「月が綺麗ですね」side:B**

「来てもらってすみません。こういう相談ができるの、先輩しかいなくて」

「そりゃ光栄だな。あ、生中ひとつ! ……そんで?」

「あのぅ、実は、会社に気になる子がいてですね……話の流れで映画に誘ったら、オーケーしてもらえまして」

「ほー! やるじゃん! 成長したな!」

「すっっげえ勇気を振り絞ったんですよ! それであのぅ、こっ、告白って、どどどうしたらいいんでしょうか!?」

「は?」

「映画に誘うだけでこんなに緊張したのに、こっ、告白なんて! 想像しただけで心臓が口から飛び出そう! うぐっ!」

「何言ってんだ」

「本気で悩んでるんですよ! こういうときはどうしたらいいんですか!? 先輩は経験豊富でしょ!?」

「いい雰囲気に持っていって、好きです付き合ってくださいって言う」

「それが言えないから困ってるんです!」

「はあー、その気弱さは成長してないなあ」

「なんで、なんで世の中の他の男は、みんな簡単に好きだとか愛してるとか言えるんですか!?」

「主語がデカいな。そうやってお前がうじうじしてる間に、その子に好きですって簡単に言う男が現れるぞ」

「えっ! 嫌です!」

「じゃあ言えよ」

「えっ! 無理です!」

「ふざけてんのか」

「えっ! 真面目です!!」

「はあー、その頑固さも相変わらずだなあ」

「どうしたらスマートに伝えられますか!? ねえ先輩!」

「絡むな絡むな! あー、そうだなあ、ある文豪は、『アイラブユー』を『月が綺麗ですね』と訳したそうだが」

「うわっ、なんですかその拗らせ方」

「お前が言う? 有名な話だろ」

「へ?」

「つまりだな、これを相手の子が知ってたら、『月が綺麗ですね』で伝わるだろ」

「ん!?」

「あとは知らん。自分でなんとかしろ」

「さっ、さすが先輩!! 相談してよかったっす!」

「いつも相手の子とはどんな話をしてるんだ?」

「えっ? ええと、仕事の愚痴とか、好きなテレビドラマの話とか……あっそうだ、僕とアニメの好みが似てて!」

「……つ、伝わるといいな」

「はい? あっ、すみませーん生中まだですかー? 追加注文なんですけど――」



「たびたびすみません先輩っ! 僕はもうどうしていいかわかりませんっ!」

「おいおいもう出来上がってんのか。あ、生中ひとつ! と?」

「ハイボールください!」

「あと水も! ペース早すぎだぞお前」

「聞いてくださいよ! 言ってもあの子に伝わらないんです!」

「何が?」

「『月が綺麗ですね』って! 会うたび言ってるのに!!」

「冗談で?」

「えっ、本気です!!」

「ふざけて?」

「えっ、真面目です!!」

「……はあー、その融通の利かなさも相変わらずだなあ。その彼女とは何度か会ったのか?」

「はい。その度にタイミングを見計らって。月の見えない雨の日に言えば、さすがに伝わるだろうと思ったんですけど」

「マジかよ……」

「怒って帰られちゃいました」

「それ、彼女、意味を知らない可能性は? 嫌ならそう何度も会わないだろ普通」

「ん?」

「今頃ググって気づいてんじゃねえの。知らんけど」

「そっ、そうですか!? ワンチャンある!? ねえ先輩!」

「絡むな絡むな! だから自分でなんとかしろって」

「せっ、先輩……ううっ、ずびっ」

「あーもうめんどくせえなあ。一言好きですって言えば済むのに」

「ううっ、ぐすっ、僕が頼れるのは先輩だけなんですよ……あっ、生中とハイボールこっちですー! あとすみません、追加注文で――」

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