【アフリカン・クリスマス(3/3)】
◇――――◇――――◇
地上から三万六千kmも伸びる軌道エレベーターの玄関口。
その鋼鉄の番兵たちを、艦砲射撃が打ち砕く。
あとは僻地の警備なので、さほど労ではないだろう。
小型で高出力な
正面玄関を壊されて、放棄されていた警備システムたちが目を覚ます。入眠中に侵入し施されたトラップの影響で、
詰め込めるだけの武器を載せ、次女は高速揚陸艇のエンジンを思い切り噴かす。爆音と飛沫をあげ、虹のアーチを突き進む。
遠方の水平線に幾つかの船影。そこへ無数に沸いて出てくる警備モジュールたちが群がっていく。自動操縦に切り替わったブラフの貨物船たちが連携しながら遊動する様は、資料映像で見た漁の風景にも思えた。
◇――――◇――――◇
武器弾薬を載せた台車は自動運転で次女の後ろをついてくる。残骸と化した警備ロボットたちにタイヤ痕を刻みながら、一人と一台の行軍は粛々と実行されていた。
ソマリア海の軌道エレベーターが建設を放棄された理由は他にもある。地軸の歪みで赤道線から外れる恐れがあったからだ。遠心力効果の計算値が崩れれば、最悪倒壊の危険性すらある。それでも衛星軌道まで着工し続けたのは北米大陸経済圏からの自活――
「――今さらアラビア文字とキリル文字で世界を作ろうったってねえ」
次女は流体眼球の
先の次女の言及をもってするならば、こちらはアルファベットで世界を作ろうとした好例だ。
「――されどバベル倒壊より以来、世界の言葉が一つになった試しはない、か」
次女は、隔壁に残った古い血の手形を見つめながら呟いた。
その鋼鉄の扉が開くと同時に、押し寄せる自動機械の群れを次女は鉛玉の雨で薙いだ。
もとより
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S.S.Sのメインサーバ。
世界で唯一完成できた静止軌道基地は、この果てしないクリスマスツリーの頂上と同じ高さにある。秒速三kmで地球軌道を周回し、世界を見下ろす黒幕の住処。連絡回廊として建造された
非常識な上に非人道的だが、C.C.Cそれを実現させるために姉妹は鋳造された。改めて創造者たちの悪趣味さを痛感しながら、これが見納めと次女はモニターの数値を凝視した。
現在の高度は10km。間もなく対流圏を抜ける。
気圏の底に渦巻いていた常識、気温と湿度、気圧と重力。それらがこの小さな箱の外では一切通用しなくなる。時々刻々と、自分の知っている世界が遠ざかった行く。外部カメラの映し出すメインモニターの光景は一面に広がる雲の上、一足早く天国の光景を見ている。
地表の半分は闇に呑まれ、無限に続くクリスマスツリーの麓では煌びやかな閃光が走る。最大望遠で観測したところ、一部シャフトが破損したらしい。自分が『いい子』だと思ったことなどないが、サンタさんが黒炭よりも素敵なプレゼントを渡す未来は確定事項。キリル文字世界の設計者よりも地球の遠心力が優秀なお陰か、倒壊の心配は無いようだ。
空気密度の低下に伴い、軌道エレベーターの加速度は増してゆく。一秒ごとに地上から遠ざかり、その都度、世界は徐々に縮小してゆく。モニターに目を凝らせばそこかしこに見知った土地の座標が追加されてゆく。えぐれた希望峠、薄汚れた紅海、枯れ果てたナイル川、
二度と見ることの無い景色。
馬鹿馬鹿しい――五千mから降下したこともあっただろうに。
だがあの時は脱出救命用の
「――寂しいって、こういう事なのかしら」
少女は、独りごちる。
思い返せば今まで、完全な孤独になることなど、なかった。
どんなに煩わしくても、喧しくても、五月蠅くても、隣には誰かがいた。血肉を分けた
僅かばかりの装備から始め、弱勢力の
合間あいまに繰り返される、残酷すぎる自分たちの
けれどどんなときでも、姉と妹がそばに居た。
長姉の涙が、末妹の笑いが、次女の心の支えとなった。言い難い感情を代弁し、己の使命と設計意図を再確認できた。そのために群れていたのだとしても、そこには確固たる信頼が生まれた。
――ヒトはこれを愛と呼ぶのだろうか。
されどその愛を振り切って、彼女は
「――――最っ低ね、私って」
過剰な
モニターの端に光の帯が見える。かつて極圏でしかお目にかかれなかったオーロラは、今や熱圏異常に伴って地球全体で見受けられるようになった。
――<
――<S.S.S カラ 非常警告>――
――<非通知使用 ヲ 確認>――
――<即刻停止 拿捕スベシ>――
あらかじめセットしておいたアラートの発動と同時に、電子戦が始まる。国際協定で取り決められた宇宙高度を突破したことで、締結されていた不可侵条約を無視してS.S.S側が攻勢に出る。次女は台車下部に固定された無数の演算端末を起動させ、エレベーターの主権を地上の管制システムから昇降機そのものに奪取させる。それと同時に昇降機はさらに加速し、見る間に目的地へと近づいてゆく。
「――何よ、感傷にふけるヒマもないの?」
次女は全面防護のヘルメッタルを着用し、少しばかりの重みを感じる身体を立ち上がらせた。
高度は三万kmを通過。間もなく静止軌道基地が見えてくるころ。
あとは僻地の警備なので、さほど労ではないだろう。
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