【Have we met ”Museum”?(3/4)】
◇――――◇――――◇
通信は途絶えた。実に微弱だった。
射撃要請が、そのまま遺言になる。
「――――ねえ」
答えは無い。
その昔、誰かが言ったのを思い出す。『答えは風の中にしかない』と。
遙か遠方に臨む激戦の舞台は、あまりにも矮小に見えた。
紺碧の青空を背景に比べると、砂粒程度の点にしか見えない。
「――死ん――――だの?」
視界いっぱいに広がる青色に墜ちた長細い影が、火を噴いて砕け散っていく。
世界を戦火で包まんとする野望が、己の炎に呑まれてゆく。
その炎の中で、生体反応の一群が活動を停止した、只それだけのことだ。
――――<呼吸停止 血圧低下 体表温度2℃>――――
生き残った電子兵装が生々しい数字を観測者の脳裏に叩きつけてくる。
末妹は、ずっと前に眼球と前頭葉の一部を欠損している。外界の情景は分からない。聴覚は優れているが、墜落する全翼機の激震に呑まれて何も判別がつかない。健気なことに、全身の筋肉を緊縮弛緩させて、僅かな脈を作っている。この絶望的な状況下においても、命を繋げようとしている。
「――もういいよ、いいんだよ」
焦っても嘆いても、状況は何も変わらない。遙か数㎞先から時々刻々と数字だけが送り続けられる。視界や全身に纏ったデバイスが色々な通知を届ける。
数字だけだ。数字だけが、感情を置き去りにして届く。
――――<脈拍異常 シナプスリンク外傷 破損>――――
――――<電解質液 大量流出 酸素濃度:低下>――――
数字は、その程度のことしか教えてくれない。
元来、情報それ自体は客観的に観測できる事象の数値化作業の帰結でしかなく、そこにシロクロハッキリとした境界線が存在するわけではない。脳科学分野の発展に伴う機能解析は死生の区分を明瞭にすることはなく、モザイク的な
最終的な結論は、観測者が判断する。
つまり、今瀕死の妹を殺せるのは彼女だけなのだ。
「――――ぅう!」
観測者がスコープから目を逸らし、悪魔バイクの銃座から転げ落ちたのは長姉であるが故の呵責からか。鎧脊から引き抜かれた各種ジョイントやジャッキからスパークが飛ぶ。海洋に浮かぶ都市の残骸は陽光に熱せられて、叩きつけられた身体が焼けるような熱さに苛まれる。
でもそんなことで泣き叫ぶなど出来ない。あの子は、あそこでもっと酷い目に遭っていたんだ。哀れんで立ち止まることなど出来ない。祈るように願うように、長女はその思いをまだ熱い胸の内で反芻した。
機能停止から三分、援護射撃から一分。観測者のカチューシャに取り付けられた一対の超性能アンテナが、動物の耳のように一瞬しなる。
――――<不整脈 パターン検出>――――
「モールス信号?! あの子っ!」
ニューロチップから直結したアンテナが再び微動すると、長女の脳裏に原始的な声が届いた。ささやくように、か細い脈で。
――――<
あいしている
ねえさんたち
耐えきれず、嗚咽が漏れる。両の手で口を押さえ必死でこらえようとしたが、顔面が涙と鼻水でぐしょぐしょになり、やがてそれは慟哭へ転じた。
ごめんね、ごめんね
言葉にもならない呟きをくり返しながら長女は坂を転げ落ちるように悪魔バイクから離れた。高級マンションの残骸、ヘリポートの頂角に座したる悪魔バイクは、その本来の姿である
五分とせず、全翼機は中空で爆散。
散り散り担った破片が海に落ちるのを、長女はその眼で見届けた。妹二人の正確な安否も取れぬまま、任務は成功した。
今の自分たちは世界の歯車、機械と同じ。だから使い捨てられても、何も支障は無い。代替可能な世界の歯車、一つや二つがが欠けたところで何も支障は無い。
だからと言って――――
「――――ひどいよ、こんな」
「どの口が言う?」
◇――――◇――――◇
長女が振り返ると一人の少女が銃を手に背後を取っていた。距離にして八m弱。
高層マンションは地下鉄と直結しており、エレベーターも浸水を逃れている。少女は、恐らくその地下経路からこの場所を割り出したのだろう。先の狙撃も関係しているかも知れない。下手を打った。
驚きと動揺を隠せず、身じろぎする長女を無視して少女は跳躍。一気に間隔を詰めてくる。長女は咄嗟に足下から
「
「
