完成

 いい具合に焼けたハンバーグ。くし切りにしたトマト。そして水気を切ったレタスを、各々の皿に盛りつけていく。

 タネがあまったことで出来た1つは『育ち盛りなのだから』ということで俺の皿に盛られてしまった。主張が完全に親戚の類である。もうすぐ親族になることが決まってしまったとはいえ、16歳女子のそれとは思えない。


「……まだ伸びるかな?」


 俺は身長がめちゃくちゃに高いわけではない。だからこそ、伸びるのであれば伸びてほしい思いはある。とはいえ、もう高校生なのだ。あまり期待は出来ないだろう。


「伸びる伸びる! それこそチーズのように伸びる! まだまだこれからだよー!」


 それでも彼女は、そんなことを口にする。人によっては、なんて無責任な慰めなんだろうとも思える発言だ。

 けれど彼女は、本当にそうなると疑わない口調で話す。


「だといいんだけどなぁ」


 だから俺も、希望的観測を持って言葉を返した。

 同時に、最後の一皿を盛りつけ終わる。


「やった、出来たーー!!」

「完成だね」


 カナが、完成した喜びからか手を振り上げる。

 手のひらを広げてハイタッチを求めてきたけれど、互いに盛り付けをしていた手なのであまり清潔でない。そのことを思い出したのか、すぐに引っ込めた。右へ回り、手の側面で蛇口をひねって洗い始める。


「みっちゃんも、きちんと洗ってね!」

「はいはい」


 手を洗っている間にも、彼女の口の端からは笑みがもれ出ている。そんなにも、ハンバーグが出来たことが嬉しいのだろうか。それとも、俺とハイタッチがしたいのだろうか。

 後者だといいなと思いながら、言われるままに手を洗った。きれいになったところで、彼女とハイタッチを交わす。手の鳴る軽やかな音が、キッチンに響き渡った。


「イェーイ!」

「いえいえーい」


 嬉しそうなカナにつられて、俺も笑顔になってしまう。


「それじゃあ、食卓に並べてくれる? 私はご飯をよそうから」

「分かった」


 ハンバーグの乗った皿をお盆の上に置いて、テーブルに運ぶ。

 同時に、慌ただしい足音が玄関先に近づいてくる。なんだなんだと音の聞こえる方向へ目線を向けると『香奈!!!』という、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。


「お父さんだ」

「みたいだね」


 どうやら、カナの父親が帰宅したようだ。一挙一動の音が騒々しい。家をも揺らしている感覚がある。この様子だと、仕事中も気が気ではなかったのだろう。


「迎えなくていいの?」

「お母さんが迎えてくれるから大丈夫だよ」


 カナの言葉通り、おばさんが迎えに出たようだ。それで、おじさんらしき揺れる音は段々と静かになった。


「おかえりなさい、パパ。もう少し落ち着いてくれる? 近所迷惑になりかねないから」

「ただいま! それはごめんなさい! それよりも、香奈は大丈夫かな!?」

「パパ、着々とオヤジ化が進んでるわよ」

「い、今のは事故だよ! それどころじゃないだろう!?」

「別になんともないから、慌てないで」

「けどぉ!?」

「どうどう」


 そんなやり取りに苦笑いしながらも、カナはご飯をよそい続ける。俺も特に気にすることなく、よそわれたご飯たちを食卓に並べた。

 活気があるのは、ないことよりもずっと良い。


「香奈なら大丈夫。今は湊君と一緒に、晩ご飯のハンバーグを作ってたところ」

「そ、それはそれで嫌だ……! そんな新婚さんみたいなこと、どうしてママは許したの!?」


 一緒にハンバーグを作る工程を新婚さんみたいだと評価するあたりに、とてつもなく血のつながりを感じる。


「バカなこと言わないの。もう出来上がったみたいだから、ありがたくいただきましょう?」

「うぅ、はい……」


 あまりにも冷静なおばさんに諭されたおじさんは、しょんぼりと下を向きながら食卓へと座った。その右隣におばさん。机を挟んで反対側にカナ。そして、彼女の左隣に俺が座る。


「おかえり、お父さん」


 その一言で、おじさんの目に光が戻った。


「ただいま、香奈。体調は悪くない? 大丈夫?」

「全然なんにもないよ」

「そっか。それなら良かったよ」


 おじさんは先ほどと違って落ち着いた口調で返し、にっこりと笑う。それにつられるように、カナも『大袈裟だよ』と言いながら笑い返した。『朝に嫌そうな目で見られた』と言っていたから不安だったけれど、どうやら杞憂だったらしい。もしくは、おじさんが仕事中に心の整理をしたのだろうか。なんにせよ、関係が悪化しないようで良かった。

 こうして笑っている顔を見るに、カナはおじさんのほうに似ている気がする。

 垂れる眉。

 わずかに開かれた口からのぞく白い歯。

 目元に出来るしわ。

 

「湊くん? ……私の顔になにか付いているかな?」

「あ、いえ、なにも付いてないですよ」


 どうやら見過ぎていたらしい。気恥ずかしさを感じ、少しだけ目線を逸らす。


「お、お仕事お疲れ様です。お邪魔してます」

「ありがとう。今日の晩ご飯は、湊くんが香奈の手伝いをしたんだって? 良かったね、香奈」

「うん! みっちゃんのエプロン姿がカッコよくて、見てて幸せだったよ!」

「か、カナ……!」

「それはヨカッタネ……」


 おじさんの手が震えている。こちらを見る目が血走っているように見えるのは気のせいだろうか。

 出来れば気のせいであってほしいと願っていたら、パンパンと手を叩く音が聞こえる。見れば、おばさんが手を合わせていただきますの形を取っていた。


「積もる話はひとまず置いといて、冷めないうちに食べましょう」

「それもそうだね! せっかく作ったんだからおいしいうちに食べてよ!」

「うん。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

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