練習嫌い
「いっつも楽しそうだよな」
その声に、僕はリフティングを止めて振り返る。
「何が?」
「練習が」
と言った彼は、練習嫌いで有名だった。
センスがある、光るものを持っている、足も速い、将来は絶対伸びる。
ただ、練習しないのが難点だ――と、コーチが難しい顔をして彼を評していたのを聞いたことがある。
彼は、このサッカーチームのエース。
僕は万年補欠のベンチウォーマーだ。
「めんどくさくねえ?」
エースの彼は言う。
「いや、別に」
僕は、トントントンとリフティングを再開させながら答えた。
「練習なんかしなくても、試合で勝てればいいじゃん」
絶対的エースは言うことが違う。
才能のかけらもない僕は答えた。
「いいんじゃない? それでも」
トントントン、トントントントン。
ボールは僕の足の上でリズミカルに弾む。
「チームが、勝ってくれれば、僕は嬉しいし」
ぽーん、と高めにボールを上げて、前傾姿勢になった首の後ろに乗せる。
そこからほいっと弾ませて、胸で一度トラップ、腿、足首で一旦ストップ。
「なんのためにサッカーやってんの?」
エースは僕に言った。
「えっと」
ほいっ、ほいっ、ほいっ、と僕は腿で連続リフティング。
ほーいと高く上げて、右肩に乗せ、そのまま傾けて首の後ろをころころっと転がし左肩へ、そこでまたほいっと上げて今度は低いヘディングでポコポコとボールを弾ませる。
「サッカーは、好きだよ。おもしろいじゃん?」
「……リフティング芸人にでもなるつもりか」
エースが呆れた口調で言う。
「いや?」
僕は一旦、ボールを手に持った。
「芸人は目指してないよ? 僕は試合で走るの速いやつが、グイグイドリブルしてシュートしてんのとか見ると、すっげえ興奮するけどね。それだけ」
トントントン、と僕はリフティングを再開する。
「……ちょっと俺にもボール貸して」
「え?」
ほいほいっと僕のボールはエースの手から逃げていく。
「くっそ、このやろ」
「あっはっはっは!」
ボールはいつまでもエースに渡らなかった。
以来、リフティング練習では、エースは僕とペアを組みたがるようになったという、小さなきっかけの話である。
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