第18話 我が骸よ、主の征く道となれ

「―—はぁっ!」


 胸元目掛け勢いよく突き出された黒槍を、飛び退る事で辛うじてかわす。しかし次の瞬間、火薬の爆ぜる音と共に射出された鉄杭が胸に突き刺さった。


「う、は……っ」


 灼けるような痛みに、手からレイピアが転げ落ちる。


「おいおい、まじ……?」


 鉄杭の大きさは直径3cm程。それが胸の中心から少し左側に突き立っている。背中の感覚からして貫通しているのは明らか。軽く見るだけでも分かる、致命傷だ。

 男―—エロースは地面に座り込むと、目の前の相手に向かって口をとがらせた。


「ったく、友人相手にほんと容赦ねぇなー。お前ってそういうとこあるよな、ロキ」


 その軽口に応じる事もせず、ロキは無言のまま槍の切っ先をエロースに向ける。槍を持つ方の腕に付けられた装置からは煙が立ち上っており、軽い駆動音がすると射出口に新たな鉄杭が装填された。


「俺ぁ悲しいよ。男同士の友情は不滅だと思っていたのに、まさかあんな小娘に寝取られるなんてさ。そういやお前って昔からロリコンの気が……ぐぅっ⁉ ……はっ、はぁ……っ」


 エロースの視界が揺れる。口から零れたのはため息ではなく真っ赤な血だ。息を吸い込む度、胸に激痛が走る。視界の端、白くなった手の先から感覚が無くなっていく。

 黒い鎧に身をつつんだロキは、死にゆくかつての仲間を前にしてもその陰鬱な表情を崩す事は無かった。


「っ、何も言わねぇのかよ。まじで薄情だなおい……。俺は大真面目にお前の事が、大好き、なんだ、ぜ」


 吐き出された血が地面に広がる。焦点の定まらなくなった目でロキを見据えながら、エロースはゆっくりと片手をあげた。

 

「……っ」


 そこで初めてロキの表情が変わった。


「心中……して……もいいって……くらいにはなぁっ!」


 エロースが手を地面に叩きつけた瞬間、周りの地面が盛り上がりロキたちを飲みこむ。次いで事態を理解する暇も与えず、熱と衝撃が2人に襲い掛かった。

 地下に仕掛けてあった数十個の爆弾は、広範囲を消し飛ばすのに十分な威力を持っていた。さらに爆発によって吹き飛ばされた土砂が辺りに降り注ぎ、範囲外の景色をも一変させていく。

 爆煙が晴れた後、そこに広がっていたのはこの世の地獄だった。先程まで緑あふれる自然だったそこは、今や一切の生命を感じさせない煙の燻る荒野と化している。

 骨すら残らないような爆発に至近距離で巻き込まれたロキ。しかし彼はまだ生きていた。

 巨大なクレーターと化した爆心地の中、土砂をはねのけ1人の男が立ち上がる。無骨なデザインの鎧をまとった見上げるほどの大男だ。あの爆発を受けたにも関わらず、その鎧にはひび1つ入っていなかった。


(まさか自分ごと私を爆殺する気だったとは……。ゴリアテにコネクトしなければ本当に心中する羽目になってましたね)


 『蛮勇神話』。ありとあらゆる攻撃を防ぐ力を持つゴリアテにとって、あの程度の爆発など肌を撫でる涼風に等しい。


(自爆と見せかけて逃げた可能性は……ないでしょうね。そうするつもりなら逃げられるよう小規模な爆発にしたでしょうし。まぁ死体を確認する手間が省けたのはよしとしますか……っ⁉)


 突如ゴリアテの巨体が消え、ロキの姿が現れる。倒れこんだロキの口元からは一筋の血が流れ出ていた。


……!)


「ぐぅ……あぁぁぁっ」


 痛みは感じない。ただ、体がとてつもなく重い。全身に重りをつけられたような、否、全身に杭を打ち込まれ地面に縫い付けられたような、鈍い感覚が体中を満たす。手を少し動かすにも全力を振り絞らなければいけない今のロキは、さながら初めてマリオネットを動かす子供のようだった。


(まだ、私にはやらなければいけない事があるというのに……!)


 ロキは必死に息を吸い込み、吐き出す。そうすることで少しでも体に酸素を回そうという考えもあったが、それ以上に、無理やりにでも体を動かさなければ心臓までその動きを止めてしまうのではないかという焦りがロキを突き動かしていた。

 しかし体は意思に反してどんどん重くなり、少しずつ視界が暗くなっていく。


(私……は……)


「スーパー女神パワー!」


 瞬間、青い閃光が閉じられようとした瞼をこじ開けた。さらに全身を覆っていた倦怠感が一瞬にして無くなり、体の主導権がロキに戻ってくる。


「ふぅ……情けないところを見せてしまいましたね」


 立ち上がったロキは、土埃を払うと目の前の女神に笑いかけた。


「……いつまでこんな事を続けるつもりですか。あなたの体はもう――!」


「ほとんど死んでいる。分かっていますよ」


 なぜ生きているのか不思議でならない。ロキの体を診た教団の医者が発した言葉だ。主要な内臓器官はすでに8割がた活動を停止し、血液の循環もまともにおこなわれていない。手足の指はすでに壊死しているそうで、本来なら歩くことはおろか、喋る事すらまともにできないはずだと。

 ワイルドの栞の多用、そして人の身に余る存在―—マキナ・プリンスを宿したことにより、ロキの体はとうの昔に限界を迎え、死体同然となっていた。死体がこうやって立っている事そのものが奇跡であり、いつその奇跡が切れ、ただの死体に戻ってもおかしくないのだ。


「たしかにあなたの体はもうボロボロです……。でも、しっかり治療をして療養すれば少しでも寿命を延ばす事はできるはず、いえ、延ばしてみせます! なのにあなたは……。カーリーさんを1人にするつもりですか⁉」


「カーリー様のそばにはパーンがいます。彼ならきっと、私がいなくなっても……ぐっ……」


 慌てて駆け寄ろうとしたキュベリエを、ロキは手で制す。


「私には時間がないんです……。過激派と穏健派の争いは一層激しくなってきています。先日のカーリー様を狙った襲撃、一命こそ取り留めましたが、次もそうだとは限らない。まだこの体が動くうちに、カーリー様の道を阻むものは全て排除する。それが私の――カーリー様の従者の役目です」


「ロキさん……。っ、それでも私は!」


「まさか私を心配しているのですか?」


「へっ?」


 思いがけぬ言葉にキュベリエが間の抜けた声をあげる。


「あなた、たしか私たちのこと嫌いでしたよね? 想区に混沌をもたらす私たちはどうとか」


「え、えーっとそれは……」


「結局白雪姫の想区で死にかけていた私を助けてくれたのもあなたですし、カーリー様が連れ去られた時も手を貸してくれましたよね。そういう風に見境なく人を助けるからお人好しだなんだと言われるのでは……」


「―—! 何なんですかその言い方⁉ 別にあなたの事なんか心配してませんし嫌いです! 今回助けたのも気まぐれみたいなものですし、次はありませんからね!」


 頬を膨らませてその場を立ち去ろうとするキュベリエ。その背中に向けて、ロキがポツリと呟いた。


「あと1人なんです」


「え……?」


「あと1人、どうしても殺さなければならない男がいます。奴さえ殺せれば過激派の勢いも衰えるはず……」


 ロキが仮面をそっと指でなぞる。


「名はハデス。元フォルテム教団最高幹部の1人にして――私の師だった男です」



 続



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