【ロジカルエアフォース(4/4)】

 ◇――――◇――――◇


 既に、全翼機C O M Bの速度は飛行可能限界値まで低下していた。追い越しを譲られてICBMの弾頭は明後日の方角を目指すが、内部の子爆弾は推進力を失って減速。核を想定してかなりの距離を取ったつもりだが、このまま進めば小回りの効かない全翼機は鉄の雨に射たれて焼かれる。

 してやられた。

 大まかなコースと速度さえ捕まえられていれば、あとはばら撒くだけで事は済む。狙う必要など無かったのだ。攻撃者の正体は不明だが、少なくとも機械やマトモな軍人ならこんな手間の掛かる戦術を実行する訳がない。


「対空防御!」

 ゾーイは叫んだが、アンジェリは諌める。

「レーザーパルスの砲塔は機体下部に集中している!」

「なら機体を宙返りさせてでも――!」

「哨戒機に任せればいい! 爆弾が拡散しきる前に炸裂地点より上に上昇すれば被害は最小限に済む!」


 口論の最中でも全翼機は進み、砕け散った集束爆弾の群体クラスターが秒を追う毎に広がってゆく。こんな所で時間を浪費しては、とアンジェリは大いに焦った。


「残りのICBMも同じ手を使ってこないという補償は?!」

「少しは積み荷のことも顧みてくれ!」


 【積み荷】と聞いて、ゾーイは訝しんだ。

「解析装置と警護のモジュール以外に、何を運んでいたんですか?」

「――ゾーイ、今はよそう」

「――――何を、隠しているんですか?」

 食い下がるゾーイに、アンジェリは厳めしい顔つきのまま近づくと、力技で唇を奪う。アンジェリの舌がゾーイの歯を強引にこじ開け、絡める。粘液同士の電解質接触を通じて直接送られたメッセージは決して外部へ漏洩しない。急を焦ったかアンジェリはあっけなく明かした。


(――目標保護領の統治システムが生存し、独立自主権を放棄せずに、何らかの理由でこちらへの攻撃意志を抱いた場合、応戦の必要がある。 我々の機械化旅団は完全自動化を果たしているが、向こうは現地住人がいる異常、人的損害も想定しなければならない――)

(人命保護を放棄して 隠蔽するおつもりで?)

(見て見ぬ振りは出来ない――手間取ればそれだけ資源は浪費する。 元より我々の保護対象外だ、どう転ぼうとも知ったことでは無い――システム全体の事を考えれば、資源確保の方が優先されるべき事なのは自明の理だろう?)

 ゾーイは、侮蔑するような眼差しでアンジェリを見た。

(――S.S.Sの同調サイバネティクスから逃れられると?)

(抜け道はいくらでもあるのさ)


 失礼、といってゾーイはアンジェリから離れた。アンジェリは声を荒げながらも訴え続けた。その間も時々刻々とクラスターの雨は近づいてくる。二度、三度と衝撃が押し寄せる。軟性安定翼により風の煽りを最小限に抑えて子爆弾は泳ぐように全翼機へ向かって

 これ以上議論している余裕などなかった。

「――システム、緊急モードへ移項、上部ハッチの展開急げ」

「ゾーイッ!」


「降りかかる火の粉を払わないヒトは存在しません――パワーローダーと予備のパルス砲身を

 アンジェリは無言でゾーイの溝内辺りに手を伸ばし、低威力の電圧を加えた。鎧脊と接続した機器が稼働を停止、即座にシールドウェアが加圧を下げるべく反射作動。各所が発光すると同時にゾーイ当人も一瞬だけ意識を失うと、隙かさず送り込んだ隠しコードによってゾーイを眠らせた。


「――――くそやろう」

 ゆっくりと萎えていく声帯を振り絞って、怨みたっぷりにゾーイは呟いた。


「悪く思わないでくれ――今この機体を落とすわけには行かないんだ」

 ゆったりとゾーイがアンジェリに倒れ込む。全身の人工筋肉が緩み、呼吸と循環器と最低限の反射機能だけになった少女はまさしく魂の抜けた人形のようだ。同時に己が身の正体を見せつけられているようで、アンジェリは不愉快に思った。


 管制室の後部に設置された脱出用の機棺を起動させると、ゾーイをコアユニットに接続させた。揺籠か、棺桶か、鋼鉄製の一人用箱船アークに収まった少女の双眸を閉じさせてアンジェリはメインデッキへ踵を返した。

