伝えること
夏期講習4日目。
放課後の、俺と雪以外は誰もいなくなった教室。
「夏休みだからか、みんな競い合ってるかのように出て行くなー。いつもなら榊原なんかが、ダラダラ駄弁ってんのに」
「たしかにね」
「ま、俺も本来なら先生の話が終わった瞬間に鞄持って外出てるんだけどなー」
雪の言うとおり、ホームルームが終わって30秒後にはこの状態になっていた。学校自体には部活生が多数残っているようで、活気のある声と綺麗な楽器の音色が聞こえてくる。
彼には、話があると言って残ってもらった。
「わざわざ残ってもらってごめん」
「ホントにな」
「うぅ」
「ま、どうせ家でゲームやってるだけだから別にいいんだけどさ」
出来るだけ誰にも話を聞かれないような場所を考えた結果だ。夏休みだからこそ出来たことである。
俺の部屋という手段もなくはなかったのだが、話の後にあわよくばカナの様子も見てもらいたいということで教室になった。
俺の家を経由してからのカナの家は、この暑さではかなり厳しい。
「で? 話ってなに?」
雪がこちらを向きながら、単刀直入に尋ねた。
「いい話と悪い話、どっちから聞く?」
昨日のあれからずっと考えて、授業中にようやっと思い浮かんだ切り出しの言葉を口にする。
「……それ、よく考えるとどっちも悪い話に聞こえるやつじゃないよな?」
「そんなことないよ。いい話のほうは、俺にとっては完全にいい話だから」
「湊にとっては、ねぇ……。それなら、いい話のほうから聞いてみようかな」
「あ、え、そうくる?」
良いほうから話し始めることになるとは不思議と思っていなかったので、少し戸惑ってしまった。
「えー……」
いざ話そうと思うと、恥ずかしさから手のひらに夏のせいではない汗が滲む。いいことだから、別に恥ずべきではないというのに。
「俺こと、八重島湊ですが」
「え、そんな畏まるやつ?」
「畏まるやつです」
「えっ、あ、はい」
俺の様子に、今度は雪のほうが戸惑っている。
それに笑いかけるが、あえて真剣な表情を作って言葉を続ける。
「この度、赤城の香奈氏との真摯な交際を始めましたことをここに宣言します」
「マジ!?」
「マジ」
「マジかよ! やったじゃん!!」
雪はまるで自分のことのように、満面に笑みを浮かべている。そんな彼の笑みを見て、より一層の嬉しさがこみ上げてきた。
「ありがとう。そんなに喜んでくれると嬉しいよ」
「そりゃあ喜ぶって。だって、ずっと好きだった子とようやく結ばれたわけだろ?」
「うん。ずっと好きだったし、向こうも好きでいてくれてたらしい」
「良かったな! で、どっちからコクったんだ?」
「うっ」
「ん?」
角のことにばかり気を取られていて、そんな質問が来ることを一切想定していなかった。
普段から『やっぱり告白は俺からカッコよくしたい』と言っていた自分は、血の気がひいていくのを感じる。そんな様子から察してか、彼はふぅんと1つ感嘆を溢した。
「その様子だと、向こうからされたな?」
「違うし、両方からだし」
「どういう意味だよ」
「いやあの、えー……」
自分の口から出てきた言葉だというのに、本当に意味が分からない。恥ずかしさから、顔を手のひらで覆ってしまう。
「ほとんど向こうからでしたね……」
「うっそだろお前!? あれだけ自分から告白する! って意気込んでたのに?」
「予測してなかった出来事が起きたからしょうがないんだよー……」
「あぁ、それが今回の悪いことか?」
「そういうこと」
「難儀なことで」
彼は腕を組み、考える素振りを見せる。そして、なにかを思いついたのか『あっ』と声をもらした。
「そういえば香奈ちゃんって、今週の初めから学校休んでるよな?」
「そうそう」
「もしかして、音信不通なのか?」
「ううん。連絡は取れるし、一応目視での無事も確認してる」
目視でのと言ったところを繰り返されて笑われるが、それ以外に言葉が思い浮かばなかったのだから勘弁してほしい。
「一応の?」
「健康は害してないんだけど、日常生活が多少困難になっている」
「なにそれ。どういう状態なんだよ?」
言ってることは間違ってないはずだ。
それでも、なにも知らない人が聞けば支離滅裂に聞こえるだろう。
さぁ。ここからが本題だ。
大きく息を吐き出して、拳を握りしめる。
「信じられないと思うんだけど」
「うん」
しっかりと雪の目を見て、事実を伝える。
「カナの頭に、角が生えてるんだ」
そこで雪の時間が止まった。しばらく止まっていたかと思えば、次はどんな表情をすればいいのか決めかねているように口元を歪ませる。
最終的に、真剣な表情でこちらと向かい合った。
「どんな角?」
「黒光りする2本の角。おばさん曰く、シカの角に材質が似てるって」
「あーシカの角ね……って言われても納得は出来ねぇけど、なんとなく想像は出来た」
「理解が早くて助かる。カナは、そのせいで学校に来れてないんだ」
「さすがにその姿で外に出たら、注目を浴びるどころじゃねぇだろうしな……」
「そうなんだよ。なんなら寝るのも難しいって言ってて、少し寝不足なんだ。それもつらそうだから、助けてあげたい」
「それで、俺にどうにかしてほしいってわけか」
「うん。……頼れそうな人が、雪以外に思いつかなかって」
「確かに、その話を信じてくれる人間自体が少ないだろうな。ま、俺は別だけど」
付け足された言葉に、雪の目に映る俺の表情が明るくなる。
「信じてくれるんだね?」
「お前が嘘をつくとは思えないしな。まぁこの目で見ないことには、なんとも言えねぇけど」
「そう言うと思ってたよ」
俺はその段階で鞄を手に取った。
「というわけで、行こう」
「行く?」
「カナの家に」
「うわっ」
「ん?」
「カップルの間に入れっての……?」
「そ、それは……」
なんとなく否定したい気持ちに駆られるも、否定することが出来ない。
言いながら彼の手にも鞄が握られているので、冗談ではあるのだろう。
それにしてはいささか鋭い言葉だが。
「そういうことになりますね……」
「目の前でイチャつかれると思ったら、かなり気が引けるんだけど」
「い、イチャつかないようにするから」
「付き合いたてのカップルのそんな発言を、誰が信じると思う?」
「さ、さっきは俺が嘘つくとは思えないって言ってたのに!」
「今のは嘘じゃなくて虚勢だろ」
言葉もない。
そんな俺の様子を見かねた彼が、いつものように背中を叩く。
「そんなに深刻そうになるなよ」
「だってさ……」
見れば、彼は笑っていた。
その笑顔は、どこかたくましく見える。
「大丈夫だって。頼られたからには、なんとかするって」
「なんとかなりそう?」
「多分な!」
それはわりと、なんとかならない可能性のほうが高い『多分』だった。
それでも彼ならばなんとかしてくれるんじゃないかという期待を胸に、彼女の家へ歩みを進める。
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