第4話 酒は呑んでも呑まれるな
「―――――がはっ⁉」
「これで六連勝、と。まるで歯ごたえのない……金坊、私はこれでも手を抜いているんだよ?」
「くそっ……!」
まただ。金太郎は目の前の男――イブキに触れる事すらできずに投げ飛ばされた。
(あれは一体何なんだ……? まさか妖術の類でも使っているんじゃねぇだろうな……)
「言っておくけど、私は妖術なんて使っていない。こんなもの、足の置き方一つ、筋肉の使い方一つで出来るただの技さ」
金太郎の心を見透かしたかのようにイブキは言う。
「技だと……?」
「あぁ。それに比べて金坊のはただの力だ。いくら力があったところでその力以上の事はできない。ところが、技を使えば自分の力の何倍もの事ができる。……こんな風にね」
イブキが軽く木に触れる。すると次の瞬間、木の根元が音を立てて裂け、そのままゆっくりと倒れていった。
「なっ――‼」
「ざっとこんなもんさ。さぁて、休憩は終わりだ。七番目の勝負を始めよう。それとも――もう諦めるかい?」
「上等だ! 行くぞ、イブキぃ!」
跳ね起きた金太郎はイブキに向かって突進する。
「ふふっ、そうこなくては面白くない!」
それに応え、イブキも構えをとる。
(あいつの言葉を信じるならあれは技……だったら俺にもできるはずだ!)
「うぉぉぉぉ!」
腕を引き、突っ張りを繰り出しながら金太郎は目を凝らす。イブキが動く、その瞬間を見逃さないように。
しかし。
(くそっ――)
金太郎の体が宙を舞う。イブキが何をしたのか、まったく見えなかった。その悔しさに受け身を取る事も忘れ、地面にしこたま叩きつけられる。
「がっ⁉」
「……ふふっ、あははっ」
「っ……! 何がおかしい!」
「気にするな、こちらの話さ。……しかし、これではさっきと同じじゃないか。せっかく種明かしをしてやったんだ。もう少し私を楽しませてくれよ」
そう言いながら、イブキは盃に注がれた酒を呷る。
「てめぇ……どこまで俺を馬鹿にすれば……!」
「まぁそう怒りなさんな。興が乗ると酒が飲みたくなるのさ。それで? まだ続けるかい?」
「当たり前だ! 今度こそぶっ飛ばしてやる!」
金太郎は再び立ち上がり、イブキに突っ込んでいく。そしてまた、イブキによって投げ飛ばされるのだった。
「……はぁっ。やっぱり百年物の酒は旨いねぇ。ここまで寝かせてきた甲斐があるってもんだ」
それから十年後。大江山の山頂で、イブキ――酒呑童子は一人、酒を飲んでいた。人払いならぬ鬼払いをしているため、周りには誰の姿も見えない。
彼の前には子供ほどの大きさの石柱がある。数十年以上前に置かれたそれは風雨に晒されボロボロにはなっているものの、頻繁に掃除しているおかげもあってか苔生したり欠けたりはしていない。
「……あぁ、今日がその日さ。まったく、鬼の時間と世の時間の流れ方は違うとつくづく感じるよ。初めて金坊と
一升瓶に入った酒を全て飲み干し、酒呑童子は新しい酒瓶を手に取る。これらは全部、今日のために準備した酒だ。
「人から鬼になり、バケモノに堕ちかけてた私を救ってくれたのはあなただ。力の使い方を教えてくれた。他の鬼に負けぬよう修行をつけてくれた。その結果は……まぁ、あなたにとっては不本意なものだったかもしれないが。とにかくこれは私なりの恩返しさ。少し回りくどい方法にはなっちまったけどね。
……? あぁ、もちろん金坊は良い奴さ。言っただろう? あなたに似て純粋で直情的で少し頭の回りがわるい……優しい男だって。あれなら次の『私』も安心だろう」
最後の一滴が酒呑童子の口の中に消える。否、正確に言えば最後ではない。あと一本、酒呑童子の側には酒瓶が置かれている。
「……っと、もう終わりかい。いや、これ以上ガラにも無いことをベラベラ喋るよりはこれでいいのかもねぇ。まったく、酒は呑んでも呑まれるなとはよく言ったものさ」
最後の一本をどうするかはすでに決めていた。酒呑童子は一番上物のそれを、惜しげもなく石柱にかける。
「私はもう行かせてもらうよ。そっちで会ったらまた
……もう、山頂には誰もいない。ただ、気まぐれに吹いた風が石柱に刻まれた文字の表面を撫でるだけだった。
時は長徳。源頼光が酒呑童子を討伐するその年である。
<終>
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