第5話 タチアナと出会いの季節 前編
「タ、タチアナさん! つつつつきあってください‼」
「なにぃ⁉」
(え、つきあうってあれだよな棒で突きあう的な実践訓練的な意味のあれじゃないよな男女の交際の事だよなでもなんであたいなんだそもそもこいつと会ったのは今日が初めてだし一目惚れってやつかでもやっぱりなんであたいなんだもしかしてドッキリか何かなのかいやでももし本当だったらこいつを傷つけちまうし一体あたいはなんて返せばいいんだ⁉)
「か、考えさせてくれ――――!」
「え、タチアナさん⁉ ちょっと待って――」
「それでまっすぐ私の家まで来たってわけね……」
「うぅ……」
はぁ、と軽くため息をついて、ゲルダは立ち上がる。
「とりあえずお茶でも飲んで落ち着きましょ? 話はそれから」
ゲルダがキッチンに消えたのと同時に、リビングに面している庭へと続くドアが開いた。
「あれ、来てたんだ。元気がないみたいだけど」
「カイか……なんでもないよ。というかサラっととんでもない所から出てきたね」
「今日は僕が薔薇の花に水やりをする番だったからね」
カイは着ていた厚手のコートを壁にかけ、テーブルにつく。
「ゲルダは?」
「キッチンの方にいるよ。今お茶を用意してくれている」
「お茶の用意ができたわよ……ってカイ、もう水やりは終わったの? だったらカップをもう1つ用意しないとね」
テーブルに青磁のカップが3つ並べられ、湯気の立つ紅茶がそれぞれに注がれる。
「それじゃあいただきましょうか」
しばし、無言の時が流れる。
「ふぅ……やっぱりゲルダの淹れてくれた紅茶はおいしいね」
「そんな……私なんてまだまだよ」
「謙遜する必要はないさ。ゲルダの淹れてくれた紅茶だったら僕は何杯だって飲める」
いつもなら「まぁた始まったよ」と軽口を叩いて流すところだが、今日のタチアナは少し違った。
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『やっぱりタチアナさんの淹れてくれた紅茶はおいしいな』
『無理してほめてくれなくてもいいんだよ? あたいが紅茶淹れるの下手くそだってのは分かってるんだから……』
『そんなことないよ! 僕、タチアナさんの淹れてくれた紅茶だったら何杯でも飲める!』
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(……いやいやいやないないない! そもそもあたいはそんなガラじゃないってば! あぁもう、自分で想像してさぶいぼが出ちまったよ)
「……で、なんでタチアナがここにいるんだい? 来るのはもう数日後だと思ったけど」
「それがね……」
ゲルダが事情を説明する。
「なるほど。突然の告白にパニックになってゲルダに助けを求めに来たと」
「ぐっ……その通りだけど、改めて言われると情けねぇ……。でもさ、あたいなんてがさつだし可愛くもないし、それなのにいきなり告白なんてされたら何か疑っちまうだろ?」
「そんなことないわよ! タチアナは十分可愛いわ。ねぇ、カイもそう思うでしょ?」
「あまりそういう話題を振らないでほしいんだけどな……。まぁ、タチアナが可愛いと言うのには同意するよ」
実際タチアナの顔は整っているし、あけすけな性格をしているため男女問わず友人も多い。
「でもあたいは……」
「いずれにせよ、君はもう一度彼に会いに行くべきだ。告白を受けるにせよ断るにせよ、自分の言葉でしっかりと伝える。それがベストな選択だと思うけど」
カイの言葉にタチアナが弾かれたように顔を上げる。
「そ、そうだよな! こんなところでウジウジしてても何も変わらない、とりあえず動くってのが一番だ!」
「あ、ちょっと……!」
ゲルダの制止も聞かず、タチアナは一目散に家を飛び出していってしまった。
「もしかして最後の一押しが欲しかっただけなんじゃ……」
カイガ呟く横で、ゲルダが立ち上がり壁に掛けてあったコートに袖を通す。
「後を追うわよ、カイ!」
「え、でもこういうのは当人に任せた方が……」
「あの子だけだと直前で怖気づくかもしれないじゃない。そうならないよう見は……見守っていてあげないと!」
「今見張るって言いかけてたよね?」
タチアナの探している相手を見つけるのにそう時間はかからなかった。会った場所からそう遠くないところに噴水広場があるのだが、件の少年は噴水のへりに腰掛け物憂げに鉛色の空を見上げている。
「おーい!」
タチアナが呼びかけると少年は驚いたように顔を上げた。
「タチアナさん……」
「その……さっきは逃げたりして悪かったよ」
「いえ、僕もその……いきなりあんな事言われたら困りますよね」
(やっぱりまだ2人ともぎこちないわね)
(ゲルダ……なんかこの状況を楽しんでないかい?)
