たららん*

 彼との距離をここまで縮めた私の努力を、世界中の人たちに褒めてもらいたい。


 同じクラスになって、最大のラッキーは席が前後になったこと。

 私は彼の背中を見つめて、一学期を過ごした。

 前から回ってくるプリントのやり取りの瞬間すら、私にはチャンスだった。

 さりげなく、わざとらしくなく、手がぶつかるようにして、目を見て微笑んで、ちょっと視線を逸らしたり。

 消しゴムを探しているときにはさっと私のを差し出したり、彼が忘れた辞書を貸してあげたり。

 そんなふうに、ちょっとずつ、ちょっとずつ努力を重ねて、彼から話しかけてくれるようになったのは、ここ最近だ。

 夏休みが迫っている。このまま二学期に入ったら席も離れて、最初からやり直しになってしまいそうで、私は焦っていた。


「ねえ見て」


 午後の授業開始まで残り数分、突然彼が振り返って、私にスマホの画面を見せてくれた。


「何これ?」


 距離の近さにドキドキしながら、私は彼の手を覗き込む。


「昨日、家でカップのアイス食べたらさ、ソースが顔の形になってたんだけど、口元が崩れてて」

「ホラーみたい!」

「おもしろくて写真撮った」


 蓋を開けると顔の表情に見えるカップアイスのフルーツソースが、蓋にこすれたのか口元から血を流しているみたいに崩れていて、しかも目はにっこり笑っていてシュールだった。


「他にも変なのあってさ」


 チャイムが鳴った。


「画像送るからあとで携帯教えて」


 前を向く一瞬前、彼は小声で私に言った。

 私は授業中、ちぎったノートの端に携帯番号を書いて、こっそり彼に渡した。

 緊張で手が震えて、かわいく書きたかった数字が少し曲がってしまった。



 彼から届いた写真はきれいだけど、どれもどこかおかしくて、私は一人の帰り道で笑ってしまった。

 前から自転車が来て、慌てて脇に避ける。いけない、歩きスマホは禁止されているんだ。

 私はスマホを胸に抱えて、顔を上げた。


 ああもう、子供みたいにスキップしたい気分!


 足を上げて一歩ステップを踏もうとしたら、雨上がりの水たまりにローファーを浸してしまって、あまりの浮かれ具合に自分でも呆れる。


 メッセージ着信の通知音がした。私は歩道の端に寄って、立ち止まって画面を確かめる。

 彼からの、添付画像。


『虹! 今!』


 きれいな虹の写真が添付されていた。

 今?

 空を見上げると、大きな半円の虹が、東の空にかかっていた。


『見た! すごい!』


 急いで返信する。またすぐ返信が来た。


『俺ら違う場所から同じ虹見てるね』


 梅雨明けももうすぐ。彼と私の時間を繋げてくれた今日の虹は、とても輝いて見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る