮かび、口元が緩むのを抑えきれない。


 担当くんが来たら、とっておきのコーヒーでも出してやろうか。それで次回作のアイデアが手に入るなら、安いものだ。

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