「現時点より作戦コンサルティングを開始する」

――――アンジェリは心の中で唱えた。

 まるで祈るように。

「『最小限の労力、最大限の公益』だ!」


◇――――◇――――◇


『ありゃ? 仲間割れ? 喧嘩別れか??』

『ちょっと、映像出てるなら回しなさいよ』


 管制室の制御権を取り戻してから、アンジェリは逆探を試みた。音声は数秒ほど前、真っ最中の時のモノだ。コンマゼロ秒ほどの手間もかからなかった所を鑑みると、捕まえたと言うより掴まされたと考えた方が妥当かも知れない。

 乗ってたまるか。アンジェリは憤慨の一歩手前でこらえた。


『ン十個はあった発令コードが一元化した――気をつけろ姉御、を力技でねじ伏せるような輩だ』

『お人形の家でもDVか――親の顔が見たいわね』

 親ァ? 間抜けそうな声色だ。

『どーせジョブズの孫世代と愉快なお仲間たちだろ? 見飽きたよ、オレぁ』

 コイツらは、機械ではないのか?

 アンジェリは声の主たちと沸き立つ疑念を無視して強制再起動や初期化処理を最高速で実行。誘いには乗らないと言わんばかりにログを切り捨て、管制室の情報処理システムを再編成させた。哨戒機の解析と抗体注入の経路を利用して、管制室のスピーカーにまで潜り込んできている。

 中継機には例のICBMが活用されていた。これで荷物が核でないことはほぼ確定したが、どこまでふざけた連中なのだと唖然とした。


 追撃せん、復讐せんと勇む気勢を諌めて、アンジェリは制御権の生き残っている哨戒機のうち足の速い何機かを先行させ、残りの全機体を全翼機の影に集める。

 反撃手段を守るために、防衛対象を盾にする。だったが、アンジェリは勝算があると踏んでいた。何しろ相手はこれ以上の危険な蛮策で来ている。

 機械には似つかわしくない判断だと自嘲しながらも、確立博打に強いのはいつだって機械の方だと胸の奥底ではほくそ笑んだ。


 一秒と少しもせずに、先行した哨戒機が爆弾の雨風へ空対地ミサイルをたたき込み、着弾の一寸先でレーザーパルスを発射した。不可視の熱線がミサイルを射貫き、瞬く間も無く火を噴いて爆ぜる様を、アンジェリは哨戒機のハイスピードカメラ越しに見つめた。

 入射角度、タイミング、供に異常は無い。

 やれるはずだ。

 程なくまき散らされた爆風と破片がクラスター爆弾の最前列を叩きつけ、釣られて誘爆を引き起こす。前列の爆散に連鎖して次列、その奥と花火を上げる。ナット大に散り散りになった破片が哨戒機をズダズダに引き裂き、エンジン部と搭載火器の誘爆がおきると、近辺を通過しつつあるクラスター爆弾の子爆弾が爆風で軌道を乱した。

 使える、これなら行ける。アンジェリは胸をなで下ろす心地だった。


『――味なマネを』

 再び悪意の根を張りつつある管制室のスピーカーから出るノイズ雑じりの怨嗟が、アンジェリを密かに昂揚させた。


◇――――◇――――◇


 続いて二段、三段と空爆は繰り返されたが、アンジェリはそれを奇策で跳ね返した。哨戒機による迎撃も、帰還成功率の高い方法を選んで再施行性を上げた。乱気流域を活用した空力や操舵による回避も試みられるようになった。当初ゾーイが実行しかけた、上部緊急ハッチからパワーローダーとパルス砲身による直接迎撃も大いに戦果を上げた。

 どんなもんだよ、とアンジェリは時を経る毎に昂ぶった。

 今や邪魔立てする老兵たちも脅威ではない。完全無人機スタンドアロンの撃墜確率は、接的機会エンカウントの数に比例する。どれほど精巧に形作られていようとも、多かれ少なかれ無人機には思考パターンが存在する。量子演算器を備えた全翼機とヒトの頭脳を再現したアンジェリには造作も無い仕事だった。


骨董品アンティークどもがッ!」


 アンジェリは昂揚のままに叫んだ。本来あり得ない、空爆機による空爆の対処を可能にしたのは、ひとえにアンジェリの特性さいのうによるものだった。ヒトを似せて形作られた代行者が、ヒトと同様の柔軟な思考力が実戦で存分に発揮された瞬間でもあった。

