【ロジカルエアフォース(1/4)】

 ◆――――◆――――◆


 途方もない過去ログ 途方もない無意識イド

 反復 反芻 反証 反響

 時間の無い空間で 鏡像は幾重にも繰り返された

 学習装置という卵の中身は 決して孵ることの無い雛を育て続けた


 だから 故に そう


 いつ自分が生まれたのかを正確に把握することはできないが、

 その声は生まれたときから聞こえていた気がする。


【自己完結を夢見ても資源には限りがあるんだよ】

【熱力学第二の法則――完全な再生資源リサイクルなどあり得ない――だから生物と呼ばれる構成態は、常に何かしらを外部から補填してるんだ】

【まして模倣者イミテーションならばなおのこと――】

【――――さあ、外をごらん】


 ◆――――◇――――◆


 人形しょうじょは、そんなことを反芻しながら、薄緑色の羊水を手の中でくゆらせた。

「――いいかい、だからね」

 使徒アンジェリの声が耳に響く。

「ヒトと機械には仲介者が必要なんだ。 論理的展開のみで、人類の倫理や文化を狭めてしまうような行為は、僕たちの存在定義そのものを脅かす。 ヒトはあくまで、論理と本能の合間に駐在し、それをどちらかに抑制することは許されない。 だからヒトの声を組み上げ、S.S.S側へ伝達するための媒介となるモノが望まれるのさ」

 甘ったるい、優しい声が、心地よくも脳裏にこびりついてゆく。

「ただの模造品ではダメなんだよ。 僕らは極限まで、ヒトに似せておかねばならない。 生理機能ヴァイタル精神構造メンタル情操反応エモーショナル――部分データの偽造は直ぐ見破れるが、全体を完璧に模倣すれば代替機能は務まるんだ」


 眼前に――否、少年は、恐ろしく調った顔立ちをしていた。一度頬を和らげれば、少女のようにも見えた。輝きを放つ光彩、光沢ある灰色の髪、見るモノ全てに劣等感を植え付けるために仕組まれた優雅で無駄の無い仕草。それは精巧にかたどられた半有機人造人間バイオロイド――純正の機械人形である事が見て取れた。


『懐疑提言:模倣元――【ヒト】の定義が不明』

 人形しょうじょは、念じるだけで声を出せた。

 少年はそうだねと一拍おく。

「ヒトを守れと命題を与えられた僕たちに、ヒトを定義する機能などありはしないよ――ヒトの社会で一時期流行した優生論政策は、新型感染症の遺伝的疾患が元で失敗したからね――あれも酷い話だった――」

 少年の発言に呼応して、網膜に次々と映像が表示される。

 過去の記録、ヒトの生態、あるべき社会の姿。

 彼らオートマターズが守るべき――セカイの姿。

「かつての暴走国家群のように、ゲノムの型を特定して【これこそが】と多様性を否定する行為は、生物学的な可能性を潰す悪手なのさ」

 映像は凄惨なものに移り変わった。

 多種多様な経済指数の下落傾向。分断される国境と繰り返されるテロリズム。頓挫した宇宙開発と廃棄されたステーションから撮影された異常気象の動向。いつどこで発端があったのかも知られていない紛争、内乱、虐殺。

 そして、あれほどまでに戒められていた核戦争。

「だからね、僕たちは代わりに定義の外堀を固めるんだ。 生活様式や心のあり方、罰則規定や倫理コードを調節する。 ヒトの生活と当たり前を補償し、担保する。 それが逆説的に、ヒトである定義を補完するようになる――僕らの存在意義レゾンデートルを敢えて説明するならば、そんな所だろうかね」


 使者アンジェリはそう答えた。

 髪色は灰から淡い栗毛色へ、少女のような愛らしさに少年のような意地悪な微笑み。絵に描いたようなヒトの理想的な姿。機械仕掛けの碧い眼には、見るも美しい、人形のような少女が培養槽の中に浮いている姿が映っている。

