デモネ、スき。

城崎

求婚

「絶対引かないでよね……!」

「引かない。絶対引かない」

 その言葉に、俺はしっかりとうなずいた。俺の様子を確認した彼女──赤城香奈──が、頭に巻いていたタオルを取り払う。タオルが外れるその瞬間が、やけに長く感じた。

 現れたのは、黒い2本の角。それは染められている彼女の髪をかき分け、頭のてっぺんを目指すように生えてきている。

「つ、角……? どうしたの、これ」

 目線で彼女に許可を取り、おそるおそる触れてみる。角は、予想に反して温かかった。彼女の神経がいくらか通っているのかもしれない。

「朝起きたら、何故だかこれが生えてたの」

「突然?」

「そう、突然。なんの前触れもなしに」

 カナの角から手を離し、彼女の目を見る。その目からするに、彼女自身はそこまで動揺していないようだ。ただ、嫌なことではあるようで、その口からため息がこぼれ出る。

「結構大きいから目立つし、帽子か何かで隠したところで学校に行ったら取れって言われるのは目に見えてるじゃん。それでどうしようって思ってるうちに、休んじゃった。夏季講習を休んでも、皆勤賞は取れるよね? ……取れないのかなー?」

 彼女が、どうしたものかと肩をすくめた。

 これは俺には、いや、ほとんどの人間にだってどうすることも出来ないだろう。俺はただ、彼女に生じたとんでもない現象を暴いてしまっただけだ。

「……ごめん」

「なんでみっちゃんがそんなに申し訳なさそうなの」

「知らなくて良かったのに、タオル外させちゃったし」

 その言葉に、彼女の口元が緩んだ、ような気がした。そんなことを考えている間に彼女はベッドから立ち上がり、立っている俺にすり寄ってくる。

「そう思ってるなら責任取って」

「責任?」

「そう、責任」

 この声色は、昔からよく聞いてきた。彼女にとっては良いことを、俺にとっては悪いことを提案しようとしている声だ。そこまでを理解した俺は反射的に彼女から遠ざかろうとしたが、彼女の手がそれを許さなかった。思っていたよりも強い力で引き寄せられ、自然と彼女に抱きつく形になってしまう。 

 ……抱きつく形になってしまう!?

「責任とって、私と結婚して!」

「……けっこん?」

「結婚!」


 結婚

 ケッコン

 KEKKON


 頭の中を、そんな文字列が駆け巡る。

 婚を、結ぶ。

 ふむ。下の字が上の字の目的語・補語になる熟語だな。……そんなことを考えている場合ではないことは分かるのだが、脳が現状を受け入れられないと訴えてくる。どうしてこうなってしまったのか。

「みっちゃんはさ、私がこんなことになっても私のこと好きでしょ?」

「うあ?」

「そうじゃないの……?」

 少し悲しげな表情で小首を傾げられ、俺は「好きですけど……」と白状してしまう。大好きな彼女にこんな顔で見つめられたら、嘘でも好きじゃないなんて言えるわけがない。

「にへへ、素直でなにより!」

 望み通りの答えに満足したのか、彼女の表情は笑顔へ移り変わる。うん、やっぱり笑顔が1番かわいい。

 それにそう、彼女の言うことはもっともなのだ。俺のカナへの想いは、彼女に角が生えたところで変わるはずもない。とはいえ、心情的に問題があるのも事実だ。

「結婚って、好きな人同士がするものじゃ?」

「うん? そうだよ?」

「……カナは、俺のこと好きなの?」

 おそるおそる、そう問いかけてみる。

「そうだよ。私は生まれてからずっと、みっちゃんが好き」

「えっ? え?」

 返ってきたのは、まるでそれが当然であるかのような言葉。

「そ、それは友情的な意味合いではなく?」

「違うよー。れっきとした恋愛感情だよ。疑うなんてひどいなぁ」

 口ではこちらを非難しているが、その声色と表情はどこか楽しげである。そんな彼女はふふんと鼻で笑いつつ、自身ありげに胸を張った。

「私は本気なんだよ? みっちゃんとキスだってしたいし、セ」

「待って待って待って」

「……むぅ」

 ダメだ。すべての物事が頭に入ってこない。

「なんなんだよこの状況……」

 どうすれば良いのか分からず、俺はその場に頭を抱えて座り込んでしまった。

 ひとまず、状況を整理しよう。

 俺は幼馴染である赤城香奈が珍しく学校を休んだのが心配で、彼女の家まで顔を見に行った。そしたら驚くべきことに、彼女の頭には角が生えていた。もちろん、そのことはとても心配である。けれど角のせいで体調が悪いわけでも、過度に落ち込んでいるわけでもない。となれば、当人ではない俺が過剰に気にすることはないだろう。

 問題は、彼女が俺のことを好きだと言ってくれているところだ。

「……あのさ」

「うん?」

「今言う、それ?」

 その言葉に、彼女は分かりやすく眉を落とした。「それもそうなんだけど」という前置きが呟かれるも、しばらくの沈黙が訪れる。

「……ずっとずっと好きだったんだもん。遅かれ早かれ、言ってたことだよ」

 彼女が振り絞るように、言葉を紡ぐ。

「だから、この機に思いきって言おうと思って。その演出としてかわいい服着てるんだよ。あ、かわいい?」

 彼女がスカートの裾を掴み、くるくるとその場を回る。俺は床に座り込んでいるので、堂々とおみ足を見せつけられてしまった。ただでさえぐちゃぐちゃとまとまらない感情が、さらにかき混ぜられる。

「かわいい……」

「両想いって分かって嬉しい?」

「それは釈然としない!!」

 えーと不満そうな彼女の声が、近づいて聞こえる。見ればいつの間にか彼女も床に座り込んでおり、顔がすぐ間近にあった。

「ごめんね?」

 少し切なそうに笑うカナの顔が、すぐ近くにある。目線が合った。逸らそうとすると、許してくれないらしい彼女の手が俺の頬に触れる。その手をないがしろにすることも出来ず、俺はただ彼女の目を見つめ続ける。

 こんなに近くで彼女の顔を見たのはいつ以来だろうか。小学生……? いや、もっと昔かもしれない。

 いつもと同じ、かわいい顔だ。近づいていることで、否が応でも見つめられていると分かってしまう。そのせいか、ドキドキが止まらない。思考がままならなくなる。

「……いいよ。結婚しようか」

 だからか、気が付いた時にはそんなことを口走っていた。ゆっくりと迫ってきた彼女の手に、ぎゅっと抱き締められる。

「ありがとう」

 ああそうだ。彼女は笑顔が1番かわいいのだ。

 その顔が見られるのなら、なんだっていい。

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