ためらうべきこと

 カナの家へ急ぐ道すがら、そもそも角が生えたことと付き合うことが同時に起こったのはなぜかという、もっともな疑問についての説明をしていた。

「角があるとさ、日常生活に支障が出るっていうのは言ったよね?」

「あぁ。まぁ、そうだよな。事実学校にも来れてないわけだし」

「そう。そうなると、この先の人生どうなるか分からないじゃん。高校を卒業出来るかどうかも分かんないし」

「あー……」

 雪はこちらを振り向きながら、難しい顔で首を傾げた。

「……それで、結婚してってなったわけ?」

「そういうこと」

 隣からため息が聞こえる。やれやれと肩を竦めている様子も、なんとなく読み取れた。

「双方にめちゃくちゃな信頼がないと、成り立たない告白の言葉だな……」

「そうなのかな」

「だってそうだろ。別に責任がお前にあるわけでもないってのに」

 そこで俺はハッとした。たしかに、今回の件に関しての責任は俺にあるわけではない。

 俺にどころか、誰にも責任なんてないだろう。

 雪は俺がハッとしたことに驚いたとでも言いたげに、こちらを向いて目を見開いた。そこから、なんとも言い難い表情を浮かべる。こちらを咎めるような、呆れてしまっているような、そんな負の感情が多めに見受けられる表情だ。

「その顔見るに、今まで気付いてなかったな?」

「うん、言われて気付いた」

「相手が香奈ちゃんじゃなかったら、騙されてないか心配してたぞ……」

 自分の状況を鑑みて、苦笑してしまう。俺が彼と同じ立場であったなら、同じような思いを抱いていただろう。

 しかし俺は騙されてなんかないし、カナにだってこちらを貶めようだなんて意思があったわけではない。だからこそ、カナの名誉のためにも否定をしておく。

「カナはそんなんじゃないから大丈夫だよ」

「まぁそうだけど」

 そう言う彼の横顔はさっきと同じく呆れてはいたが、どこか晴れやかにも見えた。俺と同じくらい、カナにも信頼を寄せてくれているということなんだろう。そのことを嬉しく思い、笑みをこぼした。

「あー……信頼ってよりかは、相手が湊じゃないと成り立たない告白なのかもな」

「えへ、そっかー」

 笑みが思わず言葉になってこぼれてしまった。

 こんなつもりはなかったのにと手のひらを口のそばに持ってくるも、時はすでに遅し。再び彼の目線がこちらに向き、じっとりとした視線を注がれる。

「……フッ」

 鼻で笑われた。

 雪は道を急ごうと暗に言っているかのごとく歩幅を広げた。彼に倣って、自分も歩幅を広くして先を急ぐ。

 そうこうしているうちに、カナの家の前に来た。今の時間帯であれば、きっとカナ1人だけで話もしやすいだろう。そう思いつつ、チャイムを鳴らす。「はーい!」という応答が聞こえると同時に、タタタと廊下を走る音。

 勢いよく開かれる扉。

 現れるカナ。頭にはタオルを巻いている。

「みっちゃーーーん!」

 飛びかかられる俺。

「うぉあ!?」

 抱擁という熱烈な出迎えに、思考が止まった。

「おかえり!」

 その言葉で、思考がぐるぐると回りだす。

『おかえり』というのは間違いじゃないだろうか。俺が帰る家は、まだ別にあるのだし。

 いや、ここもある意味帰る場所ではあるか。両親共々頻繁にお世話になっているわけで。第2の故郷みたいなことなのかもしれない。うん。同じ区内だけれど。

 あああああ。

 ……なんかいい匂いするし、このままでもいいかな。カナと同じくらい強く抱きしめるために、手を腰に回してしまってもいいかもしれない……。

「お前ら玄関先でよくそんなことできるよな」

 雪のその言葉で、我に返って伸ばしかけた手を引っ込めた。

 そうだ、ここは玄関なのだ。いくら恋人同士であっても、躊躇わなければならないこともある。

「あ、雪ちゃん。いたんだ」

「いや、いたんだって……いましたよ、気付いて」

「お久しぶりだね!」

「普通に会話を続けるな! っていうか、湊もなんか言え!」

 違う! 言葉にならないのだ!

 必死に目線で雪に助けを求めながら、カナから離れようと肩を押す。けれどあまり強い力を入れて彼女を傷つけるわけにはいかないので自然とその力は弱くなり、離れることが出来ない。

「恋人同士が抱き合ってても、なにもおかしくないじゃん?」

「それはそうだけど、香奈ちゃんは一応病欠って体なんだし、あんまり目立つことはするべきじゃないだろ?」

 その言葉でようやく、カナも納得したらしい。

「なるほど、たしかに!」

 名残惜しそうにこちらの指を触ってきたけれど、なんとか離れた。

「もうこの際イチャつくのには目をつむるからさ、せめて中に入れてくれない? 話もしたいし。ってか、それを目的にそっちが俺を呼んだんじゃないのかよ」

「まったくもってその通りです! どうぞお入りください!」

 ビシッと敬礼の後、頭を下げて玄関の方へ手を向ける。とっても大仰な仕草だ。ついさっきあんまり目立ってはいけないと言われたのを忘れてしまったのだろうか。そんな気がする。

「そこまで言われると、むしろ入りにくくなったなぁ」

「もう! 雪ちゃんはわがままだなぁ!」

 そう言いながらも、楽しげに玄関から中へ入っていく2人の後を追いかける。

 妬いたりはしない。だって、2人のことを信頼してるから。

 ……それでもまぁ、ちょっとくらいはしたかもしれない。

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