【Have we met ”Museum”?(4/4)】
◇――――◇――――◇
『目標ノ生体レベル、低下傾向ヲ認メル――無力化措置:完了 通常モードヘ移項します」
『ヒトの撃ち方』は間接的にアンジェリから学んだ。隠しコードの解除の仕方も、その身で味わった
今一度大空を見上げ、ゾーイは一足先に『自由』を手に入れた
一瞬、傷口から伸びた赤い筋が揺らめいたかに見えたが、それは直ぐに幻だと気付かされた。ヘリポートそのものが、先の衝撃で沈み始めている。僅かな揺れがさざ波と呼応して、海面に流れ出した血流が揺れるのだ。
「ここも時間が無いか」
ゾーイは戻る手段を失っている。
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そこに到るまでの殆どを、ゾーイは
ゾーイが機棺で全翼機から射出されたとき、彼女は眠りから覚醒した。たたき起こされたと表現した方がいい。強すぎる振動が搭乗者の許容値を突破し、国際規定に基づき近隣の人命保全機器へのSOSシグナルが発せられた。皮肉なことに最もそれに適して、最も機棺に近かったのは、それ自身に搭乗させられていたゾーイだったのだ。
一つ二つとアンジェリの
それがやっと米粒大に迫ったとき、ゾーイは、その異様さの原因に到る。
ひどく真っ赤で大きなビーチパラソル。
戦況に対してあまりにも平和的なのだ。
◆
異物に対して悟られまいとパラシュートを開かなかった為に、機棺は驚くほど深く鋭く潜った。着水時の衝撃は酷く、生身はミンチからスムージーに、機械でも鉄クズになる程であったが、最新鋭機の機棺はそれに耐えた。
安定翼は失ったが、入射角と重量の関係上軟着底することが出来た。水没都市の旧市街、目抜き通りだった筈の四つ辻。破損を免れた数少ないカメラで捉えた四方の光景をアーカイブと照合させて経路を割り出す。ヘドロに塗れた思い出横丁は至る所シャッターが立ち並び、水没直前の経済的状況が芳しくなかったことが窺える。
機棺に海中での推進機関は装備されていなかったが、ゾーイは生き残った作業用アームを器用に動かし、機棺を水棲昆虫のように
アーカイブから広げた地上地図と、駅構内で入手した経路図を照合しつつ、『彩』を見かけた地点へと向かう。予想が正しければ、郊外の丘陵地帯に開発途中で頓挫した高層住宅街があるはずだ。観測や狙撃に適した整地を確保し、水没を免れる地域があるとすればそこぐらいだろうとゾーイは睨んでいた。
水没を免れた搬送路に機棺が接続する。備え付けられた対流帽を被せ、ゾーイは残る電力を振り絞り、電磁カタパルトに通電させた。
◇――――◇――――◇
水死体を見るのは初めてになるが、別にどうという感情はわき上がらなかった。ゾーイが自らを人形と認識すればこそ、動かなくなった肉塊を
波に短い黒髪が揺れる。
両手を広げて天を仰ぐ少女、薄緑色の眼が海の中から空を見上げる。
ヒトならこの光景を『幻想的』と例えるだろうか。
ゾーイは哀れな少女の形をした水死体へ近づき、自分で刻んだ銃痕から漂う赤い液体の揺らぎをまじまじと眺めながら唇を震わせる。
「現場検証開始、録画モード 視野狭角、立体視 最高解析度」
言葉に合わせて
母機である全翼機を失った以上、現場の情報はS.S.Sの代理人を務めるゾーイが担うことになる。可能な限り生の情報を残すために、不要な
ゾーイは水死体の軍靴を無造作に掴み水辺より引き上げるが、傾斜したヘリポートの構造上留め置くことが出来ないため、已むなく腰を下ろし立て膝に枕させて検分を開始した。
「比重レート計算――規定値を超過、推定:戦闘用サイボーグ」
傍目には、いわゆるお姫様抱っこの姿勢だ。
「着弾三発、左胸部一、頚部一、前頭部一。 頭蓋破損、頚部コネクタ破損により鎧脊は一時的に機能停止。 シールドウェアの展開を確認するも、鮮度不足でナノマテリアルの進行は遅延――ウェアの改造により表面積が著しく不足、理由不明」
ゾーイは
「胸膜破損、人工心肺稼働停止、これより電気ショックによる機能停止を試みる」
抱えた方の掌を死体の右胸に当てる。柔らかい感触が広がるがそれで何かを感じるわけも無く、ゾーイは両の手の内にスパークを放つ。
一瞬だけ、死体の四肢が震え、内股から薄黄色の体液が漏れ出す。首が垂れ下がりそうになったが、鎧脊がそれを留めた。
意も介せずゾーイは次の作業へ移る。
「頸動脈、損壊なし、鎧脊強化によるものと思われる。 頭蓋破損、一部陥没。
次にゾーイは頭部の傷痕に指を入れ、頭蓋骨の内側から脳の一部をこそぎ取った。
「――大、殆どが
濃淡のあるピンク色の半固形物を陽の下にさらす。掌に移して、力一杯握りしめる。ゾーイの拳の隙間から白濁した液体が煌めきながらしたたり落ちる。
