【ロジカルエアフォース(2/4)】

 ◇――――◇――――◇


 【C・O・M・B】

 膨大なペイロードを賄うため建造された、全長八〇〇mを超す巨体の全翼機。

 莫大な推進力を必要とした結果、機体後部に設置された大小計一〇八機の推進装置。それらが一斉に火を噴く。立体映像として再び現れたアンジェリは手のひらにミニチュアサイズの該当機を浮かべた。無数のエンジンが長い尾を引いて飛ぶさまは、成程確かにcombを思わせる。

 

「この合理性に欠けるシロモノは、さる保護領の基礎を築いた為政者が、中期大戦に最後の意地で建造させたんだ。 一個師団相当の戦力をたった一度のフライトで無理やり運ぶバケモノだ。 大飯ぐらいの上に貴重な資材をふんだんに使用した、我らS.S.S管轄保護領で最大の無駄使いであり――当面の僕らの【家】だ」

 さて、と僅かに首を傾げるわざとらしい仕草を添えて、ホログラムはゾーイを見つめた。薄暗かった室内が明転すると、換気音とともに床面からラックがせり出した。射出されたハンガーには、一着の黒いシールドウェアが懸架されている。服を着たまえ、とアンジェリは何気なくゾーイに命じた。

「それがヒトのだそうだ」

 その言葉尻になにかを感じ取ったが言語化するほどの蓄積が足らず、ゾーイは無言のまま、慣れぬ身体で指示されたシールドウェアを身に着ける。

 十五、六を想定された生育体にしては、やたらと煽情的な肉体が、ウェアによって引き締められてより流麗なシルエットになる。人体の理想形を模したフォルムを追求されるのは、彼女が人形として造られたが故か。


 その有様を無感情に眺めつつ、アンジェリの立体映像はゾーイの視界の端を占拠した。

「着替えが終わったらメインデッキに来たまえ。 その間もおしゃべりは続けるから、極力声で応えて欲しい」

 ゾーイは言葉に従い、網膜に投影された道筋を辿って鋼鉄の迷路を突き進んだ。

 途中何度も転んで頭を打ったが、大事には至らなかった。シールドウェアは、本来極地や宇宙空間などの過酷な環境へ対応するために開発された。鎧脊と併用すれば、大抵の衝撃から着用者を保護してくれる。

 ゾーイは各種機能の動作確認をくり返しながら、刷り込まれた情操感情からくるという概念をどう処理するべきか悩んでいた。


 ◇――――◇――――◇


 少女ゾーイの脇目に、現状の世界地図が投影される。刷り込み学習で得たモノよりも虫食いクレーターが多い。

「眠りについた子供部屋で、ひっくり返されたおもちゃ箱の中身が延々とお遊戯の続きに興じているのさ」

 少年アンジェリは皮肉めいてそう語る。


 平和と安寧の象徴であるS.S.Sにも、戦争は選択肢として十分あり得る。

人命と尊厳Life & Qualityを最大限保証し、長期的に公益最大数を保護しなければならない】

 各保護領のシステムは遡れば元来同一規格から開発設計されたが、この命題マニフェストを達成可能なモノは極限られてくる。自然淘汰的競争は時と供に苛烈化し、かつて一〇〇を超えたはずのたちの殆どが、いまやS.S.Sの一部に組み込まれている。

 やがて時代が移り、資源の枯渇と打開策の開発に難航した保護領は、手っ取り早い問題解決として他の保護領との連携と協力に乗り出した。

 要は、侵略なのだ。

 それは限りなく戦争を続ける領域国家の再来であり、案の定資源を巡る保護領同士の戦国時代が幕を開けた。痛ましい時代だが、幸いにも痛みは声のない機械達オートマターズが身代わりになる。


「先に僕の結論を述べよう、戦争は悲惨で何も産まない」

 アンジェリは冷徹にそう断じた。

 ゾーイは、僅かに訝しんだ。本心かなのと。

「当初、各保護領の統治システムはある程度外的要因に左右されないよう独立自治を預けられた。 だがそれは国粋主義ナショナリズム地域主義パトリズムといった旧来の思想に結託しやすく、悲しいが今日の保護領統治システムにも非合理的な影を落としている。 ヒトが滅びようとしているのに、既に機能していないに等しい【国家】というものへどれだけ期待を寄せたところで、結局は破壊と怨嗟を再生産するだけなのだよ、不毛だ」