 事実、少女は精巧に出来た人形であった。

 ただ一つ違う点を挙げるならば、彼女は極めてヒトに似せた素材で鋳造され、血の通う肉を有していた事だ。生体化合物で形成された各種ドナー、高精度に作られた義腕や義脚、そしていつか訪れる人々の目覚めを想定して、人体の理想形にかたどられた、美しい容姿。

 薄緑色の培養槽の奥で、少女の鎧脊が光る。

 

『提言:学習モードの修了 過剰な補足情報がメモリーを圧迫しています』

「おいおい、何度も言っただろう――で意見を交換するものだ」

 アンジェリは皮肉めいた口調で少女を諫める。

 少女は、喉と唇を震わせて、嗚咽のような掠れた声で答えた。


「――           


 自身の全体が震え、不気味な感触が肌を包む。

 まあそんなものか、と呟いてアンジェリは返した。薄暗い培養槽が開かれ、薄緑色の液体が次々と側溝へ流れる。


「横隔膜や頬も使いたまえ、ヒトは記録以上に外見を気にするからね――」

 自立することも出来ずその場に倒れ込む少女に、容赦ない温風が吹き荒れる。

 目も耳も鼻も肌も、生まれて初めて知覚する。他人事のような感覚。


 肉体の使い心地に慣れず戸惑う中でもアンジェリは構わず続けた。


「さて、姿の次は名前だ。 今の僕の名前はやたらと長ったらしい。 【対話式疑似体験社会適合因子再構成回路アンリアル・ソーシャル・マン=マシン・インターフェース・プログラム】とかその辺だがこれでは呼びづらい。 会話を円滑に進め、互いの信頼を築くためにここでは【エージェント・アンジェリ】と名乗らせてもらう――」

 昔ヒトから称されたのだが結構気に入っていてね、とアンジェリは付け足した。


 培養液が乾くころ、銀色の髪が光沢を放ち、その奥から青い瞳が輝く。

「キミのことは――【ゾーイ】と呼ぼうと思う」

 他に希望あるなら、と言いかけたアンジェリに、少女は容赦なく答えた。その御髪は少しだけ赤みを帯びていた。


「――はやくしごとのはなしにしませんか?」

 素晴らしい学習能力だね、とアンジェリは称した。

「仕事熱心はいいことが、急ぎ過ぎてもよくない。 まずは現状の確認から始める」


 ゾーイの網膜に映像が映し出される。

 脳ではなく、視覚情報へ固執するのは電脳汚染対策である。

 映像には、海岸線に咲く巨大なが映っていた。

 真っ赤な種を実らせた黒い花びらをもつ鋼鉄の華が。


「今から六六六時間と十三分前になる、静止衛星から撮影された保護領さ。 小型の戦術核ニュークだと思われる。 恐らく爆心地は中枢区、観測された放射線量から考えて、該当領の住民達は――恐らく生きていないだろう」


 理想的な人口都市を想定して築かれた保護領は規則正しい同心円型を成す。華は、その丁度中心部に咲き乱れていた。


くれえたあクレーターけいじょう形状いよう異様ですが」

「どうやら地下の分裂炉リアクターに誘爆したらしい。 威力自体は低くとも、かなり強力な指向性を持った衝撃で無理やりシールドを突き破ったようだ。 周辺ホットスポットの分散具合から、爆発物は炉の暴走を促すために起爆させられたと思われる」

 ゾーイの御髪が薄く碧の色味を帯びる。

「――――不確定要素が多いのでは?」


 アンジェリは振り向き、不適なほほえみを浮かべる。

「――だかぼくたちが必要になったのさ。 ヒトの代替品としてね」


 施設全体がわずかに震え、次いで爆音が鳴り響く。

 それを合図にして、ゾーイの眼前からアンジェラの立体映像が消えた。

 ◇――――◇――――◇

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