気がかりなこと
「ねね! 香奈の様子はどうだった?」
朝。教室へ入った途端に、カナの友人に声を掛けられる。
どうして俺が彼女の家に行ったことを知っているのだろうか。それとも、俺ならば彼女のところにお見舞いへ行くに違いないと思われただけだろうか。
いや、そもそもの話だ。
「君らもお見舞いに行ったんじゃないの?」
昨日の教室から出るときに、カナの家に行こうと話していたのを聞いている。
だからこそ、俺は時間をずらすために書店に寄って時間を潰していたのだ。
「行ったよ。行ったんだけど、熱がすごいからって追い返されちゃったんだよね」
「うん。でもでも、幼馴染の八重島くんなら大丈夫かと思って。ね?」
「ねー」
それが本当だったら、俺も追い返されてなきゃおかしい。そう思うも、実際にはカナに熱などなかったし追い返されてもいない。どころか、夕飯までご馳走になるという高待遇を受けてしまった。
彼女と一緒に作ったチーズ入りハンバーグは、本当に美味しかったなぁ……。
それはともかく。彼女の名誉のためにも嘘をつかなければならない。
「俺も同じだよ」
「えー!」
「ホントにー?」
「な、なんで疑うんだよ」
「幼馴染なら看病くらいするかなって」
「幼馴染でも向こうが熱出してるんだからうつるかもしれないし、看病なんて出来ないよ」
「そうなんだ?」
「そうだよ」
どうして幼馴染なら大丈夫だと思ったんだろう。
そういう展開の漫画が流行っているのだろうか?
「うーん。幼馴染でも会えないくらいなら、相当具合悪いんだね」
「早く良くなってほしいね。文化祭、ようやく香奈のおかげでまとまりかけてたし」
「ねー」
「文化祭……?」
そうだ! 夏休みの後には文化祭があった……!
いろいろなことを一気に思い出し、背中に悪寒が走る。
カナが文化祭の実行委員としてクラスをまとめ上げていたのに、肝心の彼女が出てこれなくなってしまっている。
昨日のカナが言っていた『なんにも気にしなくていいのに』という言葉は、きっとこのことを指していたのだろう。『文化祭』とまで言われないと思い出せなかった自分が、本当に情けない。
彼女は、文化祭に出られなくても良いと思っているのだ。
誰よりも楽しみにしていたからこそ実行委員を買って出たんだろうに、角が生えてしまったせいで学校に来ることが出来なくなってしまい、そのせいで文化祭にも出られない。
全然大丈夫じゃないじゃないか。
俺に結婚してなんて言っている場合じゃない。真っ先に言うべきは、『助けて』だ。
「あ、八重島くんトリップした」
「ユキちゃーん、対処よろしく」
助けてすら言えない彼女の逃避ともいえる告白に浮かれていた自分は、ありえないほどのバカだ。
早くあの角をどうにかする方法を見つけなければ……!
「湊!」
「おあ!? ……なんだ、雪か。おはよう」
いつの間にか、目の前には雪が立っていた。
「なんだとはなんだよー! せっかくトリップしてたところを助けてやったっていうのに」
そう言われてしまえば返す言葉はないので、素直に頭を下げる。
「それはごめん。いつもありがとう」
「ったく」
幼稚園からの付き合いであるため、慣れた対応だ。親友だと豪語する仲だからこそ、いつものこととして付き合ってくれているのだろう。背が低く中性的な外見に反して、中身はとても硬派な男だ。
「それで、今日はどうしたんだ? いつも以上に目が死んでる気がするけど」
「……いろいろあって」
いくら親友とはいえ、相談するのは憚られた。カナもあまり大勢の人間に知られたくはないだろう。
それに、今目が死んでいるのは己の愚かさを再確認しているからだ。穴があったら入りたい。
「あ、こら。またトリップしそうな目になってるぞ! しっかりしろ!」
「嫌なことがあると、どうしても考え込んじゃうよね……」
「人を前にして考え込むのはやめたほうがいいんじゃねぇかな?」
「返す言葉もない……」
じとっとした目を向けられ最もらしいことを言われている間に、予鈴が鳴った。
「おっと。もう授業始まるじゃん。早く準備しようぜ。たしか最初は……」
「化学だな。行こうか」
「おう!」
雪に背中を押されながら、化学室へと移動する。
その日の授業中は、放課後にカナに会ってなんて言おうということばかり考えていて身に入らなかった。
○
「だから気にしないでいいって言ったのにー!」
「そうはいかないよ!」
ジタバタと足を上下に動かして否定するカナを見て湧き出てくるかわいいという感情を抑えつつ、彼女と向き合う。
「カナの角をどうにかするために、明日から学校行かずにインターネットと図書館を駆使して解決方法を見つける!」
授業中に考えて自分なりに出した結論を、彼女に提案する。
「こんなファンタジーチックな角が生えてきた事件が、インターネットと図書館で解決するわけないじゃん! 普通に夏季講習に出てノート写させて!」
けれどカナはそれをもっともらしい理由を付けて否定する。
「そ、それも大事だけど、でも!」
「でもじゃないの!!」
「勉強は動画サイト見たりしていつでも追いつけるけど、文化祭はもうすぐそこなんだよ!?」
「本人がいいって言ってるんだからいいじゃんかー!」
「絶対に良くない!! 大体、まとまったばかりのクラスが上手く統率取れると思う?」
そう言った途端、彼女はふふんと鼻で笑った。
「1度まとめられたら、あとはなんとかなるものだよ」
「なんとかって」
「今日はなかったけど、明日は話し合いがあるんでしょ?」
「そうみたいだね」
今日はみっちりと講習が詰まっていたが、明日は最後の時間が文化祭準備に充てられるらしい。
「その時に、クラスでも男女人気の高い勇人くんに進行をしてくれるように頼んであるんだ」
「あー。彼ならちゃんとまとめられそうだね」
「でしょ? んで、私たちの学年は、体育館のホールで劇をやるじゃん? それなら脚本は早いうちから練ってもらったほうがいいだろうと思って、文芸部の沙耶ちゃんと由奈ちゃんにお願いしてあるから大丈夫だよ!」
「そ、そこまで手を回してあるの……?」
「こうでもしないと心配だからね。せっかくの文化祭だから失敗させるわけにもいかないし」
彼女はふっと、穏やかな顔で笑う。
「私の心配は文化祭が成功するかしないか。出来るだけ成功するように尽力したから、そんなに急いでこの角をどうにかしようなんて思わなくて大丈夫なんだよ? それに」
「それに?」
「みっちゃんが休むのは正当な理由じゃないでしょ。おじさんもおばさんも心配するよ」
「……う」
「ね?」
「うぅ」
たしかにそうだ。夏期講習とはいえ、なにかしらの連絡を学校に入れなければいけなくなる。素直に彼女のことを言うわけにはいかないだろうし、使えるのは仮病くらいだ。
そうなると外には出られないだろうし、カナに会うことだって出来ない。それは困る。
「……分かった」
「よろしい! じゃ、今日もノート見せてね?」
「うん。分かんなかったら、また別の人にも見せてもらってよ」
「そんなことしないよー! みっちゃんのノートは昔から、これだけで分かるくらい分かりやすいよ」
「そっか。ありがとう」
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