ナノマテリアルの輝きだ。
「純度不明の
青空を背景に佇む多脚戦車は、虚空に向かって砲身を伸ばしていた。
「攻撃手段――簡易生産多目的多脚戦車『Lo-Use』を使用、カウル形状から恐らくシチリア製ライセンス生産――地下抵抗武装組織の
奇妙なデザインだった。資料の一関として脳裏に刻まれた二輪車両に似ている。車体の左脇に接続されたコックピットブロックはそのままサイドカーにも見える。
機外に移された座席部には使い込まれた形跡があり、各所が美事に摩耗していた。
その先に敵影はない。ただ虚しく機塊が佇むだけである。
「砲身は長射程パルスレーザーユニット。 けだし通信機として改造した模様、電圧負荷に耐え切れず銃身が焼け付いている――これがエージェント・アンジェリを撃った時の物と推定。 長期間、兵器としては使用されてこなかった可能性大」
機体システムは生きており、これを持ち帰れば『敵』が何者であるかを知る事も出来ようと踏んだが、ゾーイは華奢でありすぎた。この巨体を持って運ぶには最低でもパワーローダーが一台は要る。全翼機が失われ、機棺の電力が底を点いた今、それらも含めて本地からの救援が来るまでの待機期間をどのように過ごすかがゾーイの課題だった。
ふとその時、ゾーイはコックピットの存在に着目した。長期使用を考慮しているならば、待機用の設備が整っているかも知れない。動力が無くとも、風雨を凌ぐカプセル程度には使えるかも知れない。
「追述――コックピットブロックのハッチ開閉を試みる」
◇――――◇――――◇
――ずぶっ
◇――――◇――――◇
「――は?」
意図せず口から漏れた、間抜けな声。
それが自分の物だと認識するよりも先に、ゾーイは己の肉体が後方から貫かれていることへの違和感を覚えた。単体で、シールドウェアを貫くような鋭い運動ベクトルが自然界に存在するはずはない。少なくともこの海にそんな激しい動作をするモノが居るはずが無い。
「敵――襲?」
みぞおちの当たりから『なにか』が突き出ている。細長く、針金のように堅牢だが赤み掛かった『なにか』。薄く白濁した液体でてらてらと輝いている。ナノマテリアルの輝き。滴り落ちる循環液は間違いなくゾーイの物で、何らかの手段でシールドウェアの防護凝結を阻害している。
ゾーイは敵と対峙すべく振り向こうとするが、次いで次弾、三弾と魔の手が伸びてゾーイを貫く。心臓と、膝関節。無造作に思えた初弾よりも正確さを増しており、最後に首筋を掠めた一撃が鎧脊の機能を停止させた。やっとの思いで上体をひねり、ゾーイは後ろを振り向いた瞬間――
血で塗れた屍が立っていた。
うつろな眼でこちらをうかがい、不敵に微笑んでいる。
戦慄がゾーイの鎧脊を走った。既に距離は八mまで迫っていた。
右肘がサイドカーの中に落ちたとき、柔らかく、生暖かいモノが指先に触れた。
「――――ッ!!」
次いで、『それ』が腕に絡みつき、凄まじい力で締め上げ、引き
「こいつ、何で!」
ゾーイは力に抗いながら、無人の筈のコックピットを恐る恐る覗いた。
それらがゾーイの細い腕を飲み込むと、一斉に収縮して一気にゾーイをハッチの中に引き揚げる。車体全体が大きく揺れ、ゾーイはそれに乗じて逃れようと身を捻る。だが『なにか』は瞬く間に残りの手足を縛り付け、ガッチリと固定する。全身を舐めるように
「――――ッ!!」
鎧脊が外され、シールドウェアが全機能を停止する。傷口に、『なにか』がむらがる。支柱を失った四肢が、超人的な躍動力を失った瞬間に、ゾーイは己が人形では無く、か弱く儚い一つの命だったのだと思い知った。
「――――痛くはしない、なるべく」
ハッチの向こう側から、人影が近づいてきた。やがてそれは、コックピットにゆっくりと侵入してくる。
声はおろか指一本動かせぬおぞましい状況で、逃れられない危機を目の当たりにして、ゾーイは完全に気が動転していた。
それは、小動物が捕食される間際の恐怖に似ていたのかもしれない。
「――――電子的な同期はしない、だから、キミは守られる」
侵入者は、相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。顔の半分は己の血で塗れている。傷痕は全て塞がっていた。ウェアの装着されていない首や、脳が丸見えだった頭部まで、あの『なにか』が塞いでいた。
「アナタは――いったい――――」
その先を言おうとしたとき、ゾーイの唇は目の前の少女のそれによって塞がれた。
生暖かい粘液が、ゾーイの中に侵入してゆく。
「ごめんね――キミを使わせて貰うから」
やがて二人の影が収まったとき、ハッチは閉じた。
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