愛情
「そんなことがあったの」
「うん……」
彼女はなにも言わずに、俺が話す文芸部との顛末を聞いてくれた。
勢いに任せて話したから、ところどころ意味が分からないところもあったかもしれないと話し終えてから思う。けれど、聞かれても答えられる自信はない。無我夢中で彼女の居場所を目指しているときに、きっと忘れてしまった。
「だから帰ってくるなり、私に抱きついてきたんだ?」
カナの言うとおり、今の俺はカナに力いっぱい抱きついている。
いや、自らの惨めさから目を背けたくて、しがみついているという表現のほうが正しいかもしれない。抱きついているのに、彼女が離れていってしまうのではないかという不安が拭えない。怖い。
「……ごめん」
だから、無意識のうちに口から謝罪の言葉が出ていた。ちゃんと伝えなければいけないのに、伝えるのが怖くもあるせいか、その言葉はとても小さかった。
「それは、今抱きついていることに対して? それとも、魔王と話が出来なかったことに対して?」
「どっちもだよ」
「だとしたら謝る必要なんてないよ。どんな理由であれみっちゃんに抱きつかれるのは嬉しいし、オカルト研究部に行き着かなかったとしても、私のために文芸部の部室に行ってくれたんでしょう? じゃあはなまるさんだよ、よしよし」
彼女の手が、俺の頭に伸びる。そのまま円形に撫でられること複数回。
想像だにしていなかった行為に、驚いたまま固まってしまう。
払いのけない俺に気をよくしてか、撫でる力がより一層強くなる。それはきっと想いの強さを表しているんだろうけど、それを受け入れるわけにはいかなかった。
「ちょ、まって」
「うん? いや?」
「嫌って言うか……」
言いづらいことだが、彼女のくるくるした瞳で見つめられると、言わないほうが悪いような気がしてならない。そのせいで、幼い頃から嘘をつくということが苦手だ。正直は美徳かもしれないけれど、すべてをさらけ出しているようで少し恥ずかしい。
「……あんまり撫でられたら禿げるかもしれない」
カナは一瞬ぽかんとした顔をしてから、声を上げて笑い始めた。
彼女にとっては笑えることかもしれないが、俺にとってはまったく笑えない。俺の祖父が綺麗に禿げているのだ。隔世遺伝が起きているかもしれないから、髪は大事にしている。
「カナは未来の旦那さんが禿げてていいの!?」
「みっちゃんはみっちゃんじゃんか! 髪型くらいなんてことないよ」
カナの言葉は、どこまでも優しい。
以前からずっと優しかったけれど、好き同士になって余計に優しくなったのかもしれない。砂糖菓子みたいな優しさだ。甘くて溶けてしまいそうになる……。
「それとも、角が生えてる今の私は好きじゃない?」
そう言われてしまえば、返す言葉なんてない。
「そんなことないよ。カナはカナだから、俺はその角まで愛すよ」
こちらの言葉に、彼女はにんまりと笑った。そう言うのを分かってましたよとでもいいたげだ。こちらの想いの強さも、きちんと理解してくれているんだろう。
「それじゃあ、なくなったとき名残惜しくなるね!」
「ないほうがいいけど、なくなったらなくなったで物足りないってことあるよね」
「かさぶたとか?」
「……もしかして、まだ剥いでるの?」
「ぎくう」
目線を逸らしながら、わざとらしい擬音を口から溢す。今時『ぎくう』なんて言葉にするのはカナくらいだろう。そんなカナを笑い飛ばしてしまいたかったけれど、かさぶたを未だに剥いでいるんなら話は別だ。しっかりと剥いではいけないことを教えなければならない。
「確かにかさぶたが出来ているとかゆいよ? でもだからって剥いだら余計に」
「あーのーさー!」
俺の説教に被せつつ、大きな声で別の話題を振ろうとしてくる。
「その文芸部についてなんだけどさ-!」
内容によっては話を続けようと思ったが、そもそもの本題に戻そうとしていたので素直に応じた。かさぶたについての話は、後からいくらでも出来る。
「なにか気になることある?」
「雪ちゃんの情報だから、オカ研が『ある』のは確定してるんだよね? それを文芸部が兼ねていることも」
「うん。俺は雪のことを信じてるよ」
「だよねー? だけどみっちゃんが行ったら、拒絶されたんだよね?」
「そうそう」
「……『魔王』本人に直談判するとか、どう?」
「それは俺も考えたんだけどさ」
部室にいないのならと教室に行こうか悩んだが、既に帰っている可能性もあるので実行には移さなかった。
なにより。
「塚上先輩とサシでまみえるのはちょっと怖いな。なんたって、魔王って称されてるくらいだし」
「そこは私への愛情パワーでなんとか頑張ってよー?」
小首を傾げ、きらきらと期待のこもった視線を向けてくる。
かわいい。
「かわいい」
口にも出してしまった。それくらいかわいい。
彼女の優しさも以前と比べて増したように思えるが、彼女のかわいさもまたより一層磨かれているような気がする。これは魅了されているからなんだろうか。それとも、彼女自身の努力なのだろうか。
きっと彼女のことだから、両方なのだろう。俺ももっと頼れるようにならなければ。
「分かった。愛情パワーで頑張ってみせる」
「わーい」
「その前にもう1回ぎゅってする」
「うん! もちろんだ-!」
彼女の温かさに包まれると、今の自分にはなんでも出来そうな気がしてくる。
とはいえ明日と明後日は学校も休みだ。少し地に足をつけて、課題に取り組むことにしよう。
もちろん、カナと一緒に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます