知らないこと

 突然出てきた『オカルト研究会』。おそらくそれの通称なのだろう『オカ研』という単語に、目を白黒させる。

 俺たちが通っている学校には、そんな部活動はなかったはずだ。もしもあったのならば絶対に忘れない程のインパクトがある部活名だが、俺はそんなの聞いたこともない。

「聞いたことあるかも」

「え?」

 だからこそ、聞こえてきたカナの言葉にはもっと驚いた。

 表情からして見ても、どうやら思い当たる節があるらしい。交友関係が広い分、そういった情報までもが入ってくるのだろうか。

 それとも、我が校にある暗黙の了解なのだろうか。俺だけが知らなかったりするんだろうか。

「香奈ちゃんが知ってるのは意外だな。どこで聞いたの?」

「何人かで学校の怪談とかの話をしてるときに、誰かが言ってたんだよね」

「まさかの怪談扱いされてた」

「うん。オカルトについての、認められることのない研究会が存在してるって話だったから……怪談に近いでしょ?」

「たしかに。そんで怪談という体とはいえ、そこまで詳しく伝わってるのか。そこそこ出回りつつあるのかもしれないな……」

「いや、全然知らなかったんだけど」

 おかげで、まったく話題に入ることが出来なかった。少し悲しい。

 しかしそんな俺のことなど構わずに、雪は俺の肩を嬉しそうに叩く。

「安心した。それが普通の反応だ」

「そうだとしてもさ……」

 そう聞いて同じく安心すればいいのか、知っている割合の高いこの場でなにも知らないことを嘆けばいいのか。っていうか女子は、学校の怪談で盛り上がったりしてるのか……?

 今の俺は、なんともいえない表情になっているだろう。

「それでその、よく分かんない研究会に頼らなきゃいけないの?」

「今の俺が知ってる情報網だとそうなるな」

「うーん……」

 彼女は悩み始めた。無理もない。認められていない、あるかどうかも定かではない研究会に自らを委ねるのは、とても勇気がいることだろう。

 俺だったら委ねずに、別のもっと頼れる先を探すかもしれない。

「無理しなくても」

「驚かずに聞いて欲しい」

 俺と雪の言葉が重なり、思わず目線を合わせる。

 彼の口ぶりからするに、彼女の悩みをある程度は和らげてくれる追加情報かもしれないと睨んだ。俺の言葉は、それを聞いてからでも遅くはないだろう。手を振り、彼に発言権を譲る。

「っと、ここまでの話だったら不安になるのも無理はない。だけどな、多分これを聞いたら一気に信頼してみてもいいんじゃないかって気になると思う」

「なに?」

「オカ研は、文芸部が兼ねてるって話なんだ」

「ぶんげーぶ?」

「そ。あの『魔王』がいる文芸部だ」

 にやりと口の端をつり上げて、雪は笑う。

 それにつられるように、彼女の顔にも微笑みが見られた。

「魔王がいるんなら、なんとかしてくれるかも?」

「だろ? なんたって魔王だからな」

「ちょ、ちょっと待って」

 まるで解決まで秒読みになったとでもいうような雰囲気に耐えかねて、俺は口を挟んだ。

「魔王って誰だよ?」

 今回こそ全生徒が知っているかのような口ぶりで話が進んでいくから、疎外感がすごい。

 というか、なんであの学校には怪しい名前のものがそんなに存在しているんだ。

「知らないの!?」

「し、知らないよ」

「ほらコイツ、香奈ちゃんのこと以外興味ないからさ」

「あーね! そういうことなら嬉しい!」

「だってよー」

「……あのなぁ」

 確かにカナ以外に興味がないのは事実だけれど、そこまで皆が知っているようなことを知らないとなると、俺はどれだけ情報に疎いのだろうとこれからが心配になってくる。

 2人はきっと大丈夫だと言うのだろうが、なんとなくそれでは高校生としていけないような気がしてならない。口が裂けても言うことはしないけれど。

「カナにしか興味がないのは事実だからいいとして、せめて説明をしてほしい……俺が知ってる人?」

「おそらく。塚上先輩って、知ってるか?」

「あの一匹狼で有名な?」

「そうそう。あの人が魔王って呼ばれてるんだよ」

「あー、言われてみるとその風格あるな……」

 かっちりと着こなされた制服。鼻筋の通った、美形に分類される顔。鷹のように鋭い視線。

 成績は常にトップ、運動神経も抜群。

 完璧だけど、いつもいかにもな魔術書らしきものを読んでいて誰も寄せ付けない。

 そんな存在が、塚上先輩だ。

 魔王と呼ばれていたとしても、違和感はない。

「それに、あの人ならこういうことに詳しくても納得できるだろ?」

「うんうん。オカ研でもあることが、魔王って通称の所以かもしれないしね」

「そういうこと! というわけで、明日にでも文芸部に行ってみようぜ」

「き、気が早いな」

 善は急げとは言うけども。 

「え? 今って部活やってるの?」

「うん。講習が終わった午後から、文化祭に出す部誌を作ってるはず」

「なるほどー。さすが雪ちゃん! どこまでも抜かりがないね!」

 彼はその言葉に満足そうに頷くと、おもむろに立ち上がる。

「それじゃあもういい時間になってきたし、俺は帰るよ。湊はどうする?」

「俺も今日は帰ろうかな」

「帰っちゃうの……?」

 こちらの腕にしがみつかれ、うるうるとした目で問いかけられる。カナにこんな顔をさせるくらいならずっとここにいようかなという言葉を、すんでのところで飲み込んだ。

「ごめんね。また明日、良い結果持って帰ってくるから。ね?」

 カナの頭を撫でて、そう説得する。彼女は名残惜しむように、ゆっくりと手を離した。

「帰ったらメッセージ送ってね?」

「うん」

「みっちゃんのお写真もほしいな」

「うん?」

「お! 俺もほしい!」

「雪にあげたら遊ばれるだけだろ!?」

 きゃあきゃあと騒がしくなる2人と共に玄関へ向かい、大きく手を振るカナに手を振り返しながらその日は帰宅した。

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