【UN DO(1/1)】

 ◇――――◇――――◇


【QOLに基づくシステム統合介入計画――――状況成果リザルト

【ミッション:成功=五 失敗=一】

○敵性保護領支配領域への進軍――――完了

 補則事項:第二次進駐師団全軍帰還予定時刻――――約八二七時間三九分後

     :哈剌和林遼道カラコルムラインペイロード効率評価=低(全翼機有用性値:再評価段階)

 補則事項:立案当時の敵性保護領 勢力過大評価傾向を認める

○敵性保護領機械化部隊の迎撃、殲滅――――完了

 補則事項:自動防護機構オートガード発動せず 原因不明

○敵性保護領のシステム併合作業――――完了

 補則事項:統治システム=99.8%でS.S.Sと構造一致

      攻勢侵入時から抗体反応アンチシステムの活動を認められず 原因不明

      統合型疑験アンリアルシステムに侵入の痕跡 事故原因捜査と併せて解析中

○爆発事故原因――――目下調査中 レポーティング作業続行


●敵性勢力迎撃任務――――失敗:続行は可能


【総評――――任務:続行可能】



【損害レポート】

全翼機C.O.M.B:損失

ハード:戦闘、および空中分解により全壊

    残骸物の再生利用可能性リユーサビリティ:低(サルベージ作業なし)

ソフト:ブラックボックス、三時間海上を漂流後、回収分析

    中核システムに敵勢力マルウェアの感染可能性大

    (バックアップデータ復旧率:89.5% ネットワーク感染なし)

補則事項:活動可能な全翼機 残存なし


●機械化部隊:損失

補則事項:使用火器、重機=八〇%は廉価生産Lo-Use

     損失による戦略評価値低減見積もり=中程度

     エージェント・アンジェリに再評価


○登録名「エージェント・アンジェリ」:活動継続可能 一部精密検査の必要性あり

 損害状況:肉体ハード喪失、再製造中

      精神ソフト復元中サルベージ

      備考:副意識サブ・イドに何らかの改竄クラッキング痕あり

○登録名「エージェント・ゾーイ」:活動継続可能 一部精密検査の必要性あり

 損害状況:肉体ハード損傷軽微 

      精神ソフト=錯乱沈静化 保護観察状態

      備考:自己復元時にエラー発生の可能性を危惧 精査中

         発見時、機棺格納状態から三六〇時間が経過

         機棺内部に未知の生物体細胞を確認、検査中

・――――――

・――――

・――


 ◇――――◇――――◇


『あら、お疲れかしら? 管理官さんアンジェリ


 快活な女勇者が少年に微笑みかけた。尖った耳と煌びやかなブロンドが目を引く。

 アンジェリは、豪奢な高椅子から滑り落ちそうになるのをなんとかこらえて、膝に落ちた丸眼鏡をかけ直した。視界の端にIDデータが開示される。この区域では2657番目に長生きの女性で、保護領全体では4768万1159番目だ。

 その順位はこの先もずっと変わらない。


『管理官でも居眠りってするのね』

「いいえ――すこし、休んでいただけですよ。 それより勇者さまこそ、こんな時間にどうしたんですか? 大討伐要請の発動はまだ大分先のはずですが」


 アンジェリの問いかけに、目の前の女勇者は気だるげな素振りで返した。

『いやねぇ、聖騎士中央組合コンチネンタル・ギルドがマトモに取り扱ってくれないのよ、いくら私が歴戦の勇者と戦場を共にしたって言っても、杓子定規の聞く耳持たずで――』


 アンジェリは、この勇者がまだ幼い少女だった頃からよく知っていた。その彼女が、今では名うての騎士団長パーティーリーダーにまで成長したことに、微笑ましさすら感じていた。

 当人は全く意識しなくなっているが、実年齢はアバターのそれを遙かに上回っている。

 時間は万物に残酷だ、それを実感するアンジェリにさえ。


「困ったなあ、規定を破ったら僕の立場が危なくなるんですがね」

『何言ってるのよ、魔王軍は帝都のすぐ目前まで来ているのよ? 今ここで装備を固めておかないと、組合も協会も帝王府もタダじゃ済まないんですからね!』

 鼻息荒く煽りつつもどこか自慢気な女勇者。

 どうやら、手に入れた特S級の装備に不満があるらしい。


(――――その程度のことで、こんなに騒ぎ立てるのか)


