溢れてくること

 結局あの後、1時間勉強をやった。

 やったのはやったけれど、それだけだ。あとの時間は、全部ゲームに費やしてしまった。

 新作の『リンゴパーティ』は、相変わらず楽しかった……。いつものように2人であーだこーだ言って笑いながらしたら、めちゃくちゃ面白い。

 作品を作る人というのは、やっぱりすごい。

 課題を放棄したことに対する若干の後悔はあるけれど、楽しんだのは事実なので良しとしよう。まだ夏休みは始まったばかりなのだし、という言い訳も付け加えておく。

 そして今は、長時間に渡って行われたすごろくゲームに決着が着いたところだ。

 結果はカナが1位。コンピュータが2位に挟まり、3位は俺だ。最後の最後で、追い越されてしまった。1位になれなかったことよりも、そのことのほうが悔しい。

「ふっふっふー! 大勝利ー!!」

 声を上げて笑いながら、勝利の美酒ならぬ勝利のリンゴジュースを飲んでいるカナを見つめる。興奮からか、それとも嬉しさからか、頬がほんのりと赤く染まっていた。

 暑そうなので、空いたコップに更にジュースを注いであげる。彼女はそれも一気に飲み干した。

「美味しい?」

 更に注ぎながら、彼女に問いかける。

「美味しい! いつも飲むのより、何倍も美味しいかも!」

「それは何よりだよ」

「ね、もう一回する!?」

「流石にもう遅いんじゃないかな……」

 時計を見ると、とっくに6時を過ぎている。そろそろ帰らないといけない。

「えー、帰っちゃうの?」

「毎回駄々こねても駄目だからね」

「今日ウチ焼肉だよ?」

「そういう誘惑の仕方でくるの?」

「誘惑とかじゃなくて、たまたまそうだっただけだよ?」

 焼肉。

 まだ部外者だからあんまり食べてはいけないって分かってるけど、それでも普段より多く肉を食べられるのは間違いないだろう。

 食べられるのなら、食べたい……!

 そこには、男子高校生としての食欲があった。

 けれど、この時間にお母さんに連絡したら絶対怒られるような気がする。それにこの前のこともあるから、余計に強く言われてしまいそうだ。

 しかし、そのリスクを負ってでも食べたい……。

「どうする? みっちゃん」

「……っていうか、いいの? 俺が邪魔しちゃっても」

「邪魔じゃないよ。むしろお父さんが奮発して買ってくる3人じゃ絶対に食べきれない量のお肉を食べてくれるんなら、たぶんお母さんが喜んでくれると思う」

「そう言われたら、俺が頑張るしかないよね」

 即答だった。

 あまりの即答さに、我ながらちょっと引いた。

「わーい、やったー!!」

 嬉しさのあまり抱きついてくるカナを、ゆっくりと抱きしめ返す。

 カナが喜んでくれるなら、まぁいいか。

 怒られるのも甘んじて受け入れよう。それくらい、どうってことない。

 それにこうやって抱きしめても、恋人同士になった以上はなんの問題もないんだなぁ……。改めてそう思うと、嬉しくてしょうがない。

 幼稚園までは、カナがじゃれる形で抱きついてくることもあった。けれどそれも、小学校に上がる頃には俺のほうから避けるようになっていた。理由は簡単で、すごく恥ずかしかったからだ。あの時にカナが見せた不思議そうな顔は今でも覚えているし、思い出す度に新鮮に傷つく。彼女はきっと、覚えていないだろうけど。

 それが今は恥ずかしげもなく抱きつくことが出来る。お互い合意の上だ。これを幸せというのだろう。ああ、ずっとこうしてたい……。

「カナはいい香りがするね」

「良い柔軟剤使ってるからかな?」

「そ、そういうこと?」

 俺としてはカナのことを褒めたつもりなので、柔軟剤が良いだなんて返しをされるとは思ってなかった。カナらしいといえば、カナらしいけど。

「ちょっと! なんで笑うの!」

 思わず笑っていたらしく、彼女が頬を膨らませる。ごめんごめんと咄嗟に謝るも、その言葉と一緒に笑い声がもれ出てしまった。余計に彼女は、顔を険しくする。そんな顔ももれなく可愛いけど。

「カナが可愛くて、つい」

「可愛いと笑うってどういうことなの!?」

「好きだなあって気持ちが溢れてくるんだよ」

「……ホントに?」

 不安そうな顔で、抱きしめた手で俺の服の裾を握る。そんなに不安そうにされるとすごく申し訳なくて、俺は『ごめんなさい』と頭を下げた。

「そこまで不安にさせるだなんて思ってなかった。ごめん」

 彼女の不安そうな瞳を見つめる。見つめ続けていると、一瞬だけその瞳に笑みが浮かんだ。どうして? という疑問より先に、彼女の手が俺の脇腹をくすぐる。

「えっ、な、くすぐった……!?」

「スキありだーーー!」

 可愛い幼馴染は俺が弱いポイントを知り尽くしているので、思う存分くすぐられてしまった。俺はくすぐられて笑い疲れ、カナはそんな俺の姿を見て笑ったせいで笑い疲れている。

 笑い疲れるってなんか、すごくバカっぽいけど平和だ……。

「それより、みっちゃんのお母さんに連絡しなくていいの?」

 笑い終わった彼女が、そう言ってくる。

「それはしなきゃです」

 倒れている場合じゃない。

 息も絶え絶えに、連絡をする。怒られるかと思ったけれど、全然そんなことはなかった。

 それどころかなんだか優しくて、ちょっと怖いくらいだった。え、何が楽しみなの……?

『なんなら、帰ってくるの明日でもいいからね』

「いや、流石にそこまではお世話にならないからね!?」

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