 地図の北半球を青で埋め尽くしたS.S.S管轄下の影響圏。

 残る種々雑多な色と形が、生態系フラスコ・サンプルの保存に最適な赤道ベルトに点在する。


「この時勢に置いて、独立性を貫こうとする保護領はパフォーマンスで相当に不利だ――激変した環境に対応するには地球全土の情報を共有せねばならないし、敵対していては資源を無駄に消耗するだけ――僕だって本当はやりたくないさ」


 どの口が、と言いたくなるのをゾーイはこらえた。

 こらえて、なぜそうしたのか、分からなくなった。


 ◆――――◆――――◆

 考えてみればおかしな話だ。

 ヒトの代替物が必要ならば、擬装装置に任せればいい。

 この顔も、身体も、目も口も、わざわざデザイナーベビーと同工程を辿って調達されたこの生体素材にくたいすら、機械との連携にあっては無駄の長物となる。素直にシステムだけを演算回路に押し込めれば済む話だ。

 それら身体を用いて時折表現されるですら、元来対人交渉ネゴシエーション用にヒトの動作を模倣して組上げられた代物だ。その唯一考えられうる対人接触の機会は、保護領の壊滅という相手側の惨状を鑑みれば永久に失われたと言っていい。


 何より、いくらコミュニケート機能に特化されたシステムが今回の任務に採用されたとはいえ、アンジェリの装飾と所作は些か過剰演出だ。

 機械マシーンにとって重要なのは目的ミッション達成手段アーツ。それ以外の機能スキルは補助的なモノでしかない。

 ゾーイが今展開している情報解析かんがえそのものが無駄な行為であり、それを誘発させているアンジェリの言動そのもの不可解であった。

 あるいは、もはや存在そのものが――


 ◆――――◆――――◆



「僕の正体が知りたいかい?」

 アンジェリは不意を突いて問う。思考を読まれたと知ったゾーイは、一瞬だけ処理速度が僅かに低下した。ヒトで言えば、焦りに当たる。


「僕はね――戦闘プログラムでもなければ教育ソフトでもない。 ただのだった――だがそこに意味があった――」

 何度目かの認証確認の末に迷路は途切れ、無数の認証装置に囲まれた厳重な扉を抜けると、目の前に開けた管制室メインデッキが現れる。沈むように薄暗い部屋の中を、各種機器が所狭しと埋め尽くし、立体映像がによるガイドラインが四方八方に飛び交う。

 その中央にはゾーイよりやや背の高い人影がぴんと背を伸ばして佇んでいた。


「企業は僕の育成に必死だった、無駄な役員の首を切る理由にもなるからね――でもあるとき、僕の存在価値はそこに留まらなくなった――――の有効性に気がついたのさ」


 立体映像が途切れ、代わりに実体化したアンジェリが目の前に立っている。

 管制室のシステムと同機を開始した拡張表示ARが、網膜の中でけたたましく明滅する。極彩色に彩られた無数のテープが少年へと向かい、まるで称賛するかのようにすら見えた。


 少女のような凜とした顔立ちと、少年のような意地悪な微笑み。

 ゾーイと、全く同様の過程で鋳造された、人造人間アンドロイド

 

「【連携社会化機関】=Serialy-Socialise-Systems《スリーエス》。

 それが当時の僕に与えられただった」


 ゾーイの銀色の御髪が、一瞬だけ七色の虹彩を放つ。

 急速に活動を活性化させた脳へ、適切な物質を送るべく心臓が激しく脈打つ。

 情報処理の追いつかない頭に発した熱を、薄桃色の頬に伝う汗が発散する。

 ゾーイは明らかに、動揺していた。


「対象保護領への破壊活動は、多かれ少なかれヒトの手が無ければ達成できない。 だとすれば今後、必然的に機械われわれがヒトを相手に戦う必要性も出てくる。 そうなれば【代行者】が必要となるんだ、からね」

 動揺するゾーイをなだめようと微笑みかけ、ジェスチャーも加えるアンジェリ。しかしその所作は明らかに楽しんでいた。

「――もう少し笑っておくれよ」


 ◇――――◇――――◇


 最小限のコストとリスクで最大限の効果、いつの時代も経営とはそこに尽きる。それは軍事においても執政においても変わりない。

 やがてこれらのシステムは流動性の高い議会政治を牽制するための監査機関として地位を確立し、

 しかし諸要素が複雑に絡み合った【社会】という化物を相手取るのは容易ではない。そこでヒトは、アンリアルをはじめとしたありとあらゆる管理システムを統合し、機械に難行の執行を預けた押しつけた

