料理

 やる気に満ちているカナと一緒に、キッチンのある1階へ降りた。すると、リビングでくつろいでいたおばさんがこちらへ振り向き「その格好で料理するのはあんまりじゃない?」と言う。

 たしかに彼女はかわいらしくて動きにくそうな服装をしているし、俺は夏季講習の帰りということもあって制服だ。とてもじゃないが、油がはねることもある料理に向いている格好ではないだろう。俺たちはお互いに顔を見合わせたあと、違う服へ着替えることにした。

 幸いにして、この家には親子そろって頻繁に来ている。その折に夕食をいただくのみならず、お風呂を借りることもあり着替えが置いてある。動きやすい服の上から借りたエプロンを着て、キッチンに向かった。

「わ、エプロン似合ってるね! いや、みっちゃんならなんでも似合うかー、そっかー!」

 先にエプロンへ着替えてキッチンに立っていたカナが、手を洗いながらそう言った。

 ……そうだろうか? 彼女に褒められるのは喜ばしいけれど、エプロンが似合うほどに料理をしてきているわけじゃない。それに、なんでも似合うというのはいくらなんでも買い被りすぎたろう。

「俺よりも、カナのほうがずっと似合ってるよ。その格好で毎日出迎えて欲しいくらいだ」

「そう? だとしたら嬉しい! あれかな? 『私にする?』ってやつ?」

「ぅ、ぁ」

 その光景を、夢に見てこなかったわけではない。

 だからこそ、彼女の口からそんな言葉が出てきたことに動揺してしまう。

「……飛躍し過ぎだね。ちょっと落ち着いてよ」

 平静を装いながら、1音ずつ言葉を返した。こちらの気を知らない彼女は、ふふんと楽しそうに笑う。

「んふへ、それくらい嬉しいのー!」

 屈託のない笑顔になりながらもテキパキと手を動かしているカナは、早くも玉ねぎを炒めていた。どうやら、先にみじん切りにして冷凍に入れていたものを使ったらしい。こうすることによって早く飴色になるのだと、以前テレビで言っていた。まさしくそれを取り入れているのだろう。手際の良さに惚れ惚れする。

 しかしただ見惚れているわけにもいかないので、パン粉をはじめとしたハンバーグを作るのに必要なものをテーブルの上に集めた。彼女に聞きながら適量を小皿に取り分けて、容器があるものは元あった場所に戻す。

「見てみて、きれいな飴色になったよ!」

「本当だ」

 焦げる手前の茶色っぽくなった玉ねぎの粗熱を冷ましてから、取り出したばかりの合いびき肉を入れたボウルに加えた。さらに牛乳・卵・パン粉・塩胡椒を加える。混ぜる時にボウルが動かないよう、下に濡れたふきんを敷いた。

「昔からハンバーグの成形は手伝ってきたから思うんだけど、混ぜるのって思ってるより冷たいよね」

 この作業は自分がやるよと申し出て、指先から混ぜ始める。

「そうだよねー。ひき肉が冷たい」

「この牛乳とか卵を混ぜてる感触も独特だよね」

「代わる?」

「それは大丈夫」

 しばらく混ぜていると、粘り気のあるタネが出来上がった。

 「ここからどうするの?」

 チーズ入りのハンバーグは、作ったことがない。

 よく分からないので、彼女に指示を仰ぐ。

「ジャジャーン!! ここで登場! チーズだよ!」

 テンションが爆上げしたらしい彼女が、俺の目の前に切りそろえられたチーズを持ってくる。俺が混ぜている間になにか切っているとは思っていたが、なるほど、これだったのか。

「これを包めばいいの?」

「うん。タネの上にこれを置いて、その上からタネで覆って包むの。あとはふつうのハンバーグみたく、楕円形を作って空気を抜けばオッケーだよ」

「なるほど、分かったよ」

 言われた通りタネの上にチーズを置き、タネでそれを覆う。思っていたよりも難しい手順ではなかった。人数分のハンバーグを、それぞれ均等になるように成形していく。

「ねぇ、みっちゃん……」

「どうしたの?」

 カナにしては珍しい、溜めた声かけだ。

 なんだろうと、意識を向ける。

「新婚さんって、こんな感じかな」

 出てきた言葉に、驚きを隠せない。

 吹き出しそうになるのを堪えて。

 むせ返りそうになるのもなんとかして。

 まとまらない頭で、言葉を返す。

「……気が早いよ」

「早くないよ。もうすぐだよ」

「いつするつもりなの。せめて俺が君を養えるようになってからにしたいんだけど」

「そのつもりだよ」

「だったら」

「待って、落ち着いて」

 肉ダネのついた人刺し指をこちらに向けられたので、言葉を続けるのをやめた。同時に、そういえば今はハンバーグを作っている最中なのだと思い返す。手の中でべちゃりとしているタネを成形しながら、彼女の言葉を待った。

「あのね、今が16歳でしょ? 大学まできちんと通って、その上で就職後に安定するまでの期間を1年設けても23歳……お医者さんになるなら話は別だけど、どう?」

「そのつもりは多分ないかな」

「うん、だとしたらやっぱり23歳くらいだよ。今から大体7年後でしょ? これまでの人生よりも、これから結婚して一緒にいるだろう期間よりもずっと少ないよ」

 カナは、とびきりの笑みになる。

「だから、すぐだよ」

 いろいろな言いたいこと、主に反論が思い浮かんだけれど、それらはカナの微笑みに打ち消されてしまった。

「……そうだね、もうすぐだね」

「うん! とっても楽しみだなぁ!」

 だから俺は、笑みを返す。

 そして、心の中で決意する。

 必ず23歳までにはカナを養えるようになって、結婚出来るようになると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る