M.M.M

時茄雨子(しぐなれす)

プレリュード・リインカネーション

【静寂(1/1)】


 ◆――――◆ ◆――――◆――――◆ ◆――――◆


 地球が滅びる音を耳にしながらも、人類は殆ど無策だった。

 世界は砕け、大地は壊れ、文明は荒廃して個人と社会は断絶した。

 息も絶え絶え残された人々は人造の楽園=保護領アーコロジーに集められ、S.S.Sスリーエスと呼ばれる絶対の守護者を造りこれを頼った。以降の人類は、電気と機械でこしらえたS.S.Sの庇護のもと、地球環境の激変と大量絶滅を乗り切り、再度の地上進出、複楽園を夢見て長い眠りについた。


 長い眠りだった。

 長い長い眠りだった。

 そして長い長い月は過ぎて――――


 ◇――――◇ ◇――――◇――――◇ ◇――――◇


 途方なく深くてあおい空、途方なく広くてあかい大地。

 燦々さんさんと降り注ぐ陽光が狂ったコントラストで彩る原色の風景。ヒトの活動低下に伴い大気の不純物は一掃されたが、磁気圏の変動に伴って日光に含まれる紫外線は増加の一途を辿り、あらゆる塩基を焼き尽くす。地軸の歪みと大洋環境の激変に苛まれ、気圏には雲どころか霞一つ現れない。目に見えぬ放射能汚染は未だ半減期を迎え切れていない。

 そんな赤青二色せきせいにしきで塗りたくられた極彩色の風景に、際限なく、機械達オートマターズが火線を交える。それは虚無に等しい光景だった。


 カメラはそこへズームする。


 土埃を巻き上げ炸裂する徹甲弾、合間を縫って放たれたパルスレーザー、大本命の対物ミサイル――そのどれもが、鋼を焼き切るには熱量不足だった。

 稼働を停止した敵戦力の機械には、腐肉に集る羽虫の如く索敵機ドローンたちがたむろし、鋼材と精密機器を中心に腑分けしては持ち去っていく。解体作業が機械の中核コアに達したとき、告解とも辞世の句とも似つかぬコードを吐いて爆散する。巻き込まれた索敵記が無残な姿をさらす頃、次の前線からまた新たな機械たちがなだれ込んで別の戦局を奏で続けている。

 稼働を始めてから何百年、機械たちはこれをずっと繰り返していた。

 血の一滴も流れない、理想的な外交戦略の代替活動。


 喧騒の中心にそびえ立つジグラットの影が、直上の太陽を目指して黒々と伸びる。

 カメラはそこへズームする。


 その無限の陰に、蜃気楼と光学迷彩に包まれた多脚戦車Lo-Useが佇む。

 遙か遠方で繰り広げられる戦禍を睨み、場違いなパラソルを差して。


 僅かだが、その車体は規則正しく揺れていた。


 ◇――――◇ ◇――――◇――――◇ ◇――――◇


――<音声 バッファ ノ 再生>――


 フルヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ……

 フルヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ……


「――調子はどう?」

『まーまー』

「上手くいってるってこと?」

『姉御と姉様のナカぐらいかな』

「なによそれ、最悪じゃない」


 フルヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ……


『なぁに、バレゃしない 欠陥だらけの目は節穴、耳は馬当時風、木偶の坊のブリキ共はぶん殴られても気付きゃしねえ、死角セキュリティホールだらけだ』

「偽装工作は潜入の基本なのよ、仕事が甘いと被害を受けるのは――」

『安心しなって、ザル警備だし、見つけても条例がおっかなくて撃てやしねえよ。 姉御のオッパイと同じで、生体識別認証セキガイセンは丸出しだからな』


「す――好きでこんな穴だらけの服着てるわけじゃないわよ! 通気性のいい生地が足りなくて――熱処理問題さえどうにか出来れば――」

『おや? 当の姉様は大喜びのようだが?』


 フルヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ……


「――このヘンタイは無視なさい。 無闇に腰振って喜んでるだけよ、ん」

『ほーん――で、実際どうなん?』

「――暑苦しいだけよ」


 フルヘッヘッヘッヘッヘッヘ……


「全く、任務上がりにいちいちバックアップ取らされる身にもなって欲しいわ――やれアレを着ろコレを着けろ、そのくせに及べばムードもへったくれもない」

『察してやんなって 百年そこらゼロサムゲームにらめっこして限界までいきり立った超骨董品ゲンシジンと、何一つ容赦しねえ最新鋭機ミライジンを焚きつけてきたんだ、たまった分を性欲に変換してデトックスせにゃぁ、おっかなくってやってらんねえさ』

