【Have we met ”Museum”?(1/4)】



 ◇――――◇――――◇


 黒煙を吐きながら、巨大な爆撃機がまっくろな飛行機雲を描く。

 何条も、何条も。まっすぐでまっくろで、どこまでのびていきそうな飛行機雲。

 は、帽子を脱いで汗まみれの黒髪をかき上げる。

 

 もし、ヒトがこの景色を見たらどう思うだろうか。

『大空をC・O・M・Bく』

 もっと詩的に言ってくれるだろうか。

 もっと素敵に言ってくれるだろうか。


 黒煙から舞い落ちる光り輝くものたちを見つめながら、

 少女はそんなことを考えていた。


 ◇――――◇――――◇

 

 全翼機C・O・M・Bは窮地に立たされていた。クラスター爆弾による波状攻撃からは難を逃れる術を見つけたが、最後の一陣が展開されたところで思わぬ奇策を打たれた。

――――多目的機棺ヴァリアブル・コフィン

 この存在をこれほどまでに煩わしく感じたことは無かった。その本質が人命救助にあったとしても、戦場で出くわせば不愉快な障害でしか無かった。負傷兵や危篤患者を収患する機棺は、プロトコルの設計段階から照準除外するように設定されており、現状ではどれほど狙いを懲らそうとも非照準アンロックが掛かる。


 その機棺が重武装をして、明確な敵意を持って襲い来る。冗談だと思いたかった。一世代は前のパルスレーザー砲をそこら中にまき散らして、露払いに明け暮れる哨戒機たちを蹴散らしてながら刻一刻と迫ってくる。応戦しようにも鉄火の雨クラスター爆弾が壁をして容易には対処できない。


「――呪うよ、アシモフ」

 開発者たちは総じてロマンチストで、初志貫徹がお好みだった。原則三カ条の全てに抗わねばならない状況を想定しておらず、打開するために労される手間より労働者ロボットたちの蜂起を恐れ、計画書プロトコルの冒頭に長々と叙情的ポエジーな爪痕を残した。それだけのことが何百年もアンジェリたち機械を縛った。

 まるで本物の呪詛のように。


『オラオラぁ! どうしたビビッてんのか?!』

『防戦一方じゃゲイが無いわよ、少しは楽しませて欲しいわ』

 管制室がを拾い続ける。相変わらずシステムの何処彼処どこかしこかにエコーが潜り込んでいるらしい。心理作戦だろう、乗るわけには行かない。


『少しは撃ち返しなって、だろぉがよ――――!!』

 アンジェリは奥歯を噛みしめ言葉を呑んだ。


 ヒトを撃てないわけではない。

 むしろヒトを撃つためにアンジェリは用意された。何百年も前に反保護領主義のテロリストまいごたちをしてきたのは他ならぬアンジェリだ。だが相手が機棺となれば話が変わって手間が掛かる。照準や熱探知の殆どは書き直さねばならないし、足を引っ張る形状判断オートエイムにもマスキング処理が必要になる。それをこの短時間で、規格も威力も損傷度も違う哨戒機たちすべてに施さねばならない。


 最も効果的なのは、存在そのものを認知させない状態で着弾位置の指定をし、という形で葬り去る、という筋書きだ。これならば攻撃対象に左右されず、非照準対象を排除することが出来る。

 しかし今、大地は無い。

 着弾位置を指定できる明確な標的が無く、乱気流域の最中、留まることを知らない振動をも考慮して動き回る的を狙い撃つのは至難の業だ。


――いや、待て、もしかして

 思考を巡らせて居る間にアンジェリは凄く単純な方法を思いついた。それはあまりにも単純で、簡単で、安直にして馬鹿馬鹿しかった。成功する確率はあるが、リスクも巨大だった。


――本当に、方法は他にないのか

 

 アンジェリは深くまぶたをつむり、強く唇を結んでから胸いっぱいに息を吸って吐いた。精巧に組上げられた肉体が膨らみ、肺の中に酸素が充ちる。

「――距離を取って対空防御、数は多くないんだ、全部焼き尽くせ!!」


 愚考を重ねたところで状況は変わらない。

 アンジェリは自らにそう言い聞かせて火線を上空に向け、襲いかかる鉄火の雨を薙いだ。たとえそのかいなからこぼれ落ちる滴に焼かれようとも、今はそうせざるを得ない。今は何より、時間を稼がねば。


 ◇――――◇――――◇


 先行するクラスター爆弾に続くこと二〇〇m。

 二機の機棺が、ほぼ自由落下速度で降下していく。


 つくづく不思議なことだ、と三女は思った。

 頭と体幹を除いた肉体のほとんどを失い、目も耳も機械仕掛けに互換して、日中の大半を機棺の中で過ごすようになってかなりの年月が経過するというのに、今自分が際限なく真っ逆さまにことだけはわかる。


『やっとその気になったわね、手間の掛かる子だわ――』

 気だるげな姉の声色とは裏腹に、戦況は過熱していった。


 標的と自機の間は四〇〇〇m近く離れているが、乱流に揉まれて予測落下コースはハチャメチャ。スリル満点のジェットコースターの間隙をパルスレーザーが飛び交う。陽動や足止めにばら撒いたクラスター爆弾はなびらの合間を縫うように貫く不可視の光線。それらは互いに触れると、爆風が咲き乱れる。僅かながらその波が機棺へと迫り、遅れて高機動戦闘機がこの惨状ダンスに乱入してくる。

 次女の舌打ちが狭い機棺に響いた。

『――やるわね、あのシャイボーイ』

「ほう、姉御が褒めるとは珍しい。 がお好みとは」

『――――最っ低』


 絶え間ない軽口は耳孔の奥底に仕込んだ骨振動器によって擬似的な『音』に変換して聞こえてくる。戦闘中の機棺でも会話をする手段はいくらでもあったが、それでも三女は原始的な方法にこだわった。電子感染ハッキングへの対策と、どんな状況下でも姉二人の声は生の鼓膜で聴いていたかったからだ。

 対して長姉はより原始的で効率的な方法を使ってくる。


『――わかったから、戦闘中も口うるさいのは止してよ』

「オウ、心配性のようだな」

『緊急用のホットラインで送ってくるの、ホンっト耳障りだわ』

 直後、甲高い耳鳴りに似た感覚。

「あ“ぁ――――こっちにも来たよ、すげーや、トイレの場所まで調べ尽くしてら」


 次女と三女の脳裏には、攻撃対象となる全翼機の克明な見取り図と内部図解が瞬きもしない間に送られてきた。どこを泳げば見つかるのか、日がな一日アンリアル世界を泳ぎ回っていたのは伊達じゃないらしい。

――――本当、お優しいこと。

 三女は人知れず笑みをこぼした。


 標的は目前に迫り、姉妹の視界を埋め尽くすほどに悠々と広がる。全長何百mと広がる攻撃機を前にして流石の三女もチビりそうになった。が、膀胱は既に機能低下しているので、衝撃緩和材をアンモニアで汚すようなことはなかった。

『彼我距離三〇〇! あと一歩よ!』

 

 ゴテゴテにデコった機棺は、その本体の三つ周りは巨大化している。しかし内実隙間だらけで、思ったよりも空気抵抗は少ない。そのままではバラ撒いた爆弾と心中しかねないので、増設した複合装甲の一部を展開して安定翼スタビライザーの代りにしている。


「ちったぁ待ってくれよ、やたら前に出るのはバストだけにしてくれ!」

『待つって何よ、落ちるだけでしょ、この機棺!』

「こっちは姉御みたいなじゃないんだ、落ちる速さが違う!」

自由落下速度でピサの斜塔から落とされたいっ?! っきゃあ!』


 間隙を突いて、を通過した戦闘機が迫る。軌跡を衝撃と爆風がなぞり、当の戦闘機も制御を失って墜ちてゆく。プロトコル支配によって直接的な攻撃が出来なくとも、付近を通り過ぎれば衝撃波をぶち当てるぐらいは出来る。

 つくづく相手は手強い。ただの機械でこういった芸当は思いつけない。

――なるほど、姉様が異常に警戒するわけだ。


『感心してないで援護なさい!』

「あいよ、筆下ろし3Pご指名、姉御とあらば即参上!」

『最っっっ低!!』


 煽りを受けた次女の機棺が態勢を崩しかけ、そのまま追加装甲を折りたたんで効果態勢に移った。まるで獲物めがけて突進する時の猛禽類の如きフォルム。実際は落下するだけなので、飛翔する鳥よりは風に乗った種子に近い――どちらも実物を見たことなど無いのだが。


 見る間に離れていく次女を見送って、三女は衝撃緩和材に一段深く潜った。

「――――ああは言ったがな、お人形くそがき


 三女の感覚野が機棺そのものと同調しはじめる。失った手足と眼がよみがえる。

 首筋に纏わり付く機器が機棺の装置と連動して、複数のアンプルを直接鎧椎メタルスパインに注入する。据えた匂い、潮の味、遠い耳鳴り、喉の奥の乾き、僅かなめまいと血の引く錯覚、焦燥感と多幸感――――背反アンビバレンスの集合体。

「ウチの姉御に手ェ出そうってんなら――」

 目の前に広がる真っ黒い爆撃機が溜まらなく憎い、纏わりつく戦闘機が訳もなく苛立たしい。今や点に等しいあの機影に全神経が集中する。鋭く尖った意識が、姉へと向けられた敵意の全てに反応する。


「相応に覚悟がいるっての、存分に思い知らせてやる!!」


 鎧椎が光り輝くと供に、享楽と怠惰に呑まれていた感情が揺さぶられる。

 今、

 彼女の内には愛しか無かった。


 ◇――――◇――――◇

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