助力

「っていうか、結局のところ角はどうすんの」

「みっちゃんが話聞いてなかったんじゃんか!」

 唇をとがらせたカナから、不満を主張される。

 まったくもってその通りなので返す言葉がない。

「それはごめん」

「もう! 膝枕でドキドキしちゃって」

「そんなの、恋人のカナに触れられてるって思うだけで動揺するに決まってるよ……」

 膝枕というよりかは、それ以外の要素に動揺してしまっていたわけだが……そのことをわざわざ言う必要はないだろう。膝枕に動揺してたことも、事実ではあるのだし。

「私はこれから、どんどんみっちゃんにベタベタするよ?」

「えっ」

「え?」

 2つのニュアンスが違う『え』に、一瞬だけ部屋の時が止まる。こわい。

「こ、これ以上ベタベタされるの……?」

「当たり前じゃん。恋人同士なんだから」

「そ、そういうのだけが恋人ってわけじゃないじゃんか」

 そう言った途端カナが俺の膝からすっと起き上がり、一定の距離をおいた上で座った。

 不安そうに、こちらを覗き込んでくる。

「嫌ならしないけど、嫌なの?」

「うあ」

「どうなの?」

「い、嫌じゃないです……」

 なんだかんだと言いながらも、本当に離れられるとそれも嫌だと主張する。我ながら滑稽だ。

「じゃあいいよねー!」

 笑い直したカナは、再び俺の膝に頭を沈めた。

 俺の膝はそんなにもいいんだろうか……。固いだけで、寝心地は良くないはずだ。

 それなのに、カナは幸せそうに寝転がっている。猫みたいで愛くるしい。

「……でも、やっぱり恥ずかしいよ」

「私だって、恥ずかしくないわけじゃないよ?」

「そういう風には見えないけど」

「見せてないだけ!」

「見せてないだけって……。今までも恥ずかしいって思ってた?」

「当たり前じゃん。やっと結ばれた好きな人に触れてるんだよ? 恥ずかしくないわけないよ」

「……それでも触れられるのは、なんで?」

「恥ずかしい気持ちより、みっちゃんに触れてたいって気持ちのほうが強いから」

「触れてたい……」

「みっちゃんは、そうじゃないの?」

 上目遣いでの問いかけに、自分の中の何者かが素直になれと囁いてくる。

 ここで素直になれたら、きっと楽になれるのだろう。でも、俺は素直になるわけにはいかない。

「……俺だって触れてたい、けど」

「けど?」

「多分、今の俺が自分からカナに触れたら歯止めがきかなくなっちゃう」

 そうしたらカナに負担を強いてしまうだろうし、嫌な気持ちにだってさせてしまうかもしれない。

 そう思うと、彼女のように積極的にはなれない。なるのが怖いほどだ。

 歯止めがきちんと出来て、カナを抱きしめ返せる。それが出来ればいいのだろうが、自分にはまだ難しい。

 自分の愚かさが嫌になる俺を、彼女は慈しむような笑顔で見つめる。

「やっぱりみっちゃんって、私のことが本当に大好きだよね」

 時折見せる彼女のこういう表情も、たまらなく好きだ。好きすぎるあまりに、胸が締め付けられて苦しい。

「改めて知る度に、すごくすごく嬉しくなる」

「そりゃ、大好きだけど」

 今の流れでどうしてそう思ったのだろう。

 弱気でかつ、理性もないような人間なのに。

「高校生でそこまでの配慮出来る人って、みっちゃん以外にいるのかな?」

「配慮……? いや、いっぱいいるでしょ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」

 ニコニコと笑う彼女を見てどこかホッとしつつも、本題を思い出したのでホッとしている場合ではなくなった。

「っていうか角! こんな風にいちゃついてる場合じゃないでしょ!」

「角があっても充分いちゃつけるし、私は別にいいのにー!」

「良くないし、いいとしても課題だってあるでしょ。最終日に突然角が消えた! でも課題終わってない! ……ってなったら嫌でしょ?」

「まだ始まったばっかりじゃん。よゆーだよ、よゆー」

「そう言って今まで何度泣きついてきたっけ!?」

「終われば御の字! 青春しようぜ好青年!」

「どこで覚えたのそんな言葉」

「なんかCMで言ってたー」

「なんのCMなの!?」

「うーん、なんだっけ」

「……いや、それより角!」

「えー別にいいじゃん」

 彼女がふにゃりとした笑みを溢す。

 完全に油断しきった、柔らかい笑み。

「もうちょっとこのままー」

 しばらく悩んだと思う。このままで大丈夫なのだろうかという、自らに対する不安が悩みの9割を占めていた。大丈夫だと過信して、なにかが起きてからでは遅い。

「……膝枕はしたままにするから、角の話はしようか」

 悩んだ末に、妥協案を出した。

 角というカナの身にかかわる重大な話をしていれば、きっと邪な思考に脳内を支配されたりはしないだろう。

「うん、分かったー」

 素直に応じた彼女は、続けて口を開いた。

「正直、私たちだけで考えても答えが出ないような気がするんだよね」

「それは……」

 その通りというほかないだろう。なんとか出来る方法を知っていれば、1日目に最善を尽くしていたはずだ。

 しかし、3日目になっても現状は変わらない。

 まさしくお手上げだ。

 無言を肯定と判断した彼女が、さらに続ける。

「だから他の人を頼ろうと思うんだけど、どうだろう?」

「……どうやって?」

「それを考えようって私は話してたのー! でも、みっちゃんが聞いてなかった!」

「う、ごめん」

「だから、みっちゃんが考えて!」

「うーん……」

 真っ先に思いつくのは、素直に彼女の現状を伝えた上で助けを求める方法だ。

 しかし、これはリスクが高い。人によってはまともに話も聞いてくれないだろう。俺だけが異端になるのならともかく、彼女までもが変な目で見られてしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。

 そもそも、人に角が生える現象を解決出来る人間がいるのかというのも問題だ。いたとしても、俺の交友関係からそんな人にたどり着けるだろうか。

「……いや」

 素直に彼女の現状を伝えた上で、まともに話を聞いてくれ、どちらともを異端であると思わない。そして、解決のため助力を惜しもうとしない人間。

 そんな奇跡みたいな人間が、俺の交友関係に。

「いるな」

「なにがー?」

「俺の親友なら、なんとかしてくれるかもしれない」

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