反応

 気持ちを一旦落ち着かせ、彼女の学習机に備え付けられている椅子に座る。彼女は元々座っていたベッドに、俺と向かい合って座り直した。

「それで、なんで角が生えたかの心当たりはないの?」

「そうそう、原因でしょ」

 彼女がこちらへ指を向けてきたので、俺はその手を握ってやめなさいと注意した。

「人のことを指で指さないの」

「これはそれそれって同意する仕草だもん!」

「だとしてもダメ」

「はーい」

「素直でよろしい。それで、原因は?」

「うんー。なんなんだろうね? 自分でも朝からずっと考えてたんだよ。でもでも、本当にないんだよねー」

「些細なことでも思いつかない?」

「あるとしたらそれこそ、みっちゃんに好きって伝えてなかったことだよ。でも、伝えた今だって生えてるでしょ?」

「……うん」

 カナの頭には、先ほどから変わらずに黒い2本の角が生えている。チラチラと様子をうかがっているが、動いたりはしていない。

「となると、まったくもって思い浮かばないよ」

 両手を上げ、お手上げであることを表明した。

 上に伸ばされた手と、上に伸びている角。

 本来の現実では到底見られないだろう光景に、口元の笑みを隠せなかった。

「なによー」

「いや、なんでも?」

「むー」

 不服そうな彼女の顔が近くに迫る。

 そんな顔もかわいいのは分かっているが、改めて見ると恥ずかしい。手の平で彼女の顔を押し返す。

「なんなんだろうね、一体」

「彼女の顔をこんなことしながら話し続けるかな、ふつう?」

「ほかにそういう人っていないのかな」

「遠慮がない!」

「幼馴染だからね」

 彼女から手を離しつつ、スマートフォンを開く。検索窓に入れるのは『角 生えた 突然』の文字。

 出てきた大半は物語や歌詞の一部だったが、1つだけそれらしいタイトルがあった。

『スマートフォンを長時間使用することで、頭に角が生える!?』

 そんなことがあるのか! まさに彼女は女子高校生であり、長時間スマートフォンを使用しているのでこれが原因かもしれない……!

 そう思ってページをよく見てみるも、生えてくるのはどうやら後頭部にらしい。それもレントゲンで確認出来るもので、カナのように堂々としたものではない。

 そこからしばらくキーワードを変えて調べてみるも、彼女のような症例が出てくることはなかった。

 画像欄でそれらしい人を見かけても、調べると彼らはコスプレイヤーであるという事実が出てくる。おそらくどれもが、なんらかの方法で作られた模造品なのだろう。

「うーん……」

 やはりカナにだけ起こっているのだろうか……?

 検索を諦めて、彼女のほうへ向き直る。

「最近、なにか変わったことはなかった?」

「んー変わったことかぁ……」

 カナは人差し指をあごに当てて考える。数秒おきに目線をさまざまな方向へ向かせながら、落ち着きがない様子で考えている。

 正直ここまで考えてなにも思い浮かばないなら、きっとなにも変わったことはないんだろうと思う。しかし、あえてなにも言わずに返答を待つ。

「あ。そういえば最近、青汁飲み始めたよ」

「なんでぇ?」

 ようやく出てきた答えは、ずいぶん間が抜けているものだった。

「んー、健康のため?」

「そこ疑問符なんだ」

「っていうか青汁が原因だったら、私の家族全員が角生えてないとおかしいじゃん。家族全員で飲んでるし」

「それで言うなら、その種類の青汁を飲んだ人全員だよね」

 そうなれば大事件だ。

『特定の青汁を飲んだ人に角が生えてきています』

 そんなニュースが流れてくるのを想像するだけで、苦笑してしまう。

 先ほど検索をかけたが、青汁といった文字列を見かけることはなかった。その線は薄いだろう。

「そうだよ、両親。君の両親はこのこと知ってるの?」

「そりゃもちろん、朝起きてから真っ先に話したよ。そしたらさぁ……」


 〜〜


「なるほど……この材質はシカの角に近いわね」

「言ってる場合か!? すぐに病院に! いやでも、そんなことしたら政府に捕まって実験台に!? そしてさらに改造を施されて軍の生物兵器に!?!?! うわああ娘よおおお」

「パパちょっと静かにして? ここ日本だから」

「でもぉ!!!」


 〜〜


「ってな感じで、ずっとお父さんが混乱しててヤバかった」

「うーん……それは……」

「予想通りでしょ」

「うん。君の両親の声そのままに脳内再生出来るよ」

 そんな会話が繰り広げられるのも無理はないだろう。自分の娘に、謎の角が生えてしまったのだ。困惑すること間違いなしの出来事である。むしろ、冷静なおばさんが少しおかしい。

「んで、あんまりにもお父さんが心配になって仕事休む! とか言い出したから、慌てて部屋に逃げてきたんだよ。……あのこっちを見るいやそーな目とか、あんまり見たくないし」

「あ……」

 ボソリと呟かれた言葉に、当事者でもないのに胸がちくりと痛んだ。

 両親ともに仲が良い彼女にとって、そんな視線を向けられるというのはつらいことだろう。

 そんな俺の思いが伝わったのか、彼女は大丈夫大丈夫と手を振って笑った。

「心配しないでよ。お互いに嫌いになったわけじゃないし」

「……そっか」

「ま、女子高校生としては父親とこのくらいの距離を取るのが普通なんじゃない?」

「そ、そうなんだろうか……?」

「『お父さんの加齢臭がする! 別々に洗濯して!』とまで言ってるわけじゃないし?」

「そこまで言い出したら、流石に良心が痛むよね」

「本人が悪いわけじゃないもんね」

「そういうこと!」

 彼女は言葉の勢いのまま立ち上がり、窓際へ向かった。それに吊られて窓の外を見ると、外には夕焼け空が広がっていた。

「結構遅くなっちゃったけど、どうする? 晩ご飯食べて帰る?」

「いや、いいよ」

「えー、遠慮しなくていいのに。今日は私が腕によりをかけて作るよ?」

 彼女が作るというところに、思わず反応してしまった。

「……ちなみにメニューは?」

「チーズ入りハンバーグ!」

「食べて帰る」

「分かった! 手伝ってもらっていい?」

「もちろん」

 即座に家へ晩ご飯はいらないことを告げて、彼女の後を追ってキッチンへ向かう。

 その後、連絡するにしてももう少し早くしろと怒られたのは言うまでもない。次からは気を付けよう。

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