遅れてきた2人も噴水の反対側に潜んで様子をうかがう。
「それで、その件なんだけどさ。正直今は判断できない。ほら、あたい達って全然お互いのこと知らないわけだしさ。それでいきなりそーゆう事言われても……」
「そう、ですよね。突然修行に付き合ってくれって言ったって迷惑ですよね……」
「だからさ、最初は友達からって事で、まずはお互いをよく知るところから始めないかい? そしたら――――――――って、え……?」
((なっ――))
「……?」
絶句するタチアナ(+2人)に相手の少年は不思議そうに首を傾ける。
天の采配か、その沈黙を埋めるように白い雪がしんしんと降ってきた。
「どうするのよこれ……」
「僕に聞かれても。ただ、昔のタチアナだったらあの時点で相手を殴っていただろうし、そういう意味では彼女の成長が見られて良かったんじゃない? というかもう帰りたいんだけど」
「えぇそうね良かった良かった……じゃないわよ! こうなったら最後まで見届けましょう!」
「えー……」
(何やってるんだいあいつら……)
隠れているつもりなのだろうが、バレバレだ。
「――――♪」
隣の少年は鼻歌交じりに歩いている。足取りも軽く、飛び跳ねたいところを必死に抑えているような印象を受ける。
(まさか全部あたいの勘違いだったとはね……)
少年は確かに片想い中だった。しかしそれはタチアナにではない。
タチアナの友人の一人。長い髪を持つ落ち着いた雰囲気の少女の名前を少年は言ったのだ。
「噂によると、彼女は強い男の人が好きみたいなんです。だからタチアナさんに強くなるための方法を教えてもらって、強い男になってから告白してみようと思って……」
(そりゃあたいはそこらの男より強い自信はあるけどさ。人からそう言われると……やっぱゲルダみたいに可愛かったりあいつみたいにお淑やかな女の子の方がモテるのかね)
「今はどこに向かっているんですか?」
少年が尋ねる。
「いつもあたいが修行しているところさ」
町を抜けて五分もしないところにその場所はあった。雪山のふもと、木が切り倒されて円形の広場になっているそこがタチアナの訓練場所である。広場のあちこちに切り株がまちまちな高さで残っており、周りを囲む木のいくつかには的の書かれた板が吊り下げられている。
「すごい……! こんな場所があったのね」
ゲルダが感嘆の声を上げる。
「隠れるのはもうやめたのかい?」
「あぁ。僕らには気づいていただろ? なら隠れる意味もないさ」
突然出てきたカイとゲルダに、少年はびっくりして後ずさる。
「えっと、君たちはカイとゲルダ……だよね?」
「そうよ。事情は聞かせてもらったわ。その恋路、私たちも全力でサポートするわよ!」
「う、うん。お願いします!」
押し切られるように、少年がぺこりと頭を下げる。
「さて、それじゃ早速修行を始めようか。強いって言っても色んな意味があるけど、一番初めに思いつくのはやっぱり力、つまりは筋肉だ」
「……そうなの?」
「大体の場合はね。という事で、まずは筋トレからだ。腕立て伏せ、腹筋、背筋を各30回!」
「筋トレですね、分かりました!」
少年は力強くうなずき手袋をはめると、さっそく腕立て伏せに取り掛かる。
「ねぇタチアナ」
「なんだい?」
「あの子の言う事も分かるけど、やっぱり強さを見せただけじゃ告白がうまくいくとは限らないわ。一日くれれば、私が相手の心を掴むポエムの書き方を……」
「却下」
「なんでよ!」
「強い男とポエムってなんかつながらねぇんだよな。やっぱ強さをアピールするなら直接自分の気持ちを伝えないと……」
その時、どさりという音がした。
「ふぅ……ふぅ……」
少年が地面に突っ伏して荒い息を吐いている。
「まさか……」
とてつもなく嫌な予感がした。
「なぁ、これ腕立て伏せ何回目だっけ……?」
「……6回」
ずっと様子を見ていたカイがぼそりと答える。
「…………………」
強い男になるまでの道は、想像以上に険しそうだった。
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