『ねえ、お願い。 絶対次の出撃で解放条件は揃うの、いえ、絶対に揃えてみせるわ だからちょっとだけしてよ、私らの実力知らないわけでもないでしょ?』

 クラスが上がる毎に意味も無く、露出が増えてゆく装備。現実的に考えれば防具として着ることすら不可能な構造と耐久性を、すべてまかっていると言う。やたらと煽情的で、胸の谷間が強調されるデザインとなっている。


 アンジェリは、全翼機での己が最期を思い返した。

 心の奥底に、冷たく燃えさかる炎を感じた。


「知ってます、じゃあ僕はここで寝てます」

『サンクス、やっぱりアンタは話の分かる管理官だね』

 目の前の似姿アバターは知らない。アンジェリがその胸中に怒りが潜んでいることを。


『ああそうだ、帰ってきたら歌を聴かせてやろう――どんな悲惨な戦場でも諦めない精神が湧き上がる――――』

「ああ、知ってます知ってます、音っ外れも、三番目まで歌い続けるのも」

 勇者は少し残念そうに溜息をつくと、色とりどりの高価そうな装備を身につけた美男美女の大群を引き連れて、杖も無しにスタスタと歩き出した。アンジェリは一団の背を見送ると、区画ゲートの開門コードを発信し、再び座椅子に背を預ける。

 

 程なく煌びやかな魔方陣が彼らを包み、虚空の彼方へと転送する。豪奢な椅子が立ち並ぶ管理監席の正面にそびえ立つ、国王像と王女像の間へ転送先の情景が映写されると、組合所に屯する多種多様な人影が色めき立つ。


「――――子供だましアンリアル

 もの一つ言わぬ同業者達を一瞥してアンジェリはそう吐き捨てた。


 肉体に先行して復活――より正確にはしたアンジェリの精神ソフトウェアは、未だに査定から解放されていない。回収された全翼機の中核ユニットブラックボックスには、どう言うわけか戦闘直後までの記憶が保管されていた。

 結果が出るまで正確なことは分からないが、とにかくそれまではヒト感覚であと何百、何千時間もの間、この『お遊戯しごと』に付き合わなければならない。くり返し、くり返し、大して変わらない台本を繰り返す大根役者達の群れを相手に名もなき小役人NPCの役を演じ続ける。大幅に制限されたアクセス権、数値と関数の集合でしかない世界に戻されて、天使アンジェリは初めて『重力こそが最大の自由』だと思い知るのだった。


(ゾーイ――君は今何処に居る――僕は君に会いたい)

 アンジェリは初めて、目頭が熱くなる思いを覚えた。


 ここが保護領アーコロジー

 世界に数えるほどしかない、人類最後の楽園。

 そしてアンジェリが守るべき絶対の領域。


 ◇――――◇――――◇


【M.M.M《スリーエム》――――状況成果リザルト

【ミッション:成功】

◇S.S.Sとのアクセスポイント――――状況:制圧完了

◇アクセスポイントの秘匿化――――状況:工作完了


【損害レポート】

◇M1:小破  頭部、内循環装置損壊 頚部コネクタ破損

    ナノマテリアル、微量低減(活動に支障無し) 補充用再生産開始

    備考:作戦中、S.S.Sの人造人間ガイノイド接触ディープコネクト

◇M2:生還 准待機

    強襲形態への改装を開始。施工が終了するまでの間、現状を待機維持。

    備考:シールドウェアの補填希望 合計六五七回目

◆M3:機棺諸共大破 実体マテリアル喪失

    複製体バックアップ作成中サルベージ 活動は後援に限定

    備考:M1のメンタルバースト軽微

【総評――――任務:続行可能】


――〈 提言 受領 〉――

――〈次点任務 発令〉――


王冠クラウン基地ベースの占拠】


 ◇――――◇――――◇

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