まるで重力を無視したかのような運動性に舌を巻きながらも長女は防御態勢を取る。同時に四肢や鎧脊に通電、全身をバネにして飛び上がり、退路を悪魔バイクへと向ける。眼前の少女がそれを逃すわけも無く追ってくる。
長女は銃口を少女の足下へと向け、着地する瞬間を狙って潮風に侵蝕されたヘリポートへ鉛玉をたたき込む。砕けたコンクリートが砂利になって接地面を覆う。だが少女はそれをものともせずに傾斜角度三〇℃以上の斜面を軽快に駆け上がる。
端正なフェイス、流麗なヘアスタイル、瞳は深いコバルトブルー。
一気にこちらへ迫ってくる。
「――
長女はその躍動に驚嘆しながら、すらりと伸びる足やシールドウェアのしなやかなフォルムに見とれていた。
悪魔バイクまであと一歩の所で、長女は少女に取り付かれた。両足で腰を固定され、ちょうど馬乗りのポジションを取られる。ほどよく
二人はもみくちゃになりながら再び斜面を転げ落ちた。
「――往生際の悪い」
澄んだ、綺麗な声だった。その苛立つ声色と裏腹に、少女は眉一つ動かさず、製造されたばかりの人形のような美しい顔を保っていた。しかし移植された銀色の御髪は緋色の光沢を輝かせ、怒りのベクトルを露わにしている。真っ黒な自分の髪と見比べて、長女はなお一層まじまじと注視しつづけた。
妹を失った悲しみ、奇襲を受けた悔しさ、そして作り物の
混じり合うように絡まりながら、二人は遂にヘリポートの着水地点まで迫った。鎧脊や電飾品が塩水に晒されるのを躊躇したのか、一瞬だけ少女の動きが止る。
「こンのぉー!!」
その瞬間を見計らって、長女は思いっきり地面を蹴った。人工筋肉が悲鳴を上げつつも使命を果たし、長女は何とか少女から離れ、無様にも頭から海面へと落ちた。
◇――――◇――――◇
海水がシールドウェアの隙間に流れ込む。継ぎ接ぎの電飾品と鎧脊が悲鳴を上げる。世界を動かす歯車でも、この地球から見れば不自然な存在なのだと、暗に否定された気分だ。
「――っぷはぁ!」
幸いにも長女は浅瀬に落ちた。悪魔バイクからは随分と離れたが、追ってこない所を察するに向こうには行動制限があると見た。まだ打つ手はあるんだと自分に言い聞かせる。
見上げると、やはり少女は水辺で立ちすくんでいる。離れ見ればヒトと寸分違わないが、ご多分に漏れず想定外の事態には対応が遅れる。
「――ねえ」
まるで友達に、自分の妹たちにでも話しかけるような軽さで、長女は語りかけた。
「潮でガタが来る前に、一緒にシャワーでもあびない? 女の子同士さ、恥ずかしがることも無いじゃん」
長女は全身からしたたり落ちる海水を払いながら、笑顔を振りまいて少女に話しかける。少女はポーカーフェイスを崩さないで居るが、何処か悔しそうな表情を浮かべていた。
しかしその優美な手には、長女が愛用していた拳銃が収まっている。揉み合いの最中手から離れたのだろう。
「――撃つの?」
問いただすまでもなく、少女は引金に指をかけたまま銃口をこちらへ向けた。
「撃つわ」
迷わず答えたが、距離を詰める気配は無い。
「出来ないよ」
「何故?」
「だって――
挑発が効いたのか、華奢な拳がグリップを握りしめる。
だが、ハンマーは微動だにせず、
「どう、撃てないでしょ――」
認証を要する従来型のスマートガンでは、登録者以外の使用はできない。よしんばセキュリティを突破できたとして、使用主体者が機械であれば『ヒト』を撃つことなど出来ない。まして、外交用に強いセーフティが掛かる
――勝った
相手はこちらに手出しが出来ない。海水に浸れる時間は限られているが、飛び道具が使えない現状、こちらが有利だ。長女は自慢の舌を全開で踊らせて、
「女の子がそんなモノで脅しちゃいけないよ、せっかくなんだからさあ、もうちょっと可愛いやり方にしなって――話し合いとか、電子戦とか――色仕掛けなら万年ウェルカムなんだけどなー」
雄弁に任せて時間稼ぎに準ずる間、カチューシャから生えたアンテナで悪魔バイクへコンタクトを試みる。少女が振り返ればそれだけこちらも打つ手が増える。
さて、どう料理してやろうかと長女がほくそ笑む間に、少女は静かに双眸を閉じ、極めて静かな声色で
『
「これで撃てるわ」
「そんな」
長女の胸元に赤い花が咲いた。次いで二度三度と、銃声が鳴り響いた。
◇――――◇――――◇
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