「月が綺麗ですね」side:A

「ねえお母さん、どっちが似合うかな? あ、でもあんまり気合い入れたカッコだと引かれちゃうかな、どーしよー」

「どうしたの、そんなに浮かれて? デート?」

「実はね、会社でちょっといいなって思ってた人から、映画に誘われちゃってさー!」

「あらいいじゃない! どんな人?」

「優しくて、私の話をなんでもよく聞いてくれるんだー。推しが声優で出てる観たいアニメ映画があるって言ったら、じゃあ一緒に行きませんかってー!!」

「よかったねえ。あ、服はそっちの方がいいんじゃない?」

「うん、そうだね! ふふっ」



「ただいま」

「おかえり! あらどうだったの、浮かない顔して?」

「うん、映画も面白かったし、食事も美味しかったんだけど。帰りに送ってくれた車の中であの人、『つ、月が綺麗ですね』って言って黙っちゃってさ」

「ああ、今日はいい天気だったもんねえ。月もよく見えて」

「そうなんだけどさー! もうちょっとで家に着くって時に、それ言う? んなもん見たらわかるし、ただ月の感想言われても」

「……ま、まあ、初めてのお出かけだし、相手も緊張してたんじゃないの? 次誘われたら、また考えれば?」

「うん、そうだね」



「今日は水族館に行ってきたよ。はいお土産」

「あらありがとう! 例の人と?」

「うんそう。私が水族館もいいなって言ったら、連れて行ってくれた」

「優しいじゃない」

「あの人、私の話を本当になんでもうんうん聞いてくれるんだけど、クラゲゾーンに来た時に、また『つっ、つつ月が綺麗ですね』って。いや確かにクラゲは海の月だし、綺麗で好きだけどさ? それダジャレ? 笑うところ?」

「……ま、まあ、でも、楽しかったんでしょ?」

「そこそこ」

「いい人そうじゃないの。今度はあんたからも誘ってみたら?」

「うん、そうだね……」



「うわああん! もうヤダあ!!」

「何、どうしたの! 泣いてるの!? 大丈夫!?」

「土砂降りなのに『月が綺麗ですね』って、バカじゃん!! 頭おかしい!!」

「……ああ、結局伝わらなかったか……ごめんね、あんたにもっと本を読ませればよかったね……」

「何言ってんのお母さん!? もう知らないっ!!」

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