「その茶々入れを引き継いだご感想はいかがかしら、マイシスター?」

『ヒュー、スリル満点で今にもチビりそうだ。 帰ったら姉御もヒイヒイ泣かせてやるよ、二人掛かりでな――』

「――最っ低」


 フルヘッヘッヘッ……


『おい――ウソだろ』

「レーザー照射? なんで気がつかなかったの!」

「きゃあっ!」

『ありえない、電磁波妨害ジャミングは有効だ――侵入された形跡もない』

「それでも大問題よ! ああもう、アラートうっさい!」

「うにゃあ!」


機械的マシンナリーに狙って出来る芸当じゃねーぞ、偶然にしては――』

「いったぁ――もうちょっと優しくしてよ――」

「そんな暇あるわけないでしょう! ホラ、体勢建て直すわよ」

「え、なになに、どうなっちゃってるの?!」


『悪いな姉御――ツケは自分で払う』

「――ちょっと、アナタ!」



 ◇――――◇ ◇――――◇――――◇ ◇――――◇


 少年は目を閉じた。

 脳裏に響く情報群が


――<音声バッファ ノ 再生 ヲ 終了>――

――<対象物 ノ 熱状態 : 爆散炎上>――

――<対象物 ノ 状況 : 沈黙ヲ確認>――

――<哨戒偵察機 : 帰還 ルート ヘ>――


 爆散した超小型多脚戦車と割って入った戦闘モジュール、宙を舞うパラソル、熱反応の拡散具合――すべてまとめてアーカイブから消去。あとは観測データや事後解析シートを調して、あの場所に敵対勢力の伏兵を置けばいい。生態認証を観測する直前に射撃指示が出せば、反撃される隙も無い。戦闘用ですらを謳う本能プロトコルに縛られた機械たちには困難な芸当だ。

 

 少年は再びベンチに寝そべり、木洩れ日から差し込む柔らかな陽光を愛撫した。

「今時珍しい――どこの迷子だ」

 攻略対象の区画から逃げ出したのであれば、本来は保護対象だ。しかし非戦闘員の受け入れはリスクを伴う。

 そうこう迷っている間、哀れなことに《流れ弾》が眼前を掠めたのだ。そして自分は、心苦しくも機械たちの負担ストレスを軽減するために尻拭いに宛がわれたのだ。そう思うことにして少年は目を瞑った。

 

 少年と呼ぶには愛らしい顔つき、そして少女と呼ぶにはやや屈強な体つき。

 完全人アンドロギュノス人造人間アンドロイド、もしくは――


『おつかれですかえ? 管理官さんアンジェリ


 しわだらけの老婆が少年に微笑みかけた。

 視界の端にIDデータが開示される。この区域では2657番目に長生きの女性で、保護領全体では4768万1159番目だ。

 その順位はこの先もずっと変わらない。


「すこし休んでいただけですよ、マダムこそ、こんな時間にどうしたんですか?」

『いえぇ、お隣のシェパードさんがねぇ――赤ちゃんが泣き止まないって――』

 アンジェリは、この老婆がまだ幼い少女だった頃からよく知っていた。その彼女が、今では背をもたげ、子守シッターを頼まれる番が来たことに、微笑ましさすら感じていた。

 時間は万物に残酷だ、それを実感するアンジェリにさえ。


「困ったなあ、時間外の区画移動は、厳密には禁止行動なんですよ」

『なあに、たったの数十分で戻ってきますがなぁ、あたしゃぁ得意なんですよ』

「知ってます、じゃあ僕はここで寝てますね」


『おやまあ、子守唄も聴かずに寝付けるんですかぇ? あたしゃぁ得意なんですよ』

「知ってます、音っ外れも、三番目まで歌い続けるのも」

 老婆は朗らかに笑って、杖も無しにスタスタと歩き出した。アンジェリはその曲がったなだらかな背を見送ると、区画ゲートの開門コードを発信した。


 ここは保護領アーコロジー

 世界に数えるほどしかない、人類最後の楽園。


――<戦闘終了 戦術最適化リンク 解除>――

――<レーザー通信 全チャンネル 解放>――

――<対象 保護領システム 融合処理 ヲ 開始>――


 そしてアンジェリが守るべき絶対の領域。


 ◇――――◇◇――――◇――――◇◇――――◇

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