帰路

 金曜日。

 いつものように、講習が終わった。

 先に部活からの呼び出しを済ませるからと行ってしまった雪を待つ。なんの呼び出しだろうか、あんまり長引かないといいのだけれど。

 待ちながら、文芸部兼オカルト研究会の人間に対してどう説明すべきかを考える。

 彼女の状況については、昨夜交換した写真を元に話せばいいだろう。写真にもしっかりと黒々しい角は写っており、下手に口で説明するよりもずっと分かりやすい。

 問題は、これを我が校のオカルト研究会が取り扱ってくれるかどうかだ。

 下調べとしてオカルトの定義について調べてみたけれど、カナの角がそれに当てはまるのかどうかはよく分からなかった。目で見ることも触れることも出来るけれど、科学的に証明できるかと言われたら困難だと思う。

 また、取り扱ってくれたとしても解決出来るかどうかはまた別の話である。

『魔王』こと塚上先輩はたしかに頼れそうだけど、所詮は俺たちと同じただの高校生なのだ。出来ることは限られているだろう。

 俺にとっての最終目標は、カナの角自体がなくなることである。そうして、無事に学校に登校出来る様になってほしい。そうならなければ、ただただ無関係の人間にカナの悲劇を知られてしまうことになる。それだけは勘弁願いたい……。

「ごめん!」

 駆け足で帰ってきた雪の足音と声で、現実に意識が戻る。

 彼は手のひらを合わせて、こちらに頭を下げた。

「本当にごめん! これからサッカー部の取材に行かなきゃならなくなった!」

「サッカー部?」

「そう! 昨年の優勝校を倒して、過去最高のベスト4に入ったらしい!」

「おぉ、それはすごいね。行かないとだ」

 なんのことはない部内連絡だと思っていたが、どうやら重大ニュースだったらしい。

 彼は人数が少なく、全員が全員ライター兼カメラマンである新聞部に所属している。今回のような重大な出来事のときには、全員が駆り出されるのだ。

「オカ研のほうはどうする? 1人で平気か?」

 彼にしては珍しい不安が浮かぶ顔で、そう問いかけてくる。オカルト研究会という選択肢を提案したのが、彼自身だからだろう。

 情報通である彼がいてくれたほうが心強いのは事実だ。というか、俺より雪のほうが口が達者であるからいてくれたほうが嬉しい。

 そういうわけにもいかなくなってしまった今、どうするのがいいのだろう。

 いや、これは俺だけの問題じゃないんだから答えは1つだ。

「1人で行ってみるよ」

「そうか。分かってると思うけど、オカルトの研究会だからな。一筋縄じゃいかないぞ、たぶん」

 真剣な表情で忠告される。こちらを心配してくれているのだろう、とても嬉しい。

「分かってる。でも、カナのためだもん。なんとかしてみせる」

 だから、その心配を打ち消すように力強く宣言した。彼はこちらの様子をしばらくその真剣な目で見てきたけれど、やがて気の抜けたように笑った。

「それならいいけど。気をつけろよな」

「うん。雪もテンション上がり過ぎて変なことしないように気をつけて」

「俺の心配してる場合じゃないだろー……」

 乾いた笑いが返ってくる。

 言葉の割に、口調が弱々しい。きっと過去にやらかしたことが頭をよぎっているのだろう。

 もう変に目立つのはやめてほしい。

 そうこうしている間にも彼は取材に行くための準備を終え、あとはもう向かうだけになっていた。

「それじゃ、良い報告期待してるぜ!」

 その言葉を残し、彼は教室から出て行った。

 一呼吸。

 鞄を手に取り、文芸部の部室があるという部活棟の2階を目指す。

 「ここか……」

 文芸部と書かれたプレートが下げられている部室の前に立つ。

 中は少し騒がしいようだ。内容までは分からないが、なにかを話し合っている声が扉越しにも聞こえてくる。

 たしか今は、文化祭に出す部誌を作っているんだったか。だとしたら、もしかすると修羅場だったりするのだろうか……?

 いや、文化祭まではまだ随分と時間がある。

 流石にこんな早くに締め切りがあるとは思えないので、おそらく別の話がとてつもなく盛り上がっているのだろう。きっと、多分。

 活気的な部であることは良いことのはずだ。

 そう、恐れるものはなにもない!

 己を奮い立たせ、その扉を開こうとする。

「我が文芸部になにかご用かしら?」

 凛とした声に振り返る。

 そこには眼鏡をかけた黒髪ロングの、いかにもな文芸少女が立っていた。

 先に部員の方から声をかけられるとは思わず、肩を震わせる。けれど、扉を自らで開けなくても済んだ安堵感が頭の隅っこにあった。閉鎖的空間に立ち入るのは、心が落ち着かない。

 扉に背を向け女子生徒に振り向き、用件を話す。

「いえ、文芸部というよりも、オカルト研究会のほうに用がありまし、て……?」

『オカルト研究会』の『オ』の文字が出た時点で、目の前の少女がわなわなと震え始めた。その手は力強く握られており、目線は鋭くこちらを射抜く。

 明らかに、敵対されている。いや、今の一言だけで敵対され始めたのだ。

 なぜだろう? 理由が分からない。

 そんな彼女は口を引きつらせながらも、こちらへ言葉を返した。

「……一応、わたしの聞き間違いである可能性を考慮して聞き返すわね? あなたが今口にしたのは、たしかにオカルト研究会?」

 よく分からない反応に、頭の中を疑問符でいっぱいにしながらも肯定する。

「はい、そうです」

「帰りなさい!!」

 突然の叱責に、思わず肩を震わせた。心なしか、中の声も止んだように思える。

「ここはあなたのような人間が来る場所じゃないわ!」

「いやでも」

「でもじゃないの!」

 話を聞き入れてくれる気はないらしい。

 廊下でこれ以上騒がしくするわけにもいかないと思い、俺は口をつぐんだ。

 けれど、やっぱりここで引き下がってはカナのためにならないだろう。そう思い、また口を開く。

「あの、せめて塚上先輩に会わせてくれませんか?」

 譲歩のつもりだったのだが、どうやら彼女にとっては違ったらしい。

 しばらくいくつかの鬼の形相を見せてくれたあと、彼女は扉を勢いよく開けた。

「いないわ!」

 そのまま閉められる。しばらく待ったけれど、出てくる気配はなかった。それどころか、文芸部自体の気配が縮こまったように思える。

 一瞬しか確認出来なかったけど、たしかに先輩はいなかった。それに、オカルト研究会に接触することも出来なかった。なんならそれを兼ねているらしい文芸部の人に、とんでもないほどの敵意を剥き出しにされてしまった。

 状況としては、最悪の部類に入るだろう。

 俺は涙を堪えながら、帰路に着くのであった。

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