ちいさなものがたり

小豆沢さくた

干支の因縁

 さあて、一年で一番忙しい時期が来るの。

 毎年寒い中、皆ご苦労さんなことじゃ。別に、新年最初に来なきゃならん決まりもありゃせんが、どうしてか皆同じように、年明けに合わせて参りよる。

 いつ来ても変わらんのになあ。

 わしは常にここにおるし、年に一度しか来んやつらの顔まで全部は覚えられん。あ、いくら賽銭を弾んだって、願いを叶える順番は変わらんよ。

 まあ、一生懸命手を合わせる姿を見ると、なんとかしてやりたいと思うのは、神心かみごころってやつじゃな。


 おや、お前さんか。よう来た、よう来た。久しぶりじゃの。

 うん? 今年こそ、ここで年を越すつもりとな? ほうかほうか、ゆっくりしておいき。

 わかっとる、わかっとる。あやつの鼻を明かしたいんじゃな。

 毎年こうして来とるもんなあ。騙された祖先の、干支に入れてもらえなかった雪辱を晴らすことが、お前さんの願い。よう知っとるよ。

 おお、来年は干支が干支だから、余計に気合が入っとるの。

 もちろん、わしはお前さんの味方じゃよ。

 そうじゃよ、年明け一番のお参りをお前さんが叶えたら、わしは八百万の神友を引き連れて、お釈迦さまのところまで直談判に行ってやるって。

 ずるい鼠なんかより、猫を干支に加えてやってくださいとな。

 うんうん。任せんさい。毎年の約束じゃないか。

 ……おや、わしの膝に。なんとも、すっぽり収まるもんじゃの。おお、こりゃええわい。わしもぬくいし、ええ毛並みじゃ。

 む、喉をゴロゴロ鳴らしおって。まったくツボを心得ておる。古今東西、お前さん方が可愛がられてきたのが、ようわかるわ。


 そろそろ年明けが近づいてきたの。宮司と巫女がせわしくなってきたわい。

 ほう、今年のあの巫女は新顔じゃの。ああ、そんなに持ったら足元が見えんで、すそが危な――ほれ言わんこっちゃない!


 あ!

 ああ……音に驚いて、行ってしもうた……。

 今年もだめだったな……。なんとも、むつかしいのう。

 まあ、飽きて耐えられんかった去年に比べたら、進歩したと言える……かのう?

 やれやれ、次の十月も、出雲の国でいい報告はできんわい。まことに残念じゃ。

 もっともわしは、干支で一年の最初だけ注目されるより、いつでも皆から可愛がられる方が、お前さんらしいと思うんじゃがな。


 また来年、待っとるよ。

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