【ロジカルエアフォース(3/4)】

 ◇――――◇――――◇


――<CIC 各所伝達 高度維持 ヲ 厳守>――


「乱気流だ」

 取り乱す様子も無く、アンジェリは冷静にそう告げた。

 ステルス性能を追求した全翼機は風に弱い。無論、それを打開するためのあらゆる策は講じられているが根本的には変わらない。地軸変動による気候の激変は、絶えずこの惑星に巨大なうねりを引き起こし、その規模も継続時間も人類史ではあり得ない規模であった。同じ台風が一年以上持続する場合もあり、【何百年と斑点が消えない木星よりはマシ】と嘯く識者がアンリアル上に現れるほどであった。


「仕様が無い。 一旦高度を五〇〇〇m圏まで下げて陸地へ回り込め」

「高高度輸送機が地表を飛ぶのですか?」

「近隣各基地から哨戒機エスコートを呼びつける。 この距離ならまだ追いつける筈だ」


 管制室のメインデッキには絶えず地表の様子が映される。アーカイブから割り出された水没都市のアウトラインが水面の下に浮かび上がる。一部は塩害で崩壊し、影も形も失われているにもかかわらず、在りし日のグリッドラインはその雄大さを虚空に刻み続けている。

 海面を衝撃波ショックウェーブが襲う。凪いだ海に反射した陽光はかき消されても、思い出だけにそびえ立つグリッドラインは無事だ。


「特務コード発令、同盟保護領から間に合える機体を拾え」

アンジェリの声に反応して、管制室のシステムが各地警戒スクラムと同機し始める。

「――ステルス機が位置を晒すことになりますね」

 ゾーイはアンジェリの横に立ち、彼を見ずに皮肉った。薄ら笑いをこぼしながら、今の僕たちに隠れる必要がどこにあるんだい、とアンジェリは返した。

――<コード 受諾 : 哨戒機 ヲ 招集>――


 発令してから数分と置かずに、高機動戦闘機による哨戒編隊が飛来する。所属も開発も異なる機体が一堂に会する様を感慨深そうに眺めると、アンジェリは嬉しそうにこぼした。

「さしずめ―――大空の万博と言ったところかな」

 もしも自らに人間と寸分違わぬ感性がインストールされているならば、「子供か」と呟いたところだろう。ゾーイはそう考えた。


 ◇――――◇――――◇


 やがて大きさも形状もまちまちな鋼の翼が無数に群がってくる。どれも無人化を完了させており、有人機では絶対に不可能な急転加速によって百を超えるブースターを備えた全翼機に追随している。

 アンジェリはそのまま機体の解説と性能の差異性をレクチャーしたが、ゾーイの目には大差無い流線型の群れと映った。


「あのベクターノズルを見給え、あれは明らかに連盟法に抵触する特注品だ。 音も無く僕らの上空を横切るためのものだ。 該当区域は二〇〇年前にS.S.Sスリーエスが統括してから一度もスクランブルを発していないが、その前はしょっちゅう――よもやこんな形で再会するとは、よく生き残っていたよ」

「――中古クラシック

醸造レトロなのさ」

 アンジェリは僅かばかり眉をひそめる。


「古い友人たちに少しだけ挨拶してみよう――編隊コードを哨戒機側へ同調させろ」

 こちら側が、と異を発するゾーイに向こうにも向こうの言い分があるのさ、とアンジェリが返す。

「連帯の代わりに独立性の保持を認めるならば、効率が悪くても向こうの存在意義レゾンデートルを可能な限り尊重する――それが同盟というものの基本、全面戦争の回避手段であり、機械ナカマ殺しのから逃れる唯一の方法だ」

 もったいぶって言った割に、アンジェリの表情は至極真面目に見えた。


 徐々に整列を始める哨戒機たち。要求された隊列のなかにも空力的効率を求めて、V字状に群れて飛翔する様は、アーカイブに記録された渡り鳥たちのそれと酷似している。

 しかし、鳥たちは果たして空力的効率など考えて飛んでいたのであろうか。ゾーイはふとそんなことを思ったりもして、不意に【おしゃべり】がしたくなった。

「――寂しがり屋なんですね」

 少年アンジェリは何も返さなかった。


 ◇――――◇――――◇


 一分か数十秒か経って、最初に沈黙を破ったのは管制室の無機質な警報音だった。

――〈情報警戒 : 未知 ノ アクセス〉――

――〈同機 システム : 径路 解析中〉――


!」

 ゾーイの驚嘆と共に照明がオレンジへと転調。管制室では警戒システムが立ち上がり、眠っていた大半のデスクが起動画面へ移る。アーカイブから無数の類似例を引っ張り出し、ウィルスの観測と検分を開始する。

