根拠のないこと

 今日は土曜日で、講習がない。部活は行われているのかもしれないが、部活生じゃない俺たちにとっては関係がない。


「ここはそういうことじゃなくて、うーん、なんて言えばいいんだろう……」

「ううう、みっちゃんは優しく教えてくれてるのに、数学はまったく優しくないね……」

「難しいね……」


 そういうわけで、俺は朝早くからカナの家に行き勉強を教えている。課題ももちろんやらなければならないのだが、1週間分の講習内容をカナに教える必要もあったからだ。来週も講習があるし、早めに教えておかなければないだろう。既に教えたいくつかの内容は置いておいて、教えてないところを教えている。いるのだが……内容が難しく俺も理解しきっていないせいで、上手く教えられない。


「ちゃんと聞いてたはずなのに、いざ説明しようってなるとよく分からなくなる」

「1回しか教わってないんだからそうなるのも仕方ないよね。もうとりあえず休憩しちゃお?」

「まだ全然やってないでしょうが」


 時間にしてまだ10分しか経っていない。それなのに休憩していたら、いつまで経っても終わらない。だが今のままの俺では、教えることは難しい。彼女が嫌になって眠りだすのも、そう遠くないだろう。


「カナ」

「んー?」

「誰かきちんと理解したうえで教えてくれるような友達っている?」

「それは大丈夫だと思う。いつも教えてもらってる茉莉ちゃんに頼むから」

「茉莉ちゃん? どっちのほう?」

「リップにピンク使ってるほう」

「ごめん。そう言われても分からない」

「むー。前にも説明したのに」

「ごめんって」


 カナの友達だと分かっていても、中々女の子の特徴は覚えられない。


「いつも髪結んでるほうだよ」

「あー、それなら分かる。じゃあ安心かな?」

 

 いつも教えてもらっているという部分が気にはなったが、それならそれで大丈夫ではあるんだろう。

 とはいえもしも教えてもらえない場合に備えて、俺もきちんと理解しておきたい。


「って言っても、教えてもらえるようになるかも分からないけどねー」


 そう言って彼女は、テーブルに突っ伏した。俺のノートの上に顔を乗せているので、角が俺の真正面に来る。


「みっちゃんが真面目じゃなかったら、課題も勉強もやってなかったかも」


 突っ伏しているせいで、声がこもって聞こえる。


「残念だけど、俺はそれがなくなることを信じてるから勉強させるよ」

「残念っていうか……それはそれで嬉しいよ。ちゃんとどうにかしたいって思ってくれて、勉強まで世話してくれて」

「お世話しきれてないけどね」

「してくれるだけ嬉しいよ」

「うん。じゃあ他の教えられるところを教えるから、顔上げて」

「……それはそれとして、なんだか眠くなってきたから上げたくなーい」


 駄々をこね始めたカナの頭を、ペシペシと叩く。


「こら、寝ないの」

「最近は深夜番組が面白くて寝られないよねぇ……」


 ふぁあと大きなあくびをしながら、彼女が顔を上げた。たしかに眠そうではあるけど、日中起きておかないとまた眠れなくなって生活リズムが壊れてしまう。それは避けさせたい。


「どんな番組見てるの?」


 これから教えようとしている英語のノートを開きながら、気にはなるので聞いてみる。深夜番組が放送されている時間の自分は、寝ているかゲームをしているかでテレビのことはよく分からないからだ。


「ご飯の番組とかやってる」


 彼女も渋々ながらノートを開いている。勉強しようという気持ちはあるらしい。


「うわ、お腹空きそう」

「うん、いっつもお腹空いちゃうから夜食食べちゃう」

「……そっかー」


 太るよとは、思ったけれど言えなかった。別にある程度ふくよかになっても、健康に問題がなければどうだっていいからだ。

 ……いや待てよ? 夜食を摂ること自体が不健康だったりするんだろうか? よく分からない。

 どうなんだろうとストップウォッチ代わりにしているスマートフォンで調べてみると、一概に良くないとも言い難いということが分かった。けれど、夜食を食べて具合が悪くなったりすることもあるらしい。


「……夜食のせいで、具合が悪くなったり更に眠れなくなったりしてる?」


 心配になった俺は、直接聞いてみる。


「そんなことないよ?」

「ならいいんだけど……」

「朝もきちんと食べられてるしね!」

「それなら良かったよ」


 健康面に関しては、心配しなくても良さそうで安心した。彼女のことだから悪ければ悪いと素直に言うと思うけれど、それでも心配はする。して損はない。


「さ、それじゃ英語やろうか」

「英語はみっちゃんが優しいとか優しくないとか以前に嫌いだからやだ!」

「嫌いだからって言っても避けられないでしょ。この休み終わったらテストだってあるし」

「そもそもテスト受けられるか分からないし……」

「絶対に受けさせるし学校にも通わせ続けるから、安心して勉強しようね」


 根拠はないけれど自信だけは確かにあるので、そう宣言する。彼女は渋々といった様子でシャーペンを握り直した。


「……そこまで言われたら、頑張るしかない!」

「その意気だよ。頑張ろう」

「1時間やったらゲームしよ? リンゴパーティの新作買ったから、一緒にやりたい!」

「昨日出たばっかりのやつじゃん。いつの間に買ったの」

「ふっふー! 通販で予約して買ったんだ! 家にいる時間が長くなるから、気分転換になるかなーって思って!」

「それ絶対ゲームやる時間のほうが長くなるよね?」

「そこはほら、みっちゃんに手綱を握ってもらおうかなって」

「自分で手綱って言っちゃっていいの」

「それ以外に言葉が思い浮かばないからさ」

「……うん。俺も思い浮かばないや」


 まぁ、今までずっと手綱を握ってきたようなものだ。今更、やることは変わらない。


「はい。それじゃあ参考書開こうか」

「よーし! 絶対みっちゃんとゲームするぞー!」

「気合が入るのはいいけれど、入り方に問題があるような気しかしない!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る