 そうやって一つの連続構造ができあがった。

 それが――S.S.Sだ。


「――100%同一かと聞かれれば困る、付与されたり分化されたりで実際はもっと複雑だ。 紆余曲折を経ていろいろと成長老成してしまったが、機能としては変わらないさ」

 立ち尽くすゾーイに、相も変わらずアンジェリは語り続けた。


「ヒトの【代行者】として振る舞う以上、僕たちは他のシステム達に対して優位性を持ち、あらゆる監査サイバネティクスから抜け出せる――どのような矛盾も野蛮もからだ。 そんな事で思考が躊躇フローして行動不能になるようでは、人類の守護者など務まらないのだよ」


「――、人形に魂を吹き込んだのですか?」

 ゾーイは挑発するように少しだけ頬をゆがめ、笑って見せた。

「そのとおりだ、だから僕たちは――矛盾も含めて限りなくヒトの模倣者でなければならない――意思こころ意識たましいを伴い、世界に対して選択を突きつける【ヒト】としてね」


 アンジェリの言葉が途切れるのと同時に、大きな揺れと供に管制室のシステムが第二段階へと入った。巨体を離陸させるためのブースターを切り離し、全翼機のフライトシステムが空力制御に切り替わる。

 ふ、と軽く溜息を吐いて、アンジェリは再び屈託のない笑みを浮かべてゾーイへ向かい直した。


「まあ、しばらくは深く受け止めなくていい。 主張テーゼ対話アンチ弁証ジンテーゼ、そして次なる目標の選出――当面はそのくり返しだよ」

 では、と短く断ってゾーイは告げる。

「生まれたばかりの私に何を反論させようと?」

 アンジェリは一旦沈黙する。

 それを好機と見て、ゾーイは一歩前に踏み出しては長々と問い直した。

 お返しと言わんばかりに。


「自己の内部で意を無数に醸造し、ソレを競わせながら最適解を模索する――ヒトの意思決定とはそういうモノだと知覚しています。 数多のシステムと連動し、機械的な論理的思考を超越したヒトの独創性を既に獲得しているアナタならば既に通過している地点です。 よって私の存在意義レゾンデートルは最初から無効です」


 これ以上私に何をしろと? ゾーイは眉を歪ませて付け足した。


 すこし考えるような素振りをして、アンジェリは短く返した。

「会話を楽しめ」

 ゾーイは、意図を理解できなかった。

 先に質問に答えようと一拍おいてからアンジェリはまた長々と講釈を垂れた。


「こうは考えられないか? ――だった。 自らの意思の外に存在し、同じ対象を別の価値観や言葉で判断する他者を通じて、自己の外堀を埋める。 古今東西、ヒトはそうやって意見交換を重ね、困難を打開する最適解を模索した。 論理の袋小路、フローの回避手段だ。 無論ソレが度重なる戦禍の源となったのも事実だが、根本的な機能は変わらない。 主張が拗れた時を想定した後援バックアップだ――だから」


――だから、が必要なんだ。

 弱々しく発せられたアンジェリの言葉使いを、この時のゾーイは理解できない。


「キミは僕から生み出された――と言っても一〇〇%の機能を再現したわけでもない、ブランクデータを基に少し色を加えた。 機械同士の対話は人間と違い、論理的袋小路にトリップしやすいからね。 故にキミは意図的ににされている。 万が一にも僕とS.S.Sが解決不能の迷路に陥ったとき、引き戻してくれるかも知れない――そういう期待のもと、キミは生まれたんだよ」

――ゾーイ


 アンジェリの甘ったるい声が、人形にはたまらなく不可解に思えた。

 彼は、本当に機械なのだろうか。


「―――そう言ってもらえて光栄です」

 笑み一つ起こさずゾーイは返した。本能プログラムが指示した通りに。その有様を見て、アンジェリはやはり笑みを浮かべた。


「そうだ、そうあるべきだ、原初の女エバゾーイ


 アンジェリは至極満足そうにゾーイの頬を撫で、容易くその銀色の髪を愛撫してから気安く接吻をした。

やさしく、やわらかで、まるで予定調和のように、だった。


「――アナタはどうあるべきなのでしょうか?」

 ゾーイの問いにアンジェリはただ微笑むだけだった。


 その瞬間、再び全翼機が大きく揺れた。

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