 機外では舳先へさきの長い流線型の渡り鳥が隊列を無視、全翼機を差し置いて一羽二羽と先行する。先ほどの言葉を借りれば、レトロに類するものだ。自動制御オートマチックで追跡する哨戒機も居るが、大半は警戒レベルの判断が間に合わず、ロックオンを刻み合ってじゃれあうのが精一杯だった。

迎撃工作トラブルシューター、急がせろ!」


――〈電子防壁 展開 : ICE 被害軽微〉――

――〈抗体アンチソフト 散布 : 逆向侵入 試行中〉――


「探せ! たかだか三十六機編隊だ、しらみ潰しにしろ!」

 アンジェリは哨戒機との同調サイバネティクスを全てカットし、独力での犯人捜しを始めた。

 全翼機は本来、国家首脳機関の予備施設を兼ねる予定だった。防衛機構は堅牢だが、主制御メインシステムへ画一的に接続された分だけ分けられるリソースには限りがある。下手に総出で取りかかれば、逆に犯人を導くかもしれない。良くも悪くも一芸特化、能率性も即効性も全く違うモジュールたちをとりまとめて適切に指揮し、フレキシブルに対応するためには、アンジェリたちのようなが不可欠だ。


 秒も経たずに半数がシロと断定できたが、残るグレーゾーンの殆どが全翼機の前方を塞ぎ始めている。下手に手を出せば哨戒機の自動応戦システムが作動し、シロですらクロに転じるかもしれない。そんな不安の中で待ち続けたアンジェリの前に突き付けられた真実は、酷いものだった。


――〈哨戒機 十三機 ニ 情報汚染 ノ 形跡〉――

 

哨戒機ことり同機おしゃべりは、我々の聞こえない声で交わされていたようですね」

「――馬鹿な、自律制御高機動機サーカスアクターのどこにそんな余裕がある」

 アンジェリが狼狽える間もなく、哨戒機の編隊は完全にドッグファイトを開始していた。一部は母機であるS.S.S《スリーエス》の命令を一切無視し、自力で警戒レベルを上げて迎撃行動に出る者まで現れた。奔走する若手を尻目に、灰色グレーの老兵たちが次々と機首へと迫ってゆく。射角の狭い旧型パルスレーザー砲をそこかしこに乱射し、全翼機ののっぺりとした顔面に痘痕あばたをこしらえる。S.S.S使用の偽装工作が無ければ致命傷に至るところだった。

 

「――タチの悪い旧友が居たものですね」

「――ロクに監督レンラクをしてこなかった僕の不義理と言いたいのか?」

 アンジェリを差し置いて、ゾーイはサブデッキに向かう。席に着くこと無く同調を開始すると、ゾーイの髪が淡く七色に輝き出す。


負荷リソースは私が請け負います――第一迎撃システム起動」

 ゾーイの声と共に管制室の照明が赤へと転調、AR視界では少女の周辺を幾重もの光輪が包み込む。


 全翼機が僅かに速度を落とすと、機体の各所からドーム状の機器がせり出す。旧型機のそれよりも遥かに高出力なパルスレーザーシステムが、四方八方へと伸びては老兵たちを追い回すが、揺れる機体とそもそもの乱気流によって照射出力も照準精度もままならない。

 ゾーイは疑験深度をさらに二つばかり潜り、より正確な射撃システムの構築に乗り出す。より機械らしく、より人形らしく。

 無感情にゾーイは告げた。


「防衛工作と機体制御を――安全運転をお願いします」

「ゾーイ、頼む順番が逆だよ」

 渋々従いながらもアンジェリは目を閉じ、疑験による全翼機の完全制御を試みた。


 僅かな眩暈と耳鳴りのような感覚。

 全身の物質マテリアルが削ぎ落ち、魂だけが無機物アンリアルに戻る錯覚。生身の肉体に慣れすぎた所為か、このごろアンジェリは不快に思うようになっていた。


 全翼機を通じて初めてアンジェリとゾーイの感覚野が、管制室から機体の全域に及び、そこから発したレーダー波が対外境界ボディ・イメージを構築し終えた頃、二人は分厚い積乱雲や荒れ狂う乱気流の向こう側から飛翔する光点のいくつかを捕らえた。


「――大陸間弾道ミサイルI C B M!」

 

 ◇――――◇――――◇


 宇宙開発の再興と共に発展した光学技術レーザーアートが、ミサイル万能論の息の根を止めると誰もが思った。

 だが現実は違った。パワーバランスの均衡を崩すが現れれば、当然他方はで攻める。皮肉にも先進国たちの開発競争は後発国の武装化世論を促し、猫も杓子も軍は長距離ミサイルを求め、プレイヤー全員がジョーカーを保有するという最悪の形で世界大戦ゲームは進行し、その果てに世界は炎に包まれた。


 全翼機は、隠密飛行を目的として設計されている。現地にたどり着くまでの間、外界との通信は全面カットされ、完全な単独行動スタンドアロンとなるのが通常だ。それ故に、単独での防衛機構は要求される防衛面積とペイロードの関係から、レーザーパルス砲による空対空迎撃システムが関の山だった。


 そもそも、対流圏中を超音速クラスで飛行する高高度爆撃機が、それ以上の速度と軌道で成層圏から飛翔する大陸間弾道ミサイルI  C  B  Mされる状況など、誰が思いつこうか。


 アンジェリは声を荒げた。機械には似つかわしくないという感情を、身を以て知った。

「緊急減速! できる限りエンジン出力を絞れ!」

 本心では、一刻も早くその場から離れたかったが、正面は哨戒機たちによって塞がれている。幸いにもICBMには減速手段がない。小回りの効かない大機体故、操舵による回避は不可能と断定してアンジェリは減速を指示した。


 予想通りICBMは全翼機とほぼ平行線を描きながら上空を飛翔していく。それと同時に、低速化によって揚力を賄いきれず全翼機がありとあらゆる悲鳴を上げ始めた。


――<警告! 機体 負荷 甚大>――

「今エンジンを止めるわけにはいかない! 高度と距離さえあればいくらでもまき直せる! エアブレーキ全開でやり過ごせ!」

 アンジェリの叫びと共に、全翼機の至る所でスポイラーが逆立ち、同時に痘痕面の機首の両脇からブレーキング用の追加ブースターがせり出す。それらが火を噴くや否や全翼機は真っ白い水蒸気のベールに包まれ、フリルがひらめく度に哨戒機が煽りを受ける。


――<!対ショック注意!>――


 管制室が言うより早く一時的なノイズが視界を遮った。アンジェリとゾーイは横倒しになり、短い二人の蜜月は幕を下ろした。

「ゾーイ、済まない――安全運転は諦めてくれ」

「――初めから、期待していませんでしたから」

 位置と揺れの関係でアンジェリはゾーイを抱き留める形になったが、未だ人形オートマタの域を出ないゾーイにロマンスときめきが生まれる訳もなかった。


 アクシデントが重なったことによって電子戦は後塵を拝する結果となった。薄皮一枚でなんとかせき止められているが、哨戒機やICBMとの死闘を繰り広げながら対処するのは困難を極める。

 絶望という機能が存在しないことを心から感謝しながらアンジェリとゾーイが立ち上がろうとするとき、管制室のシステムに使われるはずのない秘匿通信チャンネルが開かれた。


【見ろよ、姉御――玩具箱ン中でお人形サンがセックスしてるぜ】

【アンドロイド――なるほどやたら生々しい動きはコレが原因ね】


 若い女の声。二人のうち、一人はほとんど合成音声。

 目を丸くするアンジェリとゾーイ。特にアンジェリは、自分たち以外にに興じる者が現れたことに驚きを隠せなかった。


【――のハネムーンの最中悪いが、旧世界からのプレゼントだ】

【――なんて中々ない経験よ、存分に味わいなさい】


 二人が不可解な通信を耳にするのと同じ頃、上空のICBMは前端がザクロ状に砕け、中から無数の種子がばらまかれる。


「――集束爆撃クラスターだと!」

 画面一面に広がる敵意の種子たち。圧巻であり、ゾーイにはある種美しくも思えた。

 ◇――――◇――――◇

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