 たとえ本質が機械であれ、『心』がそれを喜べずに居られようか。


 主人たるアンジェリの気勢に圧されてか、無感染哨戒機たちは猛禽の如く老兵と残るクラスター爆弾を屠り続けた。より効果的に、より効率的に、纏わり付く羽虫たちを撃ち落とす。ミサイルから距離をとる毎に航空速度は低下して、今や高度は五〇〇〇に迫り、既に自由落下コースも間近だったが、軟着陸用の補助ブースターがあれば活路はまだ作れる。

 全翼機は大空を我が物顔でゆったりと進軍していった。


『――姉御、なかなかどうして、やるぜあのお人形チャン』

『伊達に何百年としてたわけじゃなさそうね』


 管制室に響く声。同時進行マルチタスクで再構成処理した電子防壁から、音声情報だけを拾って来る。逆探再侵攻による反撃へ出るには十分な態勢を整えつつあった。アンジェリは意を決して火中の栗を拾う思いで中継機にダイブを試みた。


 最後の二つに追い込まれた大陸間弾道ミサイル I C M B 。内一基の再照準システムに潜り込む。驚いたことに20世紀の家庭用ゲーム機を活用している。ほとんど、落下軌道の僅かな制御ぐらいしかできない。これでは炸裂位置の選定や無人機の制御などが説明出来ない。

 そうやってアンジェリが内部構造の解析に数コンマ秒の時間を要している間に、疑問を吹き飛ばすほどの場違いな文字列を傍受した。


「――馬鹿な」

 ほんの一秒もない間、アンジェリは当惑してしまった。

 核が収まるべき暴力の玉座に、本来あり得ないモノが格納されていたからだ。


――――<生体 反応 : 検知 二名>――――


『ほぉーう、流石のお人形も少しは照れるか』

『シャイね――なら、お披露目といこうかしら』

 管制室のスピーカーが下卑た笑い声を伝えると同時に、全翼機の遙か上空でICMBがザクロ状にはじけ飛ぶ。先に開いた一つの中身は前と同様の集束爆弾だが、もう一つは実に対して巨大すぎる種を吐き出した。


「――――まさか、こんな空域で!」

 管制室のメインモニターは、アンジェリに不都合な事実を叩きつける。


――――【機棺ヴァリアブル・コフィン】。

 国際法で攻撃が禁じられ、補則した段階で最高レベルのセーフティが掛かる旧世紀の遺物。

 それをむき出しの状態で、ゴテゴテの戦闘モジュールが無数に括り付けデコられている。元来冷蔵庫ほどのモノが装甲車サイズに膨れ上がったソレは、黒く、冥く、重く、そして大雑把すぎた。

 そのまさに鉄塊と呼ぶべき代物が、鉄火の雨を纏って降りてくる。撃てるもんなら撃ってみろと言わんばかりの、明確な悪意と供に。


「迎撃準備!」

 号令と供に哨戒機たちは鉄の雨に突貫する。が、唯一機棺への照準だけが定まらない。コードの上書きが済んでいない哨戒機たちにはを撃ち落とすことをためらう。アンジェリが苦肉の策で手前の爆弾群へ照準を合わせるが、機棺は見計らっていたかのように

「馬鹿な!」

 戦闘モジュールを展開した機棺は、さながら翼を広げた黒い魔物の様であり、おあつらえ向きに増設された複合センサーには、不気味に明るい一つ目が輝いた。装甲とスタビライザーを兼ねる一対の翼には図太いサスペンションが複雑に絡みつき、その下に左右一対の伸びる細長い前肢。先端には極めて見慣れたパルス砲身が束ねられて接続され、直下目掛けて真っ直ぐに伸びる。


 全翼機の各所にロックオンが刻まれてゆくが、反撃手段は無い。そのような裁量権をアンジェリは持ち合わせていない。

 箱船からこぼれた獣たちが地獄の底に追いやられ、煮えたぎる釜の中で溶けて混じって産み堕とされた悪魔的合成獣キメラ。必要以上に感性を研ぎ澄まされたアンジェリの脳裏にはそのように映った。


『お色直しに時間掛かったんだから、存分に堪能して頂戴な、童貞男子シャイボーイ


 艶っぽい挑発の言葉と供に不可視の熱線が全翼機を襲った。


 ◇